第36話 神代の時代
今神と崇められている者は、かつてこの国、この大陸で暮らす普通の人々だったという。
数は少なく、長命で、中には不思議な力を持った者がいた。不思議な者の周りに人は集まり、それぞれ集落をつくって暮らしていたらしい。
自然を操る者、傷を癒す者、狩りに秀でた者、戦で負けぬ者。其々が其々の力を分かっていた為に、争う事も無く、平和で雄大な世界は繁栄していった。
永遠にも続くかと思われた繁栄であったが、ある時、星を詠むのに長けた者が『見てしまった』と言った。
目があった。見てしまった。そう言って、その者は狂ったという。
その者の名は後にルルイエとされた。彼がきっかけであり、要石であった。
「彼の者を責める気は毛頭無い。だが、ルルイエは許されぬ存在である」
曰く、彼が見てから百八回陽が沈んだ夜に、土地の上に土地が突然覆い被さったのだという。
その土地……都市は、遠近は狂っており、とても名状しがたい姿をしていたらしい。
「そこに眠りし神が目覚め、我々を一掃した。一方的な虐殺であった」
だが、それを責める気も無いという。
いわば天災という物だった。そう解釈し、彼らは滅亡の時に備え、逃げのびながらも数多くの物を残した。何とか後世にこの天災と、それに抗う力を授けようとしたのだ。
「ある者は本を残し、ある者は剣を残し……貴様のそれだな。そうして、何とか外なる神へ対抗する術を残そうとした。……絶望の中で後世を慮ったのは、未来を詠む者が居たためだ。その者は、我々の様な千里眼持ちの血に微かに残って居るに過ぎないが」
アシュタロスは右手を挙げてシャイアの目に手を翳した。目の前が一瞬ちかっとする。シャイアはその行為を不思議に思うも、深くは聞かなかった。今は話の続きの方が気に掛かった。
「こうして我々の時代は神の手により終わりを迎えた。しかし、それを生き延びた者がいる。……ルルイエだ」
「しかし、ルルイエの家系は特別に長命でも何でも無いぞ。今の伯爵もルルイエの前伯爵が養子に貰って据えたという」
「子を造るだけならば妻を娶る必要は無い。長命は失われたのだろうが、星詠みに長けているのは変わらぬだろう。なんせ百二十年に一度、必ず都市の再来を目論むのだからな」
彼らが守ろうとした未来の人類を、ルルイエは必ず滅ぼそうとする。
恨みも募るという事なのだろう。アシュタロスは不敵に笑ってシャイアを見る。
「良いか、王よ。我はルルイエの奸計に乗った。我が軍勢……信者を通して、敢えて踊らされたのだ。我が影響力はこの者の身に残そう。此奴ならば使いこなせる事だろう。……由縁、というものがある。我はそも、ナーサティヤの前では消え去らざるを得ん身だ。上手く使い分けろよ」
アシュタロスの……リユニア公爵の身体から紫の燐光が立ち昇る。いよいよアシュタロスが消えるという瞬間なのだろう。
「アシュタロス……あなたは」
「良い。我を悪神と称える者が多い事は分かっている。だが、今は悪であろうと正義であろうと、昔は同じ星に住む生命だったと心得ていてくれればな」
「分かった。貴方の知恵と助言、力を、決して無駄にはしない」
「それでいい。良い王を持ったな……お別れだ」
燐光はやがて眩さを増して、リユニア公爵の身体全てが光る。
部屋中に光が満ちて、そして。
「……シャイア?」
「リユニア!」
蒼い目のリユニア公爵がシャイアを見て呆然としていた。シャイアは思い切りリユニア公爵に抱きつく。この身体を、彼を、無事取り戻すことが出来たのだと。
シャイアはリユニア公爵を抱きしめたまま、しばらくその実感に浸っていた。
ナタリアが荒れ放題の部屋に緊張の面持ちで入ってくると、顔を傷だらけにしたシャイアとリユニア公爵がそちらを見た。
惨状とは裏腹の和やかな雰囲気である。
「シャイア様……これは」
「ちょっと派手な喧嘩をしただけだよ。仲直りしたから大丈夫。みんなも集まってくるかな?」
「呼んで参ります」
リユニア公爵は敢えて今は口を挟まなかった。皆が集まってきてから謝辞を述べるつもりだったのだ。
数分もせずに、部屋の中にアメジストを抱えた五人が飛び込んできた。
リユニア公爵が片手をあげる。
「やぁ、すまなかった。大変な迷惑をかけたようだ、特にカレン。悪かった」
「いいえ、いいえ……! 無事でなによりでございます……!」
カレンは喜びから口元を両手で覆って涙を流している。心底安心したせいで、ニシナに支えられながら床に頽れた。
「早速ですまないが、あと一仕事残っているんだ。こちらに来てくれ」
シャイアは多少申し訳ないと思いながら彼らをそばに呼んだ。
床に円陣を組むようにして座った彼らは、事もあろうに破壊したばかりのアメジストを使って作戦会議を始めた。
「まず、リユニアには今もアシュタロスの権能が残っているらしい。すまないがそれを使って、現在のアシュタロス降臨の状態を維持してほしい」
「軍勢を欺くためだな?」
「そうだ」
アシュタロスの軍勢によって降臨せしめたアシュタロスの気配が完全に消えてしまっては、アシュタロスが言い残した作戦は立ち行かなくなる。
「そして、次の作戦なのだが、ルルイエを討つ。これはもう致し方が無い」
「魔術を公にはできませんよ」
ナタリアが心配そうな声音で進言する。
シャイアは力強く頷いた。
「ここは王様らしく、此度の飢饉の備えを他国に流出させたとか何かしら理由はでっちあげる」
「……いいんですかい?」
バルクに意外そうに尋ねられて、シャイアは腕を組んだ。
「本来ならばすべきでは無いが、魔術が実際にあると知ってしまった平民の騒動を思えば些末なこと。呪いの跋扈する不穏な国にする気はない」
バルクが意外だったのはシャイアの人柄として腹芸などは嫌いだろうとの事だったのだが、そこはそれ、王として教育を受けているシャイアである。
狡い手も必要ならば使うことに躊躇はない。
「ルルイエの正体については先に語った通り。神代から生き残った神の末裔である」
シャイアが厳かに告げる。
「いよいよもって神殺しだ。作戦を立てるぞ」
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