第34話 要石
白刃の剣を抜いたシャイアが見上げる位置にアシュタロスは浮かんでいる。
禍々しい黒い竜巻を従え、赤い双眸が不愉快そうにシャイアを見下ろしていた。
「ガルフの剣……、なるほど、貴様は奴の語呂合わせ(カレンファ)か」
「そういう事だ。――貴殿には引いてもらわねばならんよ。我が従兄弟の身体、返してもらおうか」
アシュタロスの手に黒い竜巻が集約し、一つの剣になる。禍々しく蠕動する闇の剣を利き手に握り、アシュタロスが先にシャイアに斬りかかった。
シャイアの白刃がそれをいなして受け流す。甲高い金属の擦れる音が横に流れ、今度は一際高い金属のぶつかる音が響いた。切り結んだのだ。
その隙にナタリアが目配せする。従者他三人を伴って気配を殺して部屋を出た。
いや、気配は消す必要も無かったのかもしれない。今、シャイアとアシュタロスの目には切り結んでいる相手しか映っていないだろう。幾度も響く金属音を背に、彼らが館の外に出ると、そこでバルクが待ち受けていた。
「お待ちしましたぜ、王妃様」
「お待たせしました。……お早いご準備に感謝します」
シャイア達が早馬を走らせている間、バルクはアッガーラの間で連絡を取り、バルクの自宅から本を取り寄せていた。古の書の一つだ。その本を鳥が運び、今バルクの手に収まっている。アシュタロス召喚の手順の書かれた書である。
そのため、一行より半日遅れて町へ到着した。作戦会議を始めた後に到着した彼は、大まかに本の内容を語り、それを含めて彼らは作戦を考え、今日に臨んだ。
「詳しい事はこの本で確認しやしたが、まぁ昨日語った通りです。アシュタロス降臨には要となる物を六か所配置しなきゃなりません。王妃様方の言う通りなら、この館が範囲でしょうから周辺にあるはずです。陛下という特大の餌をぶら下げている間に我々が処理しなきゃなりません」
情報を統合して考えた結果、作戦はいたってシンプルなものになった。
アシュタロスは館から動けないが、館に近寄れば彼の神の影響下に置かれる。それを覆せる可能性があるのが、ナタリアとガルフの剣という事で仮定し、その二つを起点に作戦を立てた。
アシュタロスをリユニア公爵の中から引きずり出すまではシャイアの傍にナタリアを置いて正気を保ち、シャイアが剣を抜くと同時に魔術の心得がある三人……可能であればカレンを含めて四人が、アシュタロス降臨に用いた要を壊すという作戦だ。カレンはナタリアの目配せを察知して付いてきてくれた。バルクと王妃がやり取りする間に、ソルテスが作戦の概要を説明する。
「いいですかい、アシュタロスの要石にはアメジストが使われています。アメジストにゃあこの本の……あぁ、ここですね。この印章が刻まれているはずです。この印章の頂点にある場所に五つ、館の中心に一つアメジストが仕込まれています。館の中で平気でいられるのは王妃様くれぇでしょうから、我々は石を破壊して参ります」
カレンが正気に戻り一緒に外に出られたのもナタリアがいてこそである。館の中で自由に動くとなればナタリア以上の適任は居ない。たとえガルフの剣がアシュタロスを抑えていたとしてもだ。
彼の神が姿を現すのはシャイアの首を獲る時。それに気を取られている間が最大の好機であり、彼の神の影響が最も強くなる最悪の機会でもある。
リユニア公爵の中で半ば眠っている状態でもアシュタロス神の影響は降霊範囲に及んでいた。目を覚ました今なら殊更強くなっているはずだ。
「確認です。王妃様が館の中心である書斎に、俺らは各々五か所にある石を見つけ次第破壊。シャイア王とリユニア公爵の実力がどの程度の物かは分かりませんが……」
「王の話によればほぼ互角。ですが、今は其々ガルフの剣とアシュタロスの影響を受けています。軍配は分かりませんが、ある程度の時間は稼げるでしょう。……シャイア様の首を獲らせる気等ございませんが」
「そこは屋敷の中を自由に動ける王妃様に任せましょう」
「あっしが南西と南東の二か所を壊します」
「では私は北を」
「私が西に行きましょう。バルク様は一番近い東をお願いします。要石そのものにも魔力があるはずですので……」
カレンが曖昧に言葉を切ると、南側を担当すると言ったソルテスが剥き身の小刀をバルクに渡した。刀身に何か呪文のような物が刻まれている。
「これをお使いくだせぇ。あっしが魔力を籠めました、刀身は水晶で出来とります。解呪と浄化、あっしの力がどこまで通じるかは分かりませんが、そこな腰の物を扱うよりはマシでしょう」
「破壊できないようならアンタを呼びに行くさ」
受け取ったバルクは苦笑を零してソルテスに告げた。タイミングによっては、ソルテスの位置がバルクに一番近い。
「では、悠長にしていられません。行きましょう」
其々がやるべき事を確認した彼らは、一斉に四方に散った。
ナタリア達が背後で部屋を出るのを確認したシャイアは一度、アシュタロスと距離を取った。
部屋の壁際まで後ろに飛ぶようにして下がる。未だガルフの剣に慣れていない事が大きな要因であった。
(まるで腕の一部のように、軽いというか、自在というか……却ってやりにくいな)
今迄剣を握っての修練を積んできたが、ガルフの剣はまるで自分の腕が伸びたかのように自在に動かせる。重さも然して感じない。
(国宝だから、と触るのを避けていたらこれかぁ……アシュタロスの言う通り、私は愚凡なのかもしれないなぁ)
のんびりと考えているようだが、この間にも二人の間には緊迫した空気が流れていた。
アシュタロスが剣を両手に構えてシャイアににじり寄る。シャイアはそれを左右に動く事で距離を保っていた。
さて、どうするか。
そう考えるシャイアの口元に自然に笑みが浮かぶ。
実力は拮抗、未知の力を使う相手のはずだが、王の首を獲った時に不審な痕跡があってはまずいという事だろう。
あの得物は得体が知れないが、刃物以上の性能を発揮させるつもりは無いらしい。
とすれば、あとはアシュタロスの実力とシャイアの実力次第である。
(ナタリア達の話によれば、アシュタロス降臨には相当な枷がかかっているらしい。とすれば、剣術の腕はリユニアのそれと考えていいだろう)
軽く手元でガルフの剣を振って感触を確かめると、シャイアは自らアシュタロスの間合いへ飛び込み斬りかかった。
シャイアの役目は囮である。あくまで生かさず殺さず。しかし、それは腕に差が無ければ難しい。
ましてや相手は自分を殺す気で剣を構えている。そんな甘い考えでは、もって数分という所だろう。
「どうした! 我を殺す気で来なければ貴様に生きる道は無いぞ!」
それはアシュタロスにもすぐに分かった。
嘲り笑いながらシャイアの剣の一撃を弾き、逆に斬って掛かる。
その一撃一撃が、重い。どれも必殺の気合で放たれる、殺気の乗った刃の嵐がシャイアを襲う。
「生憎、リユニアに死なれてしまっては困るのでね!」
「一国の王ともあろう者が、そんな綺麗事を抜かしてどうする!」
必殺の一撃を自らの腕のように動く剣で一つ一つ受け流していたシャイアだが、アシュタロスの言葉に血相を変えた。
いや、表情が消えたと言うべきか。
殺気では無い。もっと重く、冷たい程に熱い感情がシャイアから発せられる。
「……どうする」
何度目か分からない切り結びの最中、シャイアが小さく呟く。
「何?」
「綺麗事すら言えんで、どうする」
拮抗していた剣が、些かアシュタロスの方へ傾く。
シャイアに殺す気はない。押し戻すためだけの剣だが、その力が強くなった。
「王が綺麗事を言えぬ国で、どうするというのか!」
これは殺気ではない。
もっと重く、冷たい程に熱い、怒りである。
シャイアは怒号と共に、アシュタロスの剣を弾き飛ばした。
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