第31話 神の権能
「それは危急か? ソルテス」
「へぇ。知っておかれた方がいいかと」
この緊急事態に態々言い出すのだから、武器狂いの狂言と切り捨てる事はできない。シャイアは改めてソルテスに向き合うと、ソルテスは膝をついて最敬礼した。
「そいつは、今生では到底打てる剣ではございません。おそらく人の手によるものではございません」
「……確かに、王国建設の折より存在する国宝だが」
「剣というのは……いえ、武器というのは手入れをすりゃあ長持ちします。しかし、そんな昔からあって尚現在の技術を遥かに凌ぐ大業物となりますと、それはもう人の造る範疇にございません。武器については私の目利きを御信用くだせぇ」
ソルテスが目を伏せて告げる。シャイアの剣は真紅に金の飾りが着いた鞘に収まっている。柄と鍔も鞘と同じ真紅、燃えるような赤い色をしているが、上から鍍金をかぶせているわけではない。故に、失われてしまった素材で出来ている、と思ってはいたのだが、想像以上の言葉が出た。
「あっしが武器庫に勤めるようになってからこの国の武器を見せていただきやした。王宮だけあって素晴らしい水準でしたが、ソロニア帝国の武器もこちらの武器も大差ァありません。陛下の御腰の物が特別なんでしょう」
「ふむ……。父上からこれを譲り受けた時、確かに宝物庫にあったものを肌身離さず持っていろ、と言われたことは不可思議に思ったものだが」
「……それは、たぶん、その剣が戦神ガルフの剣だからでしょう」
「私の名はそこから来たか……、父上が飢饉を見逃していたはずは無かろうしな」
ヴァベラニア王国は長らくの平和を謳歌していた。その国の王子に名付けるのに、戦神の剣ガルバンドとは実に物騒だ。先々代の書物の事も恐らく先王は知っていた。むしろ先王の時代にこそこの時が来ると思っていたのだろうに、想像以上に早く先王は逝去した。
だから、それすら見越して父親が自分にこの名と剣を贈ったのだとすれば、今こそこの剣をとらねばなるまい。シャイアの目の奥で炎が燃える。火の精が踊る光が煌く。
「あいわかった、この剣をもって、まずはアシュタロスを斬る」
「お供致します、陛下」
立ち上がった剣を握るシャイアに、ナタリアがそっと寄り添う。彼女へ優しい笑みを向けると、シャイアは厩へと急いだ。
シャイア、ナタリア、ニシナ、ソルテス、そしてバルクは、西へ向かった時以上の速度で馬を駆る。
カレンの魔法で爛れた右半身は急速に回復しているのだが、リユニア公爵は嫌な予感を拭えないまま日々を粛々と過ごしていた。蟄居は続いているものの、屋敷の人間も少しはほっとしたようである。
自分に問題があろうと、今何か不可思議な物に寄生されていようと、自分が治める領地には関係のない話だ。恙なく領地を管理し目を配らなければならない。領地に飛ばした斥候からの連絡を受けとり、必要な判断を下す。そしてそれをまた人を使って領地へ飛ばす。南は直ぐだが、自分の領地は王国の至る所にある。平和だとは言え目を配らなければ問題は起こってしまう。些末な事も見逃さないが、それにしても、頭が冴えすぎている気がするのだ。
「……一体私は何を宿されたというのだ」
未だ閉じられた窓の中、昼だというのに灯りを灯して書類を見詰めていたリユニア公爵は自分の右手を見詰めて苦笑する。
自分を無能だと思ったことは無い。歳の割にはよくやっているだろうし、その辺の伯爵が束になってもこなせない仕事をしていると自負している。だが、それでも暇ができてしまうのはおかしい。
「参った、どうした事だ……、私はこういう性格では無いんだがなぁ」
そして、暇な時には思ってしまうのだ。自分ならもっとうまく国を治められる、自分が国王だったらこんな事は起こらなかった。自分だったら……、と。
シャイアの治世に文句があるわけではない。ただ、自分の方ができる、という傲慢が心から離れない。
この傲慢は他人のものだ。自分のものでは無い。そう否定し続けて無視し続けると、右側がちりちりと焼けるような感触がする。実際の爛れはもうほとんど治っているのに、内側から焼ける感触がするのだ。
と、自分の口が勝手に動いた。
「シャイア王は犯罪者だ。この国の飢饉を見逃し、今目前に危機が迫ろうとしている」
自分の声で語られる他人の言葉に、リユニアは顔を顰めて反論する。
「いいや、国王陛下はよくやっている。飢饉は王一人の手でどうにかなるものではない、皆が協力しなければ」
「あの男は千里眼を持っていながら飢饉を見逃した。無知、無力は罪だ。王という役目を負った以上、それは許されざる罪だ」
「生まれついての物に罪は無い。国王陛下は既に対策を出された。問題なく越えられる」
「しかしそれも、貴殿がこうならなければ気付かなかったのではないか?」
「……」
「やはり無知は罪だ。告発し、断罪すべきだ。次なる王に貴殿以上の器は居ない。まずは告発と断罪を。国民に救済を」
「国民に……救済……」
「そうだ。誰かが救わねばなるまい。王の不在も無能な王も罪だ。罪は告発し正さねばならない」
「やめろ!」
リユニア公爵が叫ぶと、誰かの言葉は収まった。同時にカレンが部屋へ滑るように入ってくる。
「公爵様、此方を……」
気付けの酒を渡され、リユニア公爵はそれを一息に煽った。
零れた酒を手の甲で拭う。
「気でも狂った気分だ……」
「貴方は強靭な精神をお持ちです。そのような事を仰られてはいけません」
カレンの励ましにも、リユニア公爵は苦笑するばかりだ。独り言を言って憔悴しているのは事実、これを気が狂っていると言わずして何というべきだろうか。
「ご自身を見失わないでくださいませ。貴方はお強い。どうか、どうかもう暫し」
「分かっている。王が来る、それまでは何としても抑えるさ……、いや」
リユニア公爵は暫し考える風になり、急に顔から血の気が引いた。座っていた椅子の背もたれに体を預ける。
「カレン。私が蟄居を自ら申し出た事で、王は裁きに来るな?」
「はい。表向きは。事情は既に私から文が行っております」
「では、だ……。王が来たとして、この私に何ができる?」
「それは……」
カレンは漠然と、この危機を知らせなければならない、と行動した。ソルテスを走らせ、一刻も早くこの公爵の状態を解消しなければならないと思った。しかし、確かに言われればそうだ。王には魔術の心得はない。王妃も、魔術の心得はあれど解呪がこの公爵にどれ程効くかは不透明だ。
「逆に、私は王が来たら、国家転覆がやりやすくはならないだろうか?」
「公爵様……!」
「何も城まで攻めあがる必要は無い。王が此方に出てきてくれるのならば、私にとって都合がよすぎる展開では無いだろうか。私に悪心が無い事を前提として事は動いていたが、今の私には私自身が制御できない悪心がある」
カレンも考え込む。このまま公爵と王と対面させるのは危険なのではないか、という考えは納得できる。しかし、自分にできるのは己の命を削っても現状維持が精々だ。
「……使いを出しますか?」
カレンが控えめに尋ねた。こちらに来るべきではない、と知らせるべきか、カレンには判断が付きかねた。
「いや、いい。――私に宿ったものが何であれ、くく、なぁに後悔する事になるだろうさ。シャイア王は昔から抜け目がない、というかは抜け目から抜けたところをうまく捕まえられるお方だ。まぁ些かコイツの掌の上で踊っている気もするが……」
些かどころか大いにそういう状況なのだが、リユニア公爵はうっすらと笑った。
「まぁ、大丈夫だ。私は王を信じるよ」
カレンはその忠義に黙って礼をした。
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