第27話 授与式

 春の訪れとともにシャイアは早速領地と爵位の授与式を開いた。


 既に、雪解けを待って方々の貴族諸侯には招待状を出してある。今日はその授与式当日である。


 オペラ伯爵も貴賓席に招かれていた。一級の客人として大事に扱われているが、人形姫の父親の男ぶりをみてご婦人たちが卒倒しそうな勢いである。オペラ伯爵自身は委細気にも留めず、義息の晴れ舞台を見る義父親の心持で座っていた。


 隣にはアッガーラからの代表としてバルクもいる。今日は珍しくちゃんとした正装を纏っているが、着せられた感は無い。オペラ伯爵は軽く会釈をしたが、どこか覚えのある顔に一瞬、おや? となる。が、式典はもうすぐ始まる。今は言葉を交わすのを避けた。彼も友人の晴れ姿と、上質なただ飯目当てでやってきただけであるから特に話しかけもしなかった。


 場所は玉座の間である。普段の謁見は執務室で済ませてしまうが、儀典となれば話は別だ。


 今日は神から何かを賜るのではなく、最上位に王を抱く日である。


 シャイアが座る玉座は十四段の階段の上にあり、巨大な石造りで、赤い天鵞絨と金糸で飾られている。


 赤い外套と白地に金糸の正装に、王冠と国宝の剣を帯刀した姿で堂々と座るシャイアは、実に様になっていた。戴冠式の日から十四日の間はこの席にて謁見をしていたが、それ以来である。当時の姿を覚えている貴族諸侯からは、堂々とした国王の姿に自然と歓声があがった。


「リユニア公爵、ルルイエ子爵、前へ」


 官吏が声を掛けると、正装した二人が進み出て玉座の前で跪いた。


 リユニア公爵は癖のある髪はそのままに、王を支える者として、また諫める者として青い外套を纏い、銀糸で刺繍された黒い衣装をまとっている。顔立ちはシャイアにどことなく似ているが、シャイアが愛嬌の人であるならばこの人は悪戯の人である。もう少し隙が無く、どこか捻くれている。


 シャイアが赤ならばリユニア公爵は青。シャイアが光ならばリユニア公爵は影と言えるだろう。


 まさにそれを体現した立ち姿は、これまたご婦人の溜息を誘った。


 ルルイエ子爵は質実剛健という言葉がよく似合う男性であった。濃い灰色の外套に燻んだ銀色の一式を身に纏い、刺繍は黒で落ち着いた姿だ。歳は五十絡みで、後ろに撫で付け一筋に結ってある地毛の灰色の髪はロダスやソルテスと違って光沢は無い。元々色素の薄い人なのだろう。


 肌は白いが良く鍛えられており、目は賢明さを湛えている。地味ながらもリユニア公爵には無い威厳を持つ姿は、一子爵としておくには惜しい器量を窺わせるものだ。


 そんな二人が跪くと、シャイアはゆっくりと立ち上がり階段を下りた。


 二人より一段高い場所で剣を抜き、抜き身の白刃をまずはリユニア公爵の肩へと置く。


 いつでも首を斬れる体勢であるが、シャイアとリユニア公爵の間にそんな心配は微塵も無い。リユニア公爵は衆目に背を向けている事もあって薄く笑ってさえいた。


 その間に官吏が目録を読み上げる。南の領地を西に何フェイ、北に何フェイ、といった具合に読み上げ、それに付随する街や農地の名を挙げる。それが止んだところでシャイアが口を開いた。


「ここに、南の領地をリユニア公爵に授ける事とする。目録は後で受け取られよ」


「有り難き幸せに御座います、国王陛下。忠誠をもってこれにお応えします」


 こうしてリユニア公爵へ領地が下った。


 続いてはルルイエ子爵である。


 彼はリユニア公爵のように余裕の笑みというわけではなかったが、静かに目を伏せて刃を肩に受けた。


 同じように官吏が目録を読み上げ、それをシャイアが授与する。


「ルルイエ辺境伯としての爵位を与え、それに付随して西の領地を拡大することとする。目録は後で受け取られよ」


「至上の誉れに御座います。これより、爵位と共にわが身も新たに国王陛下に忠誠を誓います」


 こうして式典は無事終わった。一見は。


 オペラ伯爵は、式典の間ずっと国中から集まった貴族諸侯を眺めていた。アシュタロスの軍勢にかかわる者が居れば見逃さないつもりだったが、時は既に遅かった。


(幻術が働いているな……、事は想像以上に進んでいるかもしれませんよ、シャイア王)


 この役目はオペラ伯爵が自ら買って出たのだが、今日の謁見室内にはちゃんとカレン達が結界を張っている筈である。


 それを超える幻術となると、厄介な事になってきたと言えるだろう。まず間違いなく、実際にこの場に居ると考えていい事だけは確かだ。遠隔でそんな真似はできないという事だけは確かである。


 魔術とは奇跡のように思えるが、それには相応の代償がいる。


 これだけ大掛かりな幻術を披露するという事は第一にこの場に居る事。そしてそれを悟らせないだけの余程の鍛錬を積んでいる事が予測できる。


 貴族の中の誰かではあるがそれを悟らせる気はない、という事だろう。実際、オペラ伯爵の千里眼であっても分からない。


 厄介なことになった、と思いながらオペラ伯爵は顎を撫でた。




 式典の後は春の庭園で立食形式の催事である。


 国王夫妻は並び立って貴族諸侯とあいさつを交し、その際にオペラ伯爵やバルクを紹介して回った。


 バルクは一度貴族諸侯の前に顔を出しているが、オペラ伯爵は結婚式で花嫁の添え物をやったきりである。催事となると、式典の間は流石に控えていた貴婦人があちらこちらから視線を飛ばしていた。


 妻を連れては居ないが、オペラ伯爵は歴とした愛妻家である。ここは他国、その上娘の奪還を企ててやってきたものだから、本日は隣に居ないままでの参加となった。


「今日は妻を同伴できずに残念ですが、こうして仲睦まじい娘夫婦を見る事ができました。国王陛下の堂々たる姿も拝見できて、良い時に来ることが出来ましたよ。帰ったら妻にも詳しく話してやろうと思います」


 こうして愛妻家ぶりを遺憾なく発揮する事で視線を躱していた。


 父親もいるせいか、今日はあまり聞こえないが、やはりちらほらとはナタリアの事を人形姫と呼ぶ声もする。シャイアもオペラ伯爵も耳聡く聞き分けているが、敢えて無視する。そう育てたのはオペラ伯爵であるし、シャイアにとっては戯言も良い所だ。


 例え人形のようであったとしても、ナタリアが美しい事には変わりがない。


 今日はシャイアに合わせる形で臙脂色の華やかなドレスに白金の宝飾品を纏っている。金糸で編まれたレースを薄く重ねたドレスと帽子から降りるヴェールが謎めいた美貌を引き立てていた。


 シャイアとナタリア、オペラ伯爵にリユニア公爵、ルルイエ辺境伯、さらにはバルクが加わって話していると、もう他は誰も近寄れる雰囲気ではない。本日の主役が一同に会しているのだから当然と言えるだろう。どうしても霞んでしまう。


「いや、助かります。こうして輪に加えて貰っていれば俺に話しかけようなんぞ思わないでしょうから」


 バルクが頭をかきながら苦笑する。貴族とのおつきあいと言うものには一生慣れる気がしない、というのが彼の言だが、バルクは一通り以上の行儀作法と教養がある。


「あぁ、そういえばバルク殿。貴殿に紹介したい男がいるのだが」


「畏まった人じゃあなけりゃ歓迎ですぜ、陛下」


「なに、バルク殿はこれでなかなか知識欲の人と見た。うちにも居るのだ、本の虫が」


「リァン様ですわね。オペラ伯爵、リァン様は素晴らしい策士ですの」


 策士に仕立てあげたのは当のナタリアであるが、そこは言わぬが華である。


「へぇ、それは是非ご紹介に預かりたい。ついでにここの蔵書もいくらか読んでみたいんですが」


「ほう、それはそれは。私にも紹介いただけますかな? 陛下」


 リァンの話に花が咲くと、リユニア公爵が悪戯な目でシャイアを見る。


「リァンばかり、本人が居らぬくせに目立ってはおりませんかな? 本日の主役は苦しい中でも南の領地を請け負ったこの私と西を任せられて爵位を上げられたルルイエ辺境伯かと存じますが」


「貴殿は慎みを持たれよ、リユニア公爵。私はそも、目立つような真似は苦手だから話が回ってこない程で丁度良い」


 共に名前を挙げられてしまったルルイエ辺境伯が苦々しくもリユニア公爵を諫める。


 冗談の通じない御仁だ、と公爵は肩を竦めるが、ルルイエ辺境伯は改まってシャイアへ謝意を示した。


「こうして独り身の年寄にお任せ頂けるとは、長生きはしてみるものです」


 ルルイエ辺境伯は独身であるが、代わりに領地の孤児を養って館で読み書きや見込みのある者には高等教育を施しているはずである。こうして後継ぎを育てているので問題は無い。特にシャイアは血筋よりも実力を見る王であるから、そういった所には実に寛容である。


 オペラ伯爵は似たような事を成してきているので、今度はこの二人の間で話に花が咲いた。義理の息子(オペラ伯爵の爵位を継ぐ方である)の話をすれば、ルルイエ辺境伯からも同じような話が返ってくる。父親談義が捗っているようだ。


 バルクは子育ての経験が無いので若輩組にちゃっかり混ざっている。


 最後にはルルイエ辺境伯とオペラ伯爵は握手を交わし、バルクは明日紹介されるというリァンに興味津々で終わった。シャイアとリユニア公爵は飽きもせず軽口を叩き合い、ナタリアは行儀よく側に控えて時折扇で口元を隠していた。表情は変わらないが笑っているのだ。


 リァンの恋人であるローザは給仕に終始していたが、話題にあがっている恋人を誇らしく思っているのは薔薇色の頬を見れば明らかだ。ナタリアがそっと視線を送ると、嬉しそうに笑ってみせた。




 その日の夜、オペラ伯爵とシャイアは三度目となる二人きりでの会談の席を設けた。


「やはり、貴族諸侯の中にアシュタロスの軍勢の者が居るのは確実です。お早く手を打たれた方が良いでしょうな」


「とは言え、私にはどう手を打っていいかが分からないのが現状です。まずはナタリアに相談してみようとは思うのですが……」


 難しい顔でシャイアが考えながら告げると、オペラ伯爵も頷いた。この地を知らない自分よりも、馴染んできているナタリアの方が幾分かマシな案が出るだろう。


「それが良いでしょう。娘はあれでなかなかの目利きであり、鼻も利きます。人生経験も人並み以上に積んでいる。良い助言が得られるでしょう」


「確信が持てないうちは話すべきではないと思っておりましたが、少し判断を誤ったかもしれません」


 シャイアが苦笑して告げる。それにはオペラ伯爵も笑って返すしかない。


「いやいや、貴方がある程度でも形が掴めてないものを尋ねても仕方がございません。雲を指差して、あれの正体は? と聞く愚行です」


「しかし、今ならば助言を求められる」


「はい」


 正体は分かった。後は、どこのだれか、である。それをどうにかして掴む事、まずはそれに注力すべきだ。


「しかし、陛下。正直に申し上げますが、時間はあまり残されておりません」


 オペラ伯爵のこの言に表情を改めたシャイアである。


「分かっております。――悲劇を回避する為にも、早急に手を打ちましょう」


 シャイアのその言葉にさえ、オペラ伯爵はまだ遅いと思ってしまう。この不安の正体がつかめない、或いは、もはや手遅れなのでは無いかと言う悪い予感が頭から離れない。


 しかし、それを現在打てる手を全て打っているシャイアに告げるのは酷である。


 オペラ伯爵は笑ってシャイアと握手を交わし、今日の会談もお開きとなった。

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