第24話 領主決定
ようやく平素の仕事が落ち着いた頃……庭園は白く覆われ、街も眠っているように静かになる冬の最中、西と南の領主について決める時が来た。
南の貧民街の元締めとは話を付けて秋のうちに返してある。一先ずは直轄地としてシャイアが目を光らせている限りでは貧民街が復活する事は無かった。今後もふさわしい領主を備えると約束してあるから、責任は重大である。
西もいつまでも自分の直轄地としてはいられない。というのも、挙兵した領主が多すぎたのだ。六人からなる西の連合軍は、余りにも範囲が広すぎる。それでいて点在しているために、いちいち斥候を別々に放たなければならない。面倒極まりないのだ。
しかしまずは山賊被害と南のスピリトをどうにかせねばならなかった。そこに加えて平素の業務もある。冬に向けての備蓄や雪崩への備え等を始め、すべきことは多い。
優秀な官吏達のおかげもあるが、これでもこのシャイア王を見くびるものがいるならば同じ仕事を割り振って何日持つかせいぜい見てやる、というのがここ最近の王宮内諸官での見解である。
即位してすぐは不審に思っていた官吏達の目は半年を過ごすうちに変わった。シャイア王が実力を見る王なだけに、周囲もまたシャイアの実力を見るようになっていっていたのだ。
「さて、シーヴィスを呼んでくれ」
「畏まりました」
ロダスは内心周囲の変化を喜んでいたが、それを億尾にも出さずに一礼してシーヴィスへ使いを出す。まだ十七の青年であることには変わりない。大事に育てたいと思ってしまうのだ。
使いを遣ってすぐに、執事長であり前々宰相のシーヴィスは執務室に現れた。いつもの執事の礼ではなく、場にそぐう略式の礼で入室する。
「国王陛下、宰相閣下、この老いぼれめに何の御用でございましょう」
「まぁかけてくれ、シーヴィス。前々宰相としての貴殿に用がある」
革張りの長椅子を勧めるとシーヴィスは行儀よく腰掛けた。年老いて尚その背筋は伸びており、七十を超える老人には見えない。現役の紳士である。
「はて、さて……領主の件でしょうかな」
「あぁ。済まないが、これは断らないで欲しい。他に適当な手があるというならば伺うが、今は一刻の時間も惜しい上に貴方以上の適任は居ないのだ」
「分かっております。老いぼれで役に立つ事でしたら相談に乗りましょう」
「ではまず、西の領地なのだが……」
かくして執務室の真ん中で、シャイア、シーヴィス、ロダスによる議論は夜更けまで続いた。
次の日は朝からこの面子での話し合いである。
シーヴィスの助言もあって西の領主の候補はだいぶんと絞れた、問題は南である。
領主というのはそも土地に根付く者が行うのが慣例だが、公爵や侯爵となると飛び地している事も珍しくない。そういった意味ではシャイアの従兄弟であるリユニア公爵に任せるのもいいのではないかと言う話も出た。
ならば本人に打診すれば良い。リユニア公爵は基本的に首都ブランデの邸に居る。すぐに使いが走った。
すぐにリユニア公爵はやって来て、今度は四人で喧々諤々の話し合いになる。
「国王陛下に置かれましては相応の苦労をされた事と御心痛お察し致しますが、いかな優秀な国王陛下であっても治めきれないものをこのリユニア程度の者にお任せになるとは愚策としか思えませんな」
「口が過ぎるぞリユニア公爵殿。陛下はよくやって下さっているが、それでも手に余るというのは今さっき貴殿が申された通り。陛下の御心痛を察するならば公爵殿が南を請け負ってくれても良いのでは無いか?」
嫌がるリユニア公爵にロダスが言い返す。口の上手さでは国内随一のリユニア公爵だが、ロダスの頭の硬さもまた国内随一である。
静かなにらみ合いになる。
「まぁまぁ、二人とも……」
「陛下は黙っていていただきたい!」
「陛下、ここはロダスめにお任せを!」
シャイアが宥めにかかるもこの調子である。仲が良いのか悪いのかという具合で、シーヴィスと共に紅茶を啜るくらいしかシャイアにはする事が無い。
「しかしですな、現実を見てください。私の領地は陛下に次いで既に国内随所に及んでおります。このまま私の領地が増える事になれば王家傍流の私を旗印に反乱を起こす輩が現れるかもしれませんぞ。まして南の辺境等という場所に押し込められれば手玉に取られるのも一目瞭然では無いだろうか?」
リユニア公爵が言っている事は正しい。彼は確かに忙しいのだ、今でさえ。シャイアより以前から多くの領地を管理しているだけに、問題の種も多いのだろう。若くして公爵位を継いでしまったせいでシャイアの前身となってしまった部分がある。その間、幾度となく反乱の旗印に挙げられそうになったのを躱して来た苦い思い出がよみがえるのだろう。
「何を仰ることか。陛下よりも何事も経験豊富でいらっしゃるリユニア公爵でいらっしゃる。未だ独身の貴殿にとって南にこそ運命の出会いがあるかもしれませんぞ。さらに言うなれば、反乱の旗印に挙げようなどと言う不届き者の掌の上で踊りながら相手をお手玉にするのが公爵殿のやり口でしょう。今更何をそう弱気になっていらっしゃるのか」
「ぐぬ、運命が南にというのは中々鋭い所を突いて来るでは無いか……」
「公爵には身分にふさわしいご令嬢からの結婚の打診は幾つも来ているでしょう。南に美人はおりませんでしたかな?」
「そこまで把握しての事かロダス卿……!」
本人たちはいたってまじめである。
雲行きがどうにも怪しい。これでは女性の為に南を請け負いそうな雰囲気である。
(いや、私は引き受けてくれるのならば女性の為でもいいとは思うのだけども……)
スピリトの元締めとの約束を考えると動機が些か不純すぎるような気もするが、リユニア公爵はシャイアと同程度には見聞が広い。今更新しいものに踊らされる男では無いが、この動機で務めて果たして正気で居られるのだろうか?
「南は鬼門ですなぁ」
「シーヴィスもそう思うか? 私もだ。頭が痛い」
呵々と笑いながら言ったシーヴィスに、深いため息とともにシャイアが告げると、今までいがみ合っていたはずの二人が同時に振り向いた。
「大丈夫ですか陛下?」
「胃痛ならばまだしも頭痛とはいけない。風邪の前触れかもしれません、一刻も早く南の領主を決めてお休みいただかなければ」
「いや全く。そういう事ならば私が南を引き受けない事も無い」
「うむ、うむ。リユニア公爵が引き受けてくださるなら南は万全、陛下の手にあるも同じ庇護を南の民は受け取れます」
「誰のせいだと思っているんだ?」
話が纏まりかけているが、シャイアは厳しい目を二人に向ける。
ロダスにとってはどんな理由でもシャイアの負担が減れば良いし、リユニア公爵もロダスの説得に悪い気はしなくなっている。
ただ、シャイアにとって南は絶対安全という保障が欲しいのだ。
「リユニア公爵、今更言う事でもないとは思うのだが、私は南に絶対を求める。絶対に反乱を起こさせない、絶対に安全な街を守る。この二点を約束してくれるのならば、南で好きなだけ女性を漁ってくれて構わない。どうか?」
「もちろん、お任せください国王陛下。このリユニア、僭越ながら領地運営に関しましては一家言御座います」
「ならば任せる。よし、決まりだ」
片目を瞑って冗談めかした様子でリユニア公爵は宣誓したが、この男は怒り心頭に達する時以外は大抵がこの調子だ。この調子でうまく今迄やってきている事は否めない事実。ならば任じようという事になった。
西はルルイエ子爵の爵位を上げて辺境伯とし、春に任ずる事とした。今は打診の手紙を出している最中である。
丁度良いのでリユニア公爵へ領地を下げる正式な発表も春に兼ねようとなった。ここの所貴族諸侯の財布が痛むような大掛かりな催事が続いてしまった。春までは温存させようという事になった。
(オペラ伯爵もそこに合わせて招待するか……後は、この冬を乗り切るばかりだ)
芽吹きの春ではあるが、シャイアにとっては初めて迎える重たい春になりそうである。
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