第23話 来訪の予兆

「オペラ伯爵からの文が届きました」


 晩餐の席でナタリアが淡々と告げると、シャイアは目を丸くした。


「義父上から? またどうしたの」


 ナタリアは小さく溜息を吐いた。無表情は変わらないが、疎ましく思っているようだ。


「此方に来たい、と……」


「はっはぁ……」


 彼女の様子からただ来たいというわけではない事を察したシャイアは、暫く考え込む。


 要はナタリアがオペラ伯爵の秘密を明かしていないか、明かしていた場合はどうするかを決めに来るのだろう。十中八九明かしている事は最早分かっているのだろうとナタリアの様子から察し、その場合どう出てくるかについてをナタリアは思い悩んでいる。そこまで考えて、うん、とシャイアは頷いた。


「そうさな……痛くもない腹を探られるのは、些か尻の収まりが悪い。招待しよう」


「良いのですか?」


 痛くもない腹、と言い切ったシャイアに、ナタリアは驚いて反射的に聞き返してしまう。


 何方かと言えば痛いばかりの腹だろうに、本当に良いのか、と尋ねたのだが、シャイアはにっこりと笑って話をそらした。ここはナタリアの秘密を知らない者の耳目がある。


「良いも何も、義父上が貴女の様子を知りたいのは当然でしょうから」


 何でもない会話のようで、裏にはとんでもない重さを秘めた言葉の応酬である。下手をすればナタリア、ひいてはシャイアまでもが殺されてもおかしくないのだ。それでもシャイアは歓迎しよう、という考えでいた。後は出たところ勝負である。知っているのなら、聞いておきたい事もあったので丁度良い。


 続きは晩餐の後にする事にして、今は羊の鉄板焼きに果物のソースをかけた物に取り掛かる。


 毒見の要らない二人である。温かい料理を十全に楽しんでから、サロンへと向かった。




 おなじみの四人……シャイアとナタリアにカレンとニシナである……になると、シャイアは切り出した。


「いやね、私も一応相手の国の国家機密を知っているのだし、オペラ伯爵がそれに勘付いているのなら丁度いいから聞きたい事があって」


「聞きたい事、とは……?」


 ナタリアが慎重に尋ねると、シャイアは腕を組んで天井を向き唸った。


 これは未だ確信には程遠い、何の材料も無い所に生み出した机上の空論である。それをオペラ伯爵に確認するとして、それを今ナタリアに話してしまうのは何か誤解を生みそうな気がする。


「内緒。でも大丈夫、君たちや私が死ぬ事は無いよ」


「まぁ、私にも内緒ですか。私にはあなたのような目が無いので、そうされてしまっては何も分かりませんわ」


「どちらかと言うと、話すまでも無い事というか……これはオペラ伯爵に聞いてからで無いと話しても仕方がない事なんだよ」


「まぁまぁ……、分かりました。殿方同士で秘密の会談をなさってくださいませ」


 無表情で無感動な声で拗ねて見せるという高等業を屈指したナタリアにシャイアは苦笑したままごめんと何度も謝った。


「いや、でも……もしオペラ伯爵に聞いて確信を得たら、君にも話すよ。君の力が必要だ、ナタリア」


「……それでしたら、お待ち致します」


「うん。それにまずは領地を任せる人を決めなきゃいけないしなぁ!」


 今は直轄地が大幅に増えてしまったせいで、シャイアの仕事量は膨大な事になっている。


 速読と千里眼を駆使してもまだ追いつかない、そういう仕事量であるだけに、こういった私的な時間をしっかりと設けて英気を養っている。でなければ効率が落ちるのだ。


「カレン、ニシナも怯えなくて大丈夫だからね。むしろオペラ伯爵に合いたいかな?」


 シャイアが話を振ると、二人は少し控えめながらも、えぇ、と嬉しそうに頬を紅潮させた。


 どんなに厳しい訓練があったとしても、二人は孤児だった。それに着るものと食べるものを与え、雨風を防ぐ家の中に匿い、育て上げる。その恩義は計り知れないものだろう。


 二人の嬉しそうな様子に、ナタリアも考えを改めたらしい。


「では、来年の春に、という事で文を出しておきます。もう雪がちらついておりますので」


 確かに、サロンの暖炉にも今は火が入っている。


 雪の中の馬車移動というのは危険が伴う。視界もそうだが、馬の脚が取られることも多い。特にヴァベラニア王国は盆地であるからして、積雪も多い。


「分かった。それだけあれば領主問題も解決している頃だろうしね。楽しみにしていよう」


「はい」


 行者としてのナタリアは会うのが怖いと思っていたが、わざわざ父親が訪ねてくるというのは女性としてのナタリアには嬉しいものなのだろう。最終的には喜んでいるようでシャイアもほっとした。


(果たして、凶と出るか吉と出るか……まぁ、一筋縄ではいかないだろうけれど)


 それならば最初から搦め手で出迎えるまでの事。


 春まで時間はある。シャイアは存分にその頭を使う事にした。

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