第22話 アッガーラの誇り
「なるほどなぁ……そういう事でしたか。じゃああの西の時の斥候は……」
「はい、私の侍女でございます」
「ははぁ」
話が終わる頃には、すっかりバルクは馴染んでしまっていた。
もともと知識欲の旺盛な男なのだろう。話の途中から、これは、あれは、と何かと質問までし始めたのだ。
ナタリアも聞かれることには素直に答えるものだから、シャイアは内心ハラハラした。しかし、一国の、しかも隣国の元首に知ってもらう事には意義がある。
ナタリア達四人はともかく、アッガーラは其々がヴァベラニアの武将相当の実力を持っている。
日々戦闘の中に身を置き、狩りをする中で鍛えられたものだろう。実戦経験が段違いなのだ。
その隣国に腹を明かしておくのは、危険も大いに伴うが信頼関係を築くには大事な事である。
寝首を掻かれる事を恐れては相手に背を預ける事は出来ない。
「もちろん、この話をしたのはバルク様を信頼しての事なのですが」
「が?」
ナタリアは最後にこう付け加えた。
「私たちは、いつでも見ています。聞いています。貴方を殺す事もできます。ですので、お話しました」
ぽかん、と口を開いたバルクである。
「ぶっ……あっはっはっは!」
そうして壊れたように笑いだしてしまった。シャイアが慌てて腰を浮かせかけるが、バルクはそれを片手で制す。意識はあるようだ。
「あぁ、いや、まったくその通り。王妃様方には我々のようなもんにゃ到底かなわない実力をお持ちです。そんな怖い事を言って脅さなくても大丈夫ですぜ王妃陛下。我々アッガーラの始まりはならず者の集まりでしたが、約束は違えません。アッガーラとして名を明かし、国王陛下に信を置いた以上、それが毒でも薬でも皿毎飲み干して見せましょう」
笑いを収めたバルクは胸を張って言い切った。それは戦士の近い、一民族を表する者の誇りの表れである。
「それに、黙っていてもらった恩義もございますし……」
シャイアには聞き取れるか聞き取れないか程の声量で、しかしナタリアには確りと聞こえる声でバルクが呟く。
ナタリアは最初から、それこそオペラ領に居る頃から、アッガーラの存在を知っていた。西の山賊騒ぎの時にも、アッガーラの村が近くにある事を理解していて斥候に侍女を混ぜた。
彼らは知られる事を酷く嫌がる。必ず脱走者を捕獲する事は当然、自分たちの姿を見ながら逃げ出した人間を追わない筈がない。そう見込んでの作戦だったが、ここまで話せばバルクにも分かったのであろう。
それを掌の上で踊らされていたと取るか、秘密を守る信を置ける相手と取るかはバルクの度量次第であったが、幸いにもバルクは後者であった。ナタリアは内心胸をなでおろしていた。
「バルク殿に頼み……いや、お願いがあるのだが」
「何なりと、国王陛下」
「二つ。一つは、頼む。そろそろシャイアと呼んでくれぬものか。貴殿は家臣では無い、そう呼ばれるのはむず痒い」
シャイアが改まって何を言い出すかと思えば、困ったように呼び方を改めてくれと願い出したのでまたバルクは腹を抱えて笑った。
失礼に当たるのは重々承知だが、こんな大国の王様というのはもう少しふんぞり返っていていいのだ。手中にはいつでも此方を噛み殺せる毒虫まで飼っているというのに(これを実際に言ったらそれこそシャイアの機嫌を損ねるだろうが)、なんともいじましい。
年下の青年らしく見えて笑ってしまったが、どれだけ身の内に毒を持った蛇を飼っていたとしてもこの王は気にしないらしい。
ならばアッガーラというならず者の集まりも、この王はまた、何も気にせずその身の内に留めるのだろう。
「ははぁ、いや笑っちまってすいません。そうですね、じゃあシャイア王、これでどうですか」
「もう一声」
市場でよく見る値引きの場面である。
「シャイア殿。――これ以上はまかりません」
「私もバルク殿をバルク殿と呼んでいる以上、これ以上は仕方無いな」
交渉成立。ナタリアは不思議そうに黙ってみていたが、殿方とは所謂こういうものなのだろう、と思って黙っていた。
「そして、二つ目なのだが。……バルク殿もお察しの通り、この国は今どこから内乱の手が挙がってもおかしくない状況だ」
「一見平和に見えますが、立て続けに事が起こりすぎちゃあいますね」
シャイアは頷くと、改まって真剣な目をバルクに向けた。
「ここでアッガーラとの同盟をお願いしたい」
「同盟、ですか」
バルクは考える。正直に言えば、悪くはない話だ。しかし、身の内に毒虫が居るのはともかく、足元が燃えている相手の手を取ってしまえば自身が燃えるのも必須。火の粉が降りかかるどころか火が燃え移る相手との同盟は、正直言って組めない。
それでも一瞬悪くない話だと思うのは、この肥沃な国土にある。危険を承知で手を組み、平定の暁にはこの国土から排出される食糧や生産物を安く買い付ける事も夢ではない。アッガーラは狩猟民族だが、アッガーの教えの元に獲物を狩りつくす事はしない。増える人口に伴って、子供には新しい道をヴァベラニア王国で見つけてやれるのかもしれない。
「将来的に見れば悪い話では無いと私は思う。ただ、今は自分の身が身中の虫に食われているのも確か。この手を取らぬのも致し方ないと分かっている」
それでも躊躇いなく、シャイアは右手を差し出した。
アッガーラは味方をしてくれている。それは分かる。こうしてその場だけならば雇って力を借りる事も可能だ。シャイアが求めているのはその一歩先の話である。
「シャイア殿、これは俺一人の裁量でどうこうしていい問題じゃねぇ。そこは分かってくれますか」
バルクはシャイアに負けず劣らずな真剣な目を向けて語る。西の次は南、この後は一体何が待っているというのか。それを理解せずに燃える相手の手を取るべきか、否か……、議決で全てを決めるアッガーラの元首たれど、それは勝手に決めて良い事ではない。
シャイアは右手を収めて苦笑した。
「相分かった。この場の勢いでどうか、と思ったのは私が悪い。バルク殿、できれば前向きに検討して欲しい」
「シャイア殿も分かっている事だとは思うんですが、敢えて言わせてもらえば、せめて敵が何なのか位は把握しておいてほしいものですね。今の貴方は五里霧中の中でその上背水の陣だ。国のどこから火の手があがるか分からない、それじゃあいけません。敵を知る、せめてその位は頼みます。でなきゃ決議に掛ける前に蹴られちまう」
「ふぅむ、そう来たか……」
その火の手がどこからあがるか分からないからこそ、どこでも対応できる領土を持つアッガーラとの同盟を結びたかったのだが、致し方ない。
シャイアはナタリアを見る。彼女も何か深く考えているようだが、すぐに答えは出せないと首を横に振った。
「分かった。では敵を捕捉する、それが出来たときにはアッガーラで同盟の決議を取る。こういう事でよいだろうか?」
「いいですぜ、シャイア殿。話が分かる御仁はアッガーラの好む所です、無駄が嫌いなんでね」
この日の交渉は目に見える成果は得られなかったが、シャイアにとっては収穫があった。
彼は王である。自分が進むべき道を見つけ、決め、歩まねばならない。
それがどうだろう、対等な者の見地から、目的を与えられた。こうして道を絞られる事は危険であり、それでいて何と有難い事だろう。
「私は得難い友を得た」
シャイアは満足そうに破顔してバルクに告げる。屈託なく右手を差し出す。
一瞬瞠目したバルクは、くしゃりと笑って今度こそその手を取った。
同盟ではなく友情、今はその不確かなつながりでも良いだろう。これは、決議にかけるまでも無い事だ。
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