第7話 司書が来たりて何か言う
「こっ、国王陛下! お耳に入れたい情報がございます!」
それは、シャイアとナタリアの物騒な晩餐から五日程経った日に起こった。
朝議の場に司書が飛び込んで来たのだ。
「なんだ貴様は! ……その服は、司書ではないか」
「場を弁えよ。ここは貴様の来る所では無い」
「司書が朝議に飛び込む等、これはまた戦の先触れかもしれませんなぁ」
先代の王の時代から仕えている将軍、騎士団長、名だたる侯爵、士官、十数名が顔をそろえていたが、一部からは笑い声まで上がった。
シャリアは笑顔の下で、ロダスは隠す事も無く嫌悪の眼差しを向けていた。戦の前触れ等と笑えない。今は、どうやって賊を仕留めるかを討議する時間だというのに、民草や対応に当たる兵士の命をなんだと思っているのだろうか。軍議の場でも数名、シャイアが即位してから召し上げた者はシャイアたちと同じような表情をしていた。それで一応の留飲を下げる。今は自分が嘗められている事よりも重大な事がある。
司書が息せき切って駆け込んできたので、侍女が水を与えるところまで待って、シャイアが口を開く。
「よい、申せ」
笑顔のまま、底冷えのするような声で告げられた一言に、嘲笑していた者たちもピタリと黙る。
「恐れながら……、来度の山賊への対応、私が一策を計ずる事が出来るかもしれません」
「よろしい。――この者に椅子を」
何なら先の笑えない冗談を言った将軍の一人を外してそこに座らせてもいい。
自分より幾らも身分が上の者たちに笑われたとしても、心挫けずに言葉を発する者というのは貴重だ。
入口で膝を折り、最敬礼の姿ではあったが、些かの動揺も無いとシャイアは見て取った。
シャイアの内心でかなり高く点を付けられた司書は、末席に椅子が運ばれると、その椅子の前に立って王をまっすぐと見詰めて礼をした。右の拳を左の掌に当てる、上の者に対する略式の礼の姿だ。
「ぼ……私は、当王宮内司書部に所属致します、リァンと申します」
「リァン。よく来てくれた、まずは礼を言う。しかし、時は一刻を争う。早速で悪いが策とやらを聞かせてもらえるか」
「はっ!」
シャイアは、こういった場ではこういった場にそぐう王の言動が出来る。今はもう、誰もがリァンに注目している。王が目を向け、耳を傾けているのに、自分だけが目をそらし笑う事など許されないと、良くも悪くも『老人』達には染み付いている。
注目の的となってもリァンの姿には一糸の乱れも無い。
状況を打開できるかもしれないという希望に満ちた瞳で、リァンは王に策を語り始めた。
「それはですね――」
軍議から三日後、また西の集落の一つが山賊に襲われた。
男達の下卑た罵声、大勢の嗤い声、何かを蹴破る音、破壊する音……。
悲鳴は聞こえなかった。それもそのはずで、最初に武器でもって長の家に集落の人々を縛って閉じ込めてある。逃げられないようにするため、殺す時に打ち漏らす可能性を減らすためだ。
「食糧も家畜もかっぱらったな! 女ァ食いてぇ奴ぁさっさと済ませろ!」
山賊の頭らしき男が仲間に声を掛ける。
賊は意外にも十五人からなる少数で、集落の人間の方が凡そ五倍は居る。
ただ、山賊は武器を持ち、村人に怪我をさせる事も厭わない。殺してもいいと思っているはずだが、追い詰めすぎる事はしない。しかし、噂では女を辱めるという。下手に抵抗して、誰か殺されてからでは遅いと動けないでいる。
住民は怯えながら、嵐が去るのを待つばかりだ。
「なにそんなに慌てるこたぁ無ぇよ。俺たちゃにゃ、情報源が付いてんだからよぉ」
「へっへ、それもそうだな……、さっきよぉ、上玉が居てよぉ」
「なんだ、お前ェが一発楽しみてぇんじゃねぇか」
虫唾が走るやり取りをしながら,山賊の頭とその兄弟分が長の家へと向かう。
痕跡を消すために、楽しんだ後は集落に火を放つ。火を放ってしまえば十分に楽しめない。だから、まだ村は――下品な笑い声は盛んに飛び交っているが――静寂に包まれていた。
「お、おい! 兵だ! くっそ、王立軍の旗だぞありゃあ!」
それを引き裂いたのは、一応の見張りを言いつけられた下っ端の声だった。
遠くに篝火と、それに照らされる王立軍の旗が見える。移動速度からして騎馬だろう。
見張りの声に、先の頭と兄弟分も焦って村を出ようとする。獲物は馬車に積めるだけ積んだ。あとは逃げるだけの支度もしてある。
痕跡を消しながらという悠長な事をしている暇は無いかもしれないが、山に入ってしまえば地の理は賊にあるだろう。
「何?! お、おい、撤退だ! 獲物ひっつかんでさっさと逃げるぞ!」
「オォ!」
そうして山賊たちが慌ただしく去っていく背中に、王立軍は間に合わなかった。
村に到着した頃にはも抜けの殻。彼方此方の建物が壊された痕跡はあるが、これまでの慣習にのっとって王立軍の第三十八分隊は集落の長の家を目指す。分隊というだけあって、実はここに来た人数は十人に満たない。
「くそ……」
「嘆くな。今回は人も汚れてなければ焼野原でも無い。まずは人助けだ」
若い兵の一人が悪態をつく。奪われる側の悔しさからだが、分隊長がそれを諫めた。
いや、間に合わなくてよかったのだが、それでも目の前で穀物や家畜が奪われていくのを見るのは忍びない。
しかし人命第一である。このタイミングも全て、策の一つだ。
曰く、獲物は奪わせて人には手出しをさせない。それまでは、黙ってみている。それが来度の指令内容だった。
自分たちのような分隊が、西側の領全体に分けられている。
王立軍は三百を数える分隊からなる軍勢である。領主からの息も無ければ、騎士団のように独立しているわけでもない。王の手足となる精鋭の集まりだ。近衛兵団が王を守る精鋭なら、王の剣となるのが王立軍である。
首都の防備が落ちる事を懸念していた王だが、王立軍以外にも首都の守りは任せる事もできる。近衛兵団がいる。
だが、内定者がいる可能性があるのなら、王立軍以外にこの任に就ける者は居ない。
そんな事を語って聞かせると、若い兵はしおらしくなったが、その背を叩いて励ますのも分隊長の役目だ。
彼らはとらわれた人々を助けると、翌朝からは村の復旧作業を手伝った。
さらに三日後、王立軍と近隣集落による、山洗いが行われた。
地元民の土地勘を借りて、麓から兵が文字通り「山を洗う」ように進んで行く。
裾野から山へ、獣道や人が踏み均しただけの山道を只管に登っていく。
ウルド山脈は針葉樹が生い茂る山々を要している。背の高い木の枝は上に行くほど生い茂り、山の中は夜のような薄暗さだ。しかし、地元民は臆せず登っていく。
山賊から隠れながら、薬草や山菜の採取、時折は狩りまでするのだという。また、今回の山洗いに参加しているのは、被害が出た村の者が多い。これも作戦にあった通りだが、体力自慢の兵たちを率いてぐんぐんと登っていく。
それは、恨み。執念の類を感じさせ、率いられる兵士達も気を引き締めて置いて行かれないように歩を進めた。
やがて、太陽が中天に差し掛かる頃に、一か所で声が上がった。それは横の伝令を通って全軍に通達され、道案内の村民に率いられてその場所に向かう。
声が上がった場所に辿り着いた兵士達も、隊長以外は戸惑い顔である。
少し開けた場所に、粗末な山小屋がある。外で焚火をした跡が見て取れるが、そろいもそろって燃え滓になった焚火を囲んだまま、山賊達が泡を吹いて伸びていた。
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