第3話 歓談
「さて……」
結婚式から一週間。連日開かれる宴の類も落ち着き、初めてシャイアはナタリアと二人で晩餐となった。
一週間、隣で言葉と踊りだけは立派に社交を務めてくれたが、ナタリアの無表情は解れる事が無かった。
そんな自分のお嫁さんに対し、シャイアはデザートの頃に、ようやく声を掛けた。
「改めて、初めまして。私はシャイア。ナタリア、どうぞよろしく」
笑顔で話しかけたものの、ナタリアは椅子から立ち上がる事はしなかったが、深く頭を垂れて応えた。
「私のような者にお声がけくださり、ありがとうございます。国王陛下」
シャイアは慌てて頭を上げさせると、困ったように笑って首を傾げた。まだ十七歳の王は、威厳は無いが愛嬌だけは人の倍備えていた。同い年であるナタリアはその様子にも眉一つ動かさず、姿勢よく座ったままシャイアの顔を見詰めている。
「せめて私的な場面や二人きりの時にはシャイアと呼んでくれないかな。君の礼儀は確りしすぎている程素晴らしいけれど、これからここは私の家であると同時に君の家なんだ」
「……家、とはいえ、父の事もオペラ伯爵と呼んでおりましたので」
ナタリアが暫く逡巡して答えると、シャイアの顔はぱぁと明るくなった。
「そうなのかい? やはり文明の進んだ国は違うんだね。ねぇ、もっと君の家や国の話が聞きたいんだ、この後一緒にお茶でもどうかな」
「私めでよろしければ」
「ありがとう!」
こうして、デザートの後は王宮の私的なサロンの一つで、ソファでくつろぎながら歓談という運びになった。
侍女の先導の元、シャイアの少し後ろにナタリアという調子で、小さなサロンへと向かう。
侍女が扉を開けた先には、暖かな色合いの薄茶色の壁紙に木目の家具、庭園へ開かれた露台からは、夜も水が流れ続ける噴水が見える。
シャイアが勧めると、……茶色い革張りのソファは柔らかく沈みこむようだったが、ナタリアは浅く腰掛け行儀よく背筋を伸ばして座った。暖炉に火を入れるには早い季節なので、ストールを羽織る。
すでに用意はなされていて、暖かな紅茶とちょっとしたお菓子を片手にお喋りの時間となった。
「ナタリアは義母上の事は何と呼んでいたんだい? 伯爵夫人?」
「はい。私は一人娘でしたが、オペラ伯爵には優秀な義理の息子がおりました。なので、その方は名前に様を付けて、父上は伯爵、母上は伯爵夫人、と」
つまり、後継ぎは既にいるので自分はどこかに嫁に行く事が遠の昔に決定していたという事だ。シャイアはそれに気付かないふりで、目を丸くして聞き返す。
「お義兄さんがいるんだ? いいなぁ、私も一人息子でね。従兄弟が兄弟のように育ったんだけど、やはり家は別だからね、少し羨ましいよ。四人で晩餐を食べるのだろう?」
「いえ、私たちが顔を合わせるのは週に一度、伯爵に御目文字する時位でしたので……」
「えぇ?! 私ですら陛下と母上と食事をしていたのに……」
進んでいる国は違うなぁ、とシャイアは再度呟いた。
ナタリアの出身国であるソロニア帝国は海洋に面して交易が盛んな国。対して嫁いできたヴァベラニア王国は国内で全てが賄えるだけに交易に積極的では無く文明が遅れた国とされている。それは王宮には当てはまらないようで、ナタリアは違和感なく過ごす事が出来ている。しかし、彼女が話す内容はヴァベラニア王国国王のシャイアには驚きの連続であった。
こうして話しかければ、ナタリアは意外と気さくに自身の話をしてくれる。
見かけは無表情に見えるが、シャイアの目には少しの表情の機微もよく見える。今は少しだけ打ち解けてくれているようだ。
結婚式の時には微かな緊張を、今は多少緩んだ頬をしている。目元が違う、顔色が違う、空気が違う、声色が違う。
シャイアは威厳のある王では無かったが、その代わりに素晴らしい物を持っているのだ。
それは、目だ。人を見る、物を見る、先を見る、国を見る、何事も彼の前では詳らかに見られてしまう。だが、ナタリアはそんな彼でも全貌が良く見えない。表面上の事ならば分かるが、内面までは見通せない。
これはシャイアには新鮮だった。だから、心から楽しんでナタリアとのお喋りに興じている。
「それじゃあ、ナタリアは家でどうやって過ごしていたんだい? 社交界に出ていたとか?」
「……、私は、その、このような女ですので……」
ナタリアが少し言い淀む。シャイアは笑顔で気付かない振りをして、先を促した。
「このようなって?」
「その……愛想が無い、のです」
「うん、でもその美貌なら引く手数多だったでしょう?」
シャイアは遠慮せずに肯定した。愛想が無いのはよく分かる。教育はされているから、これはもう、元から素養がゼロなのだろう。だから、それをナタリアに求める積りは、最初に顔を合わせた時から無い。
「確かに、絵姿を見て結婚を申し込む方はいらっしゃいましたが……顔を合わせると、つまらないようでして」
破談に、という事らしい。
「ナタリアはお喋りも上手なのになぁ。それは男の方に社交性が足りなかったんだよ」
「……」
流石に何とも言えず、ナタリアは沈黙で返した。
お喋りが上手、等とは親にも言われた事が無かった事だ。まして、親とお喋りをする余裕等ナタリアには無かった。
今迄話した事に嘘は無い。ただ、言っていない事は山程ある。そして、それを明かす気は無い。
シャイアはナタリアの返事を待つらしい。クッションを抱えて、視線で言葉を促される。
少し目を伏せてから、ナタリアはようやく口を開いた。
「……陛下は」
「シャイア」
すかさず訂正が入る。
「……シャイア様は、私の事をお慰めくださるんですのね」
「しないしない、そんな面倒臭い事」
「え?」
目の前でニコニコとしている青年王は、今、自分の妻に「面倒臭い」と言っただろうか。
ナタリアは無表情のまま……シャイアの目には、目を丸くしたのが分かったが……、茫然と聞き返した。
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