2章 メイドは唐突に②
「それで?そのお偉いさんの宴とやらに俺達が行くことになったのか?」
屋敷の中庭で一人の少女と向き合いながら少年が口を開く。
少女は自身の身体よりも大きい剣を、少年は槍を持ち、それらを交差させながら会話を続ける。
「俺も親父もどうしても断れなかったんだよ」
「全く、貧乏って悲しいのね」
おどけながら少年が槍を高速で突き出す。
少女はそれを難なく捌き、当たれば上半身ごと真っ二つになるような勢いで大剣を横になぎ払った。
「あらよっ……!」
必殺の攻撃をヒラリとかわし、大剣の上に槍の少年が見事着地する。
「スアピもイヨンも真面目な話なんだからちゃんと聞いてくれ」
「……はい」
「ちっ、わかったよ」
日課の鍛錬をそこで終えて少年と少女が主の前に並ぶ。
「とりあえず宴の日まであと二週間しかない」
真面目な顔をしたムランの顔はすでに重圧で押しつぶされそうになっている。
「そして今回は俺だけじゃなく、お前ら二人も呼ばれている」
ムランの顔が苦渋に満ちていく。
大剣を軽々と扱っていたイヨンと呼ばれた少女の方が主に比例するようにオロオロとした表情になっていく。
彼女の大好きな主が心配なのだろう。
「そして宴の主催者はルドブール様だ」
名前を言われてもピンと来ないようで、槍の少年が困ったように頭をかく。
「ル……ルド……なんだって?」
「ルドブール=ダラン様だ、三つの街を支配する権力者で、普段なら俺達が関わるようなことは無い人なんだけど……元は王都に居て、少し前にこの地方にやってきたそうだ」
「なんだ……都落ち貴族かよ」
都落ち貴族とは、文字通り何らかの理由で王都から地方へと赴任(大抵は不名誉か権力闘争に負けて)することになった貴族である。
「だからこそ問題なんだよ」
吐き捨てるように言ったスアピの瞳を覗き込めるくらいに近づいたムランがはっきりとした声で宣言する。
「な、なん……だよ」
主のその迫力に圧されて、後ろに仰け反りながら聞く。
「先方は都落ちとはいえ、王都に居た方なんだ!だからこそ礼儀に明るいだろう……」
「そ、それ…が、どうかしたのか?」
さらに仰け反るスアピに、この世の終わりのようにムランがさらに顔を近づけてくる。
「まだわからないのか?そんなある種、天上人に近かったような人の宴に呼ばれるなんて大恥をかきに行くようなものじゃないか!」
スアピとイヨンはピンと来ていないようだが、ムランはトールの後継者という生まれからそのような社交の場に出ることも稀にある。
その度に礼儀上の失敗をし、嫌味を言われていた。
それでもムランは最低限の教育は受けている。
しかしスアピとムランはそのような教育どころか、礼儀というものすら知らない。
そしてそのような二人がそんな場に出たらどうなるか?
それは火を見るよりも確かなことだった。
「ま、まあようするに向こうのお偉いさんに失礼の無いようにすればいいんだろ?イヨンは確かに心配だろうが、このスアピ様ならその気になれば……」
「む~!」
頬を膨らまして抗議するイヨンを片手で抑えつけながら頼もしいことを言ってくれる……がしかし、ムランは疑いの目を止めてはくれない。
「そうか……それじゃパンを食べるときの作法を教えてくれるか?」
「そんなもん、片手で掴んでそのままかぶりつけばいじゃねえか!」
自信満々に答えるスアピにムランが足元から崩れ落ちていく。
それは絶望の証だ。
人は希望が潰えたときには全身から力が抜けて足から崩れていくのだ。
「ああ……どうすればいいんだ~。今から講師を探したって見つかる頃には教えてもらう時間なんか無いじゃないか」
ヨヨヨと手と膝を地面に付けて嘆き悲しむ主に、従者の少年と少女は気まずそうに見つめあうのだった。
こと二人とも腕っぷしはあるが、礼儀作法というものについては……なのだ。
「息子よ~、息子はおるかー!」
ビリビリと城内が震えるような大きい声でトールがムランを呼んでいる。
「な、なにか……あったのかな」
さらに青ざめる主に今度は視線を互いから逸らす。
かつて体験したことの無い気まずさがそこにはあった。
「オ、オルド様…が?」
「あ…ああ…オルド殿…だ」
思わぬところからの恩義によって状況が一気に好転した。
あまりの状況の変化に二人は涙を滲まして抱き合っている。
そのオルド自身からの手紙を届けに派遣されたメイドの前で……。
「アメリヤ=サヌーラと申します。オルド=グランスカル様からムラン家で働くよう召しつかいました」
綺麗なメイド服を着ながらもキリっとした眼鏡をかけたそのメイドは優雅な仕草で自己紹介をする。
「ムラン=グランと申します。オルド様からの特別の計らいとアメリヤ殿を歓迎いたします」
「スアピ……です」
「イヨン……です」
無愛想に挨拶するスアピといつもどおりのイヨンを彼女は無表情な顔で見据えている。
「そ、それにしても……助かりました、アメリヤ殿にはビシビシと教育してもらいますぞ~」
「はい……わかりました、それでは遠慮なくビシビシと指摘させてもらいます……ところでムラン様、身分の軽重というものもあるのですから、私のことをアメリヤ殿と呼ぶのはお止めください、確かに私はムラン様達の教育も依頼されておりますが同時にムラン様に仕えるメイドでもあるのですから今後は気をつけてください」
「は、はい……わ、わかりました」
眼鏡をピシリと上げながら早速指摘されて、ムランの顔が引きつる。
そしてその後ろにいたスアピも嫌な予感を感じて頬が引きつる。
何を言っているのかわからないイヨンだけが不思議そうにに小首を傾げていた。
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