2章 メイドは唐突に①
国境に位置するヨシュウの街、その奥に位置する庁舎。
さらにその最深部にある領主の執務室には何人かの使者達が主からの手紙を持って順番を待っていた。
その使者一人一人に礼をつくし、対応しているのはこの街の領主であるトールであり、その傍らで内心困りながらも笑みを見せているのがその息子のムランである。
数ヶ月前にあった反乱の際に目立った手柄(実は反乱軍の足止め等、功績をげてはいたが上役に握りつぶされた)こそ無いが、地方領主の子息で唯一従軍したということで、周囲の領主、地方官にとっては内心はどうあれ多少は気を使わなければいけない存在になってしまったムランには数日に一度はこういった使者がやってくるようになっていた。
しかし本人からしてみれば、平穏に穏便に過ごしたいという小領主らしいメンタリティであるので、このような誘いは神経をすり減らす以外の何者でもなく、迷惑なものであった。
しかし世知辛い領主家業故に、それを表に出してしまっては無用な反感(実際、唯一息子を従軍させたトールに対して余計なことをしやがってと思っている領主も少なくない)を買うことになる。
なので笑顔を絶やさず父と同じように恭しく接することを強制されている。
そんなムランの我慢もやっと報われるときが来た。
今日最後の使者がムラン達の前にやってくる。
『やっとこれで終わりか……』
ホッとしたところで表情が緩んだのに気づかれたのか、父であるトールがジロリと彼を睨みつけてきたのであわてて顔面の筋肉を元に戻す。
「ほう……宴の誘いですかな」
最後にやってきた使者は自身を、ルドブール家からの使いと名乗った。
反乱鎮圧の宴を催したいと思い、ついては実際に従軍したトール殿のご子息ムラン殿とその従者達を招きたいと口上を述べる。
トールとムランの顔が苦いものとなった。
特に実際に招かれているムランに至っては冷や汗が顔に浮き出ている。
「それは有難いお誘いではございますが……私も倅も無骨な者ですから、そのような華やかな場での振る舞いがわからず、先方に失礼をするかと」
トールが慎重に言葉を紡ぎながら断ろうとする。
ムランもギリギリのところで表情を維持しながらも、心の中では首を縦に振っている。
いかに田舎の領主であろうと多少の礼儀作法は知っているものだ。
しかし一介の兵士から成り上がったトールは軍学以外の教育を軽視する傾向がある。
息子であるムランにはそういった礼儀作法の教育をあまり施されていなかった。
だからこそ従者とはとても思えないような規格外の従者に出会うことが出来たのだが……。
「そのようなことは申されますな……条件というわけではございませんが、我が主はヨシュウの街に特別な配慮を施す準備も出来ていますゆえ」
「う……う〜む……」
それを聞いてトールは黙り込んでしまった。
ムランもこちらの弱点を突かれてしまい、何も言えなくなってしまう。
実はその反乱鎮圧の折にトールは自身が管理しているサンシュウの街の限界を超えるほどの物資を供出し、そしてそれらはほとんど戻ってくることは無かった。
それは経済的にも防衛的にもかなりの負担として為政者である彼らの肩にのしかかっている。
先程使者の言った『特別な配慮』は喉から手が出るほど欲しいものである。
なので答えは解りきっていたのだった……。
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