叛逆者の苦悩
空は気持ちのいいほど晴れ渡っているようだが。
窓から空を見上げ、一人溜息を吐く者がいる。
虎ひげを生やし、筋骨隆々な身体には歴戦の勇士を思わせる目元の大きな傷。
その姿は豪快そのもので溜息を吐いて悩むようには見えないが、彼は苦悩している。
何度も同じ事を考えては打開策を見つけ出せず、そのたびにこうして溜息をついているのだ。
彼の名はグラム…反乱を起こした者たちのリーダーと目されている人物である。
しかし彼は国に反乱を起こす気などなかった。
当然だ。 いくら人数が集まろうとも所詮は烏合の衆、王国の兵にかなう筈がないのだ。
では何故こんなことになってしまったのだろうか?
彼はその時の状況を考えてまた溜息を吐く。
彼…グラムはこの国境地帯に駐屯している軍の司令官だった。
彼のような国境地帯に駐屯している軍司令官にはある特権が与えられていて、それは国境という辺鄙な地域に回されたとしても十分にお釣りがくるほどの美味しいものだ。
駐屯司令官は必要に応じて物資を自由に徴収することが出来るという特権がある。
もともとは急な敵の来襲時の為の緊急的な措置であり、この特権のお陰で国の危機が救われたことも少なくはない。
グラムはこの特権を幾度か発動しているが、そのうち一、二回は必要に応じてのことではなかった。
近隣から集められた物資はそのまま横流しされ代金は司令官である彼の懐へ入っていった。
もちろん法には反しているが、しかしこれくらいは皆やっている。
むしろ自分は少ないくらいだ。
グラムはそう思っていて特に良心の呵責はなかった。
要はやり過ぎなければいいだけの話と高をくくっていた。
指令官が物資を横流しして私服を肥やしている。
その情報が中央に伝わっているというのを聞かされたとき彼は愕然とした。
当然だ 。着服がバレタラ司令官解任どころか死刑すらありえる。
その情報を知らせに来た使者の前で呆然としていると、使者が彼に囁いた。
「もはや手遅れ…ここは起ち上がるしかありますまい…」
起ち上がる…つまり国に反旗を翻せという意味か…。
重大な提案に彼が黙り込むと使者はなおも囁く。
「ご安心を…我が主はグラン殿を決して見捨てはいたしませぬ…乱を起こし、時間を稼ぎその後に我が主が責任を持って貴殿を逃がしましょうぞ…」
グラムは顎に手を当てて黙り込む。
みっしり生えた髭の感触を味わいながら、使者の提案を頭の中で吟味する。
たしかに中央に噂が行った以上、今更何を言っても手遅れだ。 証拠はなくともこの司令官の椅子を欲しがっている有象無象の奴らがなんだかんだと言って強引に自分を引きずりおろすだろう。
そして自分は刑場に引きずられていき……。
ブルッと身体が震える。いくつもの死線を潜りぬけやっとここまで来た我が人生…。
その終焉が刑死など納得いくわけがない!
この提案に乗れば司令官としての地位を失い国を捨てることになるが、それでも死ぬよりかはマシだ。
それに蓄えていた隠し財産もある。
当分どころか一生暮らしていけるほどの量だ。 しばらくは不便になるが、いずれ返り咲いて見せる。
「わかった…このグラム…今をもって王国と決別する…」
静かに答えると、使者はフードの陰で目元は見えないが確かにニーッと笑い、グラムの決断を褒め称える。
「よくぞ…決心してくれました。それでは…私はグラム殿のご英断を主に知らせに参りますので…これで…」
「ああ…待たれよ…」
後ろから声をかけると使者はピタリと止まり振り返らずに答える。
「……何か?」
「うむ…お主はどなたに仕えておるのだ?このような重要な情報を教えてもらえたので後にでもお礼をしたいのだが…」
「なるほどなるほど…しかし今はまだお教えできませぬ。どこに耳があるかわかりませぬので、いずれその時が来たら我が主からグラム様にお会いになるでしょう…それでは…」
「そうか…ところでおぬしの名は?」
「はい…アサームと申します…以後お見知りおきを…」
使者は足音を立てずにそのままどこかへと消えていった。
思い出してもう一度考える。
自分は早まってしまったのではないかと。
しかしもう遅い。 賽は投げられた。
もはや自分はこのまま上手くやりぬくしか生きる道はないのだ。
「グラム様!王国軍の戦力が偵察隊から報告されました!」
まだ若い青年が、ドアを勢い良く開けて入ってくる。
「そうか…それで戦力はどれくらいだ?」
つまらなさそうに青年の報告を促す。
「はい…兵力はざっと二万…ここから西に十里ほどに駐屯している模様」
「なるほど…それで駐屯したのはいつくらいからだ?」
「はっ!報告によれば二日前です」
「数はその後も増えているのか?」
「いえ…時折荷馬車が入ってくるくらいです」
その報告に興味なさげに対応していたグラムが急に前のめりになって矢継ぎ早に質問をする。
「荷の中身は何だ?それは全部で何回来ている?帰るときは荷は置いていっているのか?」
グラムの剣幕に青年は気圧されながら報告書を破れそうなほどペラペラめくりながら矢継ぎ早の質問に早口で答える。
「荷の中身は不明…ただ近くの街や村によってから運んできているようです。荷馬車が来たのは初日に四回、二日目に一回、それと出てきたときの荷の数は初日は八で出てきたときも八…二日目も八で出てきたときは二でした!」
「そうか!そうなんだな!今から動かせる兵の数はいくつだ?」
「はっ?…それは…?」
「今から出撃する!今から出撃に回せる兵の数はいくつだと聞いているのだ!」
大きな声で、青年を叱責する。
青年は言葉の意味を理解し、即座に答えた。
「我が軍の総兵力は…千五百人、拠点守備や後詰を考えると今出せる兵力は千です!」
「その千人をすぐに動員し、三百と七百に分けて待機させろ!早く行け!」
青年は軍人らしく敬礼をするとすぐに部屋を出て行った。
後に残されたグラムは予想外の幸運にほくそえんでいる。
どうやら中央は自分が思っているより腐っていたようだ。
それにしても……。
「最初に考えなければならないことを忘れているとは、よっぽどの間抜けだな」
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