ムランの悩み
オルドの話によると国軍はコウロ村の手前で東に向かい、少し進んだところで陣を敷いているらしい。
「しかし…トール殿はよほど誇りを傷つけられたのでしょうね…」
道すがらオルドが後ろを振り返りムランに話しかける。
「ええ…まあ…あのとおり頑固な性格ですから…」
二人の後ろには大きな荷馬車があり、それが三つほど連なっている。
それらを三頭の馬で引いていて、その三頭をスアピが馬車の運転席に座り、イヨンは最後尾で馬に乗って警護をしている。
それぞれの荷馬車には武器、食料、その他の物資等がぎっしりと詰め込んであり、一つの街しか所有していない者が出すには不相応の量である。
しかしそれがかつて一介の戦士であった自分を領主に取り立ててくれたトールの王への尊敬と恩義の深い思いが見て取れた。
「これほどの物資を用意してくださって…きっと総司令官殿もトール殿の国への誠心を感じ取って自らの不明を詫びてくれるでしょうね」
感激した顔で笑顔を浮かべるオルドにそうですねと笑顔で返すがムランの心中は複雑であった。
そもそもトールは本当はもっと物資を用意していたのだ。
だがこれ以上倉庫から物資を出したら街の運営が滞り、いざと言うときに対処できないと言ってどうにかこれだけで済ませるようムランが説得したのだった。
親父の言いたいことも理解できる…けれど…。
かつて子供のころに父の武功や戦歴を聞かされて目を輝かせて聞いていた。
いかに王を守るために死力を尽くしたか、敵の隊長との一騎打ちなど…華やかな戦場での話を無邪気な子供だった自分は憧れ、いつかは自らも…と思ったものだったが…。
いざ自分が父の補佐につき領主としての仕事の一部を担当してみると、戦争や軍役がいかに人々の負担や荒廃を招いていることがよくわかった。
戦争が起こるたびに孤児などが出てきて、そのうち何割かは犯罪に走り…そしてまた何割かは奴隷として売られている。
奴隷制度自体は国でも認められているが、それでも納得は出来ない。
スアピもイヨンもかつて奴隷だった。
子供の時に二人と出会い、初めてそれに疑問を抱き、自分なりに孤児たちを奴隷にしないために屋敷で引き取ってはいるがそれでも増える孤児の数には対処できていない。
何故戦争は起きるのだろうか?
戦争が起きなければ民が軍役で苦しむことも死ぬこともない。
そうすれば孤児が生まれることもなく、奴隷や犯罪者に身を落とす者も少なくなるはずなのに…。
父や他の領主達は華々しい戦の話はするが、その影に隠れている民達のことはあまり話にでてきたことがない。
だからこそ武門の誇りをかけて必要以上に物資を提供し、その後のことを考えない父には内心複雑な思いがある。
「暗い顔ばかりしてんなよ…」
いつの間にか横には荷馬車を運転しているスアピがいて、顔を向けずに声をかけてくる
「えっ?そんな顔してたか?」
「顔なんか見なくても背中だけでわかるんだよ……何年一緒にいると思ってんだ?イヨンも心配してるぞ」
振り返るとイヨンが心配そうにこちらを見ている。
とりあえず軽く手を振ると少し安心した顔で手を振り返す。
「お前が何年も悩んでいるのは知ってるけどよ?もっとも俺にすればくだらない悩みだけどな。今は考えるのやめてこれからを考えろ、山賊退治とはわけが違う、本当の戦争が始まるんだぞ……」
本当の戦争。
心の中で呟くとますます気分が重くなるが、確かにスアピの言うとおりだ。
いつまでも悩んでいると大事な判断を誤ってしまう……。
悩むくらいなら覚悟を決めてスパっと決断をした方が良い。
そのほうが良い結果を招くことが多いのだ。
「そうだな、とりあえずはこの物資を無事に届けることが重要だな」
自分の悩みは今は置いといて物資を無事に届けることだけを考えよう。
そう考えると少しだけ気分が上向きになるような気がした。
スアピもそれは感じたようで、世話の焼ける奴だぜと言わんばかりの顔をする。
そして後ろを振り向くとまだ心配そうな顔をしているイヨンに大丈夫だと言う様に手をヒラヒラと回す。
それを見たイヨンもこっくりと頷いて同じように手をヒラヒラと回して返事をする。
空は快晴で、さわやかな風が吹き、主の鬱屈とした顔も晴れてきている。
ムランは顔を戻すと固い顔をして真っ直ぐ自分達の行き先を見続けていた。
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