オルドとの出会い、トールの怒りと出発。

「……国務院所属…オルド=グランスカルと申します」


「ヨシュウの街を治めているトール=グランの息子ムラン=グランです」


「ああ…トール殿のご子息でしたか…」


「は、はい…そ、そうでございます!」


 妙ちきりんな返事をして恐縮する。


「それにしても…強い従者をお持ちなのですね…これでも多少は腕に自信はあったのですが…」


「い、いえ…私の言うことを聞かない困った者たちです…」


「むー…」


 後ろでイヨンが抗議する。


 イヨンのむくれ顔を見てヘルムの奥からクスっと笑う声がする。


「あっ!これは失礼…顔を隠したままでした」


 オルドがヘルムを外し素顔をさらすとその素顔は意外にもムラン達と変わらない青年だった。


「…どうかしましたか?」


「い、いえ…その…思っていたよりお若かったので…」


「どうかお気になさらず…国務院所属とはいってもまだまだヒヨッコですので…」


 オルドが大げさに両手を広げてパタパタと飛ぶ仕草をする。


「クスクス…」


 後ろでイヨンが笑う…が、自分は立場もあるのでムランは必死にそれを耐えている。 


それを見てイヨンがますます笑ってしまい、思わず苦笑してしまった。


「それに役にたないと思われているのでこうして伝令をやっているんですよ…」


「伝令?…どこかに行く途中だったのですか?」


「はい…その通りです」


「それでは…私達もお供しますよ…さきほども盗賊が出ましたので、必ずしも安全とは限りませんから」


「盗賊ですか…それは物騒ですね…それではヨシュウの街までお供してもらえますか?」


「ヨシュウの街までとはとんでもない…どうか目的地までお供させてください。私の従者が無礼を働いたせめてものお詫びを…」


「いやいや…ヨシュウの街まででいいんですよ……そこが目的地なんですから」


 ニコッとオルドが笑う。


その笑い方は嫌味のない貴族特有の気取った感じもしない実に自然で心地よい笑顔だった。








 オルドを迎えたトールの喜びようはすごかった。


連絡を受けると自ら入り口まで迎えに来て、執務室まで案内し、なおかつ中央からの使者である自分の息子ほどの青年をまるで国王のように遇したのだった。


 その歓迎にオルド自身も戸惑いを隠せないようだった。


「親父さん…すげえ喜びようだったな」


 ムランの自室でベッドで横になりながら、ムランに話しかける。


「嬉しいんだろ…この辺に中央からの使者が来ることはないからさ…」


「しかし…あの兄ちゃんは何しにここへきたのかね~」


 退屈そうに欠伸しながらスアピが起き上がる。


「大方…今度の従軍に差し出す物資の見積もりを届けにきたんだろ…」


 ムランがイヨンの髪をクシで梳かしながら答える。


その言い方にはどうでもいいというような意味がこもっていた。


 謎の盗賊のせいで濡れたまま出てきたせいか髪が絡み付いていてクシを通すたびに引っかかる。


それを一つずつ無理に通さないで丹念に髪を解いていく、その顔は真剣そのもので頑固気質の職人のようであった。


 その姿をあきれた顔でスアピが見ている。


 この行為を毎日彼は朝と寝る前にイヨンにやっていて、それは特別な理由がなければ一日も欠かしたことがない。


本人曰く、一日でもしないと髪がきれいなストレートでなくなるからだという。


 幼年のころに仕えた主の唯一、自分には理解の出来ない趣味だった。


 スアピがチラッとイヨンを見ると、イヨンはイスに座り気持ち良さそうに目を瞑っている。


 ムランの趣味であるこの行為もイヨンも好きなようで毎日自分からクシをムランの元に持ってくる。


 もっともイヨンはムラン以外には髪を触らられるのは嫌いなようだ。


子供の頃に二人で一度街を歩いている時に酔っ払いが戯れで髪に触れたところ、烈火のごとく怒り、その酔っ払いは半殺しの目にあわされた。


 何とか自分と騒ぎを聞きつけてやってきたムランと二人で押さえ込んだが、自分一人では到底抑えられなかっただろう。


 その後も色々大変だったが…。


 とにかくムランとイヨンにとってこの行為は神聖な儀式のようなもので、自分はいつもこうして二人のそれをあきれたように見ていることしかできない。


 しかしムランの真剣な顔とイヨンの幸せそうな顔を見ていると理解は出来ないがとてもからかう気にはなれないのだった。


「…ねえ…」


 イヨンが珍しく髪を梳かしてもらっているときに口を開く。


「うん…?」


 真剣な顔でそれでいて優しくムランが返事をする。


「あれって…偉いの?」


 スアピには何のことかわからなかったが、ムランには解った様で、クシを髪に流しながら答える。


「オルド様のことか…?」


「うん…」


「あれか…偉いんじゃねえの?貴族なんだからよ…」


「どのくらい?」


「うっ…知らねえよ!とにかく偉いんだろ…なあ?ムランよ」


「ああ…まあ貴族だから偉いってのは確かにそうなんだけどな…あの人は貴族の中でもかなり偉い人だよ…」


 どうやら今夜の髪の手入れは終わったようで、さわやかな顔をしながらムランがクシを大事そうにしまうとベッドの端に腰掛ける。


「そんなに…偉いのか?あの兄ちゃん…」


「偉いな…おそらく王族に次ぐ家柄なんじゃないか?」


「うっ…そもそも国務院ってなんだよ?」


「国務院ってのは国の中枢機関だよ…政治…軍…外交…全てを包括している所だな…それにあの双剣の紋章…は大臣クラスの家柄だ」


「はあ…見たことない紋章だと思ったぜ…剣一つなら地方官のオッサンを警護したとき見たがな…」


「地方官と一緒にするな…領主…地域官…地方官…方面官…そして国務院って順番だからな…双剣の紋章は国務院の中でもトップクラスの貴族しかもてない紋章なんだぞ」


「なるほど…その偉いお方を俺達は勘違いで襲っちまったってわけか」


「その通りだよ…俺はこれから宴に参加して謝罪してくるからお前らは大人しくここで待ってろよ…」


「はいはい…わかりましたよ…それでもし許してくれなかったらどうするんだよ?」


 場の雰囲気が一気に収縮する。


 イヨンも真剣な顔で主の顔を見つめている。


 ムランは少し黙り込んだ後ゆっくりと口を開いて問いに答えた。


「その時は親父に勘当してもらって貴族に無礼を働いた犯罪人になるよ…それで少なくとも親父は死刑にはならないだろ…」


「犯罪人になって…どうするんだよ?」


「犯罪人になって…全てを捨てて…お前らと旅にでるよ…俺だってまだ死にたくないからな…」


 ニヤッとスアピが笑い、イヨンも嬉しそうに飛び跳ねる。


「それじゃ…俺達は念の為準備をしとくぜ?イヨン…準備しておけよ」


「うん」


「まあ…そうならないように頑張るわけだけど…」


苦笑しながらムランが答える。


 

「安心しな…どうなっても俺達三人なら大丈夫だ…この辺で俺達にかなう奴なんざ…そうはいないからよ」


「ありがとう…それじゃ、ボチボチと行って来るよ」


 礼服に着替えたムランが部屋を出て行く。 


 後に残された二人は真剣な顔で顔を見合わせて無言でそれぞれの部屋に帰っていくのだ。


ムランが宴の間に入っていくと明らかに空気が重い。


まるで葬式のようだった。


 領主であるトールは黙りこくっていて、執事やメイド達の顔も暗い。


 これは…もしかして今日の無礼のことを言われてしまったのか。


 身体がこわばる…が、無理をして努めて明るく振舞う。


「やあ…何かあったのですか…?父上」


 それでも誰も口を開かない。


 重い…とにかく…空気が…重い。


 あいつらまだ準備終わってないだろうな…どうしよう…。


 本気でどうやって逃げようかと考えているとトールがおもむろに口を開く。


自分に説教するときとは違う、領主としての威厳を備えてのしゃべり方だった。


「それは…どういう事ですかな」


「……先ほど話した通りです」


 ああ…やっぱり言われてたのか…こうなっては仕方がない覚悟を…決めよう。


 下唇を強く噛んで、父からの勘当の返事を待つ。


「我らに従軍するなとはどういう意味か!」


 トールがテーブルを叩いて吠える。


「……私は総司令官の口上を伝えに来ただけ…不服なら総司令官殿にお尋ねを…ただ…」


「ただ…何です!」


一瞬、逡巡しながらオルドが気まずそうに唇を開く。


「これは…私の…個人的な考えなのですが…総司令官殿は…中央は…領主を信頼していないのではないかと…」


「何ですと…このトール、かつて王にこの地を授かる恩義を受けながら一時もそれを忘れたことなどない!何故そう思われるのか!」


 激昂したトールがさらにテーブルを叩く。


いや拳を叩きつけているという方がすでに正しい。


皿が叩きつけるたびにガシャガシャと跳ねて今にもテーブルから落ちそうである。


「いえ…私はトール殿の忠誠心に微塵も疑いなどは持っていません…しかし総司令官殿は…その…領主達は自分達の領土のことしか頭に無く、物資を出し惜しみする。それならいっそのこと大人しくしていてもらった方が邪魔でなくていい…と」


「な…なん、と…どこまで馬鹿にする気か…よろしい!そこまで頼りにならないというのなら、好きなだけ物資は持っていくがよろしい!ムラン…武器庫と倉庫を開いて全てオルド殿に渡せ!」


「ち、父上…それは無理です。この辺にはまだちらほらと盗賊が出ます。現に今日も出ました!武器や食料無しでどうやって盗賊と戦えと?」


「そうです!…トール殿の気持ちはよくわかりました。物資は半分ほど受け取って総司令官殿には私からトール殿の忠誠は伝えておきますので…」


「む、むう…それでは私の気が済まぬ!ムラン!」


「は、はい!」


急に呼ばれてムランが少し上ずった声で返事をする。


「お前はオルド殿と一緒に行き、護衛として付け!そしてオルド殿の前で手柄を立てよ!立てて我が武門の誇りを見せよ!手柄を立てずに帰ってくるなど許されると思うなよ…」


 怒りで真っ赤になったトールはそのまま宴から中座して引っ込んでしまった。


 後に残された執事とメイド達は気まずそうに下を向き、オルドとムランは困ったように顔を見合わせていた。




「…ようするに…俺らは物資を届けに行って、手柄を上げてこいってことなんだな」


 逃走の準備を終わらして、イスに座っているスアピが話を要約する。


「申しわけありません…私が余計なことを言ったばかりに…」


 オルドが頭を下げて謝罪する。


「いえ…オルド様が気にすることではありませんから…」


「まあ…いいんじゃねえの…?盗賊退治なんかより面白そうだからよ…なあ?」


 スアピが後ろで荷物を詰めているイヨンに同意を求める。


「よくわからないけど…ムランの為なら…いい」


「…まあ…そういうことです。道中よろしくお願いします」 


「ありがとう…ありがとうございます…」


 オルドは何度もお礼を言いながらムランの手を堅く握る。


 そしてそれをスアピとイヨンが黙って見つめていた。



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