襲撃と謎の男。

風が心地よく流れている。


 それを肌で感じながら、館の中庭でイスの背もたれに身体を預け、イヨンが目を瞑っている。


 彼女の後ろには台が置かれ、水を張ったタライが乗せられていて、風が水面を揺らしチャプチャプと柔らかい音を奏でている。


 その音を聞きながらイヨンが気持ちよさそうに息を吐く…。


「ふんふーん…」


 鼻歌を歌いながら裏口のドアを開けてムランが出てきた。


その右手にクシを持って。


 ムランはそのまま機嫌が良さそうに鼻歌を歌いながらそれをタライの横に置くとおもむろにイヨンの髪をとり、タライの中に垂らした。


「それじゃ…はじめるか…」


「うん…」


 髪を優しく取りクシでそれを梳かし始める。


「もうすぐ中央から軍がやってくるからしばらくは出来そうに無いからな…」


「うん…我慢する」


「それにしても…お前の髪は本当に綺麗だな、洗髪しがいがあるよ」


「うん…キレイ」


「はあ…全くなんで反乱なんか起こすのか?そこそこ生活できればいいと思うんだけどな、おかげで毎日ストレス溜まりまくりだよ」


「うん…溜まりまくり」


「髪洗いながらグチってんじゃねえよ…」


「うん…グチってんじゃねえよ…」


 いつの間にかスアピがムランの後ろでイスに座っている。


「なんだスアピか…俺の唯一の癒しなんだからほっといてくれ」


「本当に暗い野郎だな……それよりネクラな我が主に報告したいのですが?」

 

 恭しくポーズを決めて全身でムランをからかう…。


「はいはい…スアピよ、報告することをこのムランが許可する」


 真面目な顔になってまるで国王のような口調でスアピの報告を促す。


「くっく…意外に様になってんじゃねえの…それじゃ悪い報告とちょっと悪い報告があるけど、どっちにするよ?」


「…どちらかしか無いのか…それじゃちょっと悪い報告から…頼む」


「それじゃ報告するが、こっから南にあるコウロ村で盗賊がでたってよ…幸いなことに略奪はされないでいくつかの建物に火をつけられただけですんだらしいがな」


「それでちょっと悪いのか~…もうすぐ中央から国軍が来るってのに…」


 目線をイヨンの髪に戻し、一度クシを通す。


そしてもう一度スアピに視線を向け…。


「とりあえずイヨンの髪を洗い終わったらそっちに向かうとしよう…それで良い報告は?」


「その国軍がそのコウロ村の近くまで来てるってよ…」





 草原の中にある道を三頭の馬が走っている。


「本当に…国軍が近くまできたのか?」


「実際に市場に来る商人や旅芸人達から聞いたんだよ、そいつらが言うには三日前にコウロより南の町で見たんだと…そこで兵士や馬達を休ませて、二日後に出発だと言ってたらしい」



「そこから3日たったということはすでに近くまで来てるわけか…」


「……………………」


「だけどよ?妙な話だよな、略奪をしない盗賊なんて初めてだぜ」


「略奪はしなくても家に火をつけたなら盗賊と一緒だよ…それよりそいつらが国軍に会うより先に退治しないと親父にどやされる!下手すれば親父がどやされるよ…お偉いさんに」


「そりゃ面白え…是非あの親父さんが小さくなってるとこを見てみてえな」


「…その後俺達が親父に懲罰食らわされるけどな…治安を保てないとはどういうことだ…とか言われて…」


「……そいつは面白くねえな…早く行ってチャッチャと片付けちまおうぜ」


「…………………」


「ところで…」


 スアピがチラリと右を見る。


「ああ…わかってるよ」


 ムランは困ったように左を見る。


 二人の馬に挟まれた真ん中で二人の馬よりも一回り小さい馬に乗って、イヨンが黙りこんでいる。


「あの…イヨン…?髪を洗うのはまた今度にしような…その…国軍が帰った後にでも…」


「大丈夫…私…我慢できる…」


 涙目でイヨンが答える。


髪は洗髪の途中で出てきたのでボサボサになっていて、それがますます哀愁をただよらせている。


「こりゃ…盗賊の奴ら皆殺しにされるかもな…」


 想像してゾッとしたような顔でスアピがポツリとつぶやく。


「大丈夫…私…大丈夫…」


 涙目の中に怒りを見せながらイヨンがぶつぶつと壊れたように呟き続けていた。


 一行はコウロ村に着き、村人から盗賊のことを聞き出した。


 そしてさらに驚くことになる。


 盗賊たちが火をつけた建物は無人であり、村からも孤立したところにあって実質の被害はほとんど0に近かった。


「一体全体なにを考えてやがるんだ?あいつらは…」


「…もしかしたら…反乱軍と何かしらの関係があるのかも…尋問してみないとわからないけど…」


「…………」 


 三人がしばらく馬を走らせていると、やがて木々に囲まれた小さな森に差し掛かった。 


そこでスアピが急に馬を止める。


「どうしたんだ…?」


 馬を下りたスアピにムランが声をかけるとスアピが地面に顔を近づけて目の前の地面を指差した。


 イヨンもムランも降りてよく指差した所を見るとわずかだが地面に何かの跡がついている。


「これは…?」


「…………」


 ムランの問いかけに答えずスアピが自分の横に落ちていた石をその場所に向かって投げる。


 ガシャン!…石が落ちると同時に地面の中から大きな口のようなものが出てきて力強く閉じた。


「…トラバサミ…」


 スアピが急に叫ぶ。


「来るぞ!」


 その言葉と同時に地面に黒い影が走る。


 上空を振り返ると黒い装束を被った男達がムラン達に剣を振り下ろそうとしていた…が、しかしそれはかなわず次々と男達は地面に叩きつけられる。


 スアピが槍を構える前に、ムランが敵の数を把握する前に…そして男達が目標が2人しかいないことに気づく前にイヨンが飛び上がり男達を背中に差していた大剣で叩き落していた。


「…は、速いな~……イヨンは」


 剣の柄に手をかけて固まったままムランがつぶやく。


「……………」


 黙ったままイヨンは、地面に叩き落されても、まだ意識があり起き上がろうとした男の頭に大剣を叩きつけた。


男は声も上げずに気絶する。


「今回はちゃんと手加減はできたみてえじゃねえか…かろうじて」


  スアピが地面に伸びている男達を縛り上げながらイヨンに話しかける。


「そうだな…よくやったな…」


ムランもイヨンの頭をぐりぐりとなでるとイヨンはうつむいたまま黙りこんでしまう。


 どうやら照れているようだ。


 その様子を木々の間から見ているものがいた。


 その男は黒い装束を被り、懐から刀を取り出して様子を伺っている。


 まだだ…まだもう少し…。 


男は刀の握りを確認しながら三人に討ち入る隙をうかがっている。


 やがて好機が来た。


自分の部下の一人に尋問しようと三人が自分に後ろを向けた瞬間、男は獣の様に木々から飛び出し音も立てず、だが俊敏に駆け寄る。


 ムラン達はまだ男に気づかずにいる。


 男は確信した。


 いける。 一度に三人は無理だが……少なくとも一人……もしくは二人に致命傷を浴びせられる。


 男はまず従者達の後ろにいて三人の中で一番技量が劣り、なおかつ槍と大剣の遣い手の主……つまりムランを狙った。


 男が自身の持つ刀を小さく振り上げムランの右肩から袈裟懸けに切り落とそうとした。


 その瞬間、視界の左下から何かが来た。


 それが何なのかは解らなかったが、反射的に男は後ろに仰け反った。


 キラリと光った流線型の物がシュッと目の前を過ぎていく。


 矢…? ボウガンか? しかし…どこから?


 過ぎて行った物を男が何なのか考えているとすぐ目の前に槍の穂先が来た。


 早い……!


 とっさに男は自身の刀の柄を当てて強引に穂先を逸らす。


だがしかし槍は男の顔を通りすぎた後、一瞬だけ止まってそのまま男の方に薙ぎ払われた。


 強引に穂先を逸らした男は体勢を崩していた為、防御もできずに木々の間に吹っ飛ばされていった。


「やったか…?」


「…手応えが無え…」


 それを聞いてムランもイヨンも身構える。


 男の飛ばされた方を向きながら構えていると、男が草木を踏みしめてゆっくりと出てきた。


「……何故、奇襲がわかった?」


 黒い装束で顔を隠し、落ち着いた声でムランに質問をする。


「罠にかけるのに失敗した上に全員で突撃するなんてのは今時、頭の悪い山賊でもやらないし…それにあの罠は実に巧妙に隠されていた…そんな罠を仕掛けられる奴らがこんな単純なミスをするはずないだろうが…」


「…そうか…さすがに定石は教育されているか…だが…まだ甘い」


 男が両腕から何かを連続で発射する。


「チィッ!」


 スアピがムランとイヨンの前に立ち、迫り来るそれを槍ではじき落とした。


イヨンもムランの前に立って大剣を垂直に突き刺してその影に隠れて主人を守る盾にする。



スアピがはじき落としたそれを見るとそれは針だった。


人差し指くらいの長さの針を男は走りながら発射し続けている。


 男が無数に針を撃ってくる為、三人はその場を動けず、じわじわと男との距離は開いていき、やがてその姿は見えなくなってしまった。


「クソッ!逃がしちまった!…ムラン、追うぞ!」


 悔しそうにはき捨ててスアピが叫ぶ。


「…残念だけどそれは無理だよ」


 スアピが振り替えると自分達が乗っていた馬は針を受け倒れ込んでおり、とてもではないが走って追いかけることなどできそうに無い。


その馬に乗せていた男達は皆、針を急所に受けて死んでいた。


「…口封じをしてきっちりと逃げきる…間違いなく山賊じゃない…いったいあの男は何者なんだ?」


「知らねえよっ!チクショー!」


 八つ当たり気味にスアピがムランに怒鳴る。


 仕留められなかったのがよっぽど悔しかったのか地面になんども槍を突き刺している。


「……あれ…」


 男の正体をぶつぶつと考えているムランと槍で地面に八つ当たりしているスアピを尻目にイヨンが男の去っていった方向を指差す。


 二人が見てみると道の向こう側から一人の騎士がこちらに向かって馬をとばしていた。


「さっきの奴らの仲間か!」


 スアピが槍を掴んでその騎士の方に突っ込んでいく。


イヨンもスアピに続いていく。


「おっ、おいっ…待て…」


 ムランが止めるのも聞かずに従者二人は騎士に向かっていく。


 騎士の方は向こう側にいる者達が自分に対して悪意を持っていることを感じていたようで、すでに馬から下りて剣を構えていた。


「へっ…、上等…!」


 まず小手調べと言わんばかりにスアピが騎士の胸元にある紋章に向かって槍を軽く突き出す。


 騎士はそれを剣で払いのけ、反撃しようと剣を振り上げたが…横からイヨンが大剣で弾き飛ばす。


 騎士は胸元に入れた短剣を取り出そうとしたが、喉元に槍と剣を突きつけられて固まってしまう。


「…弱すぎる」


 二人は声をハモらせてつぶやく。

 

「まったく…お前らは血の気が多すぎるぞ…もっと相手を確認してからにしろと…」


後ろから走ってきたムランが二人をたしなめる。


「き、貴殿たちは…何の理由があってこの私を襲うのだ?」


「ハアッ?」


「ああああああっ!」


「アン?どうした?」


「ムラン…顔青い…」


「その胸の双剣の紋章は…貴族の証…ということは…このお方…は…」


卒倒しそうな表情のムランの言葉が中空に消えた。





 









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