ムラン、そしてイヨンとスアピ。
馬車は跡形もなく崩され、ただ空しく車輪であった部分がからからと回っている。
その中を一つの人影がたたずんでいた。
さきほどの馬車の男が悪魔とつぶやいた者である。
髪は腰まであり、返り血をべっとりと浴びているのか?
鮮やかなまでに赤い。
しかし良く見ると髪は返り血で赤いのではなく…ただ最初から赤かったのだ。
血のような、鮮やかに燃え上がる炎のような美しい髪で、逆に血がついてしまえばその美しさは途端に半減するだろう。
それほどの美しさだった。
ふと顔を上げる。
年端もいかない少女(とてもではないがプロの傭兵を一刀で斬ることのできない姿であるが)彼女の武器はそれに反比例してひどく無骨であった。
柄もなければ鞘もないただ持ち手と彼女の身長よりやや小さいくらいの刃の部分があるだけ。
その剣?らしきものをドカリと地面に突き刺して、
「…勝った」
と一言だけ誇らしげにつぶやく。
その姿はいくつもの戦場を駆け抜けた戦士のように誇りに満ち溢れているように見えるが、しかしその瞬間、
「何が勝っただ!」
何者かが少女の後頭部をしたたかにぶっ叩いた。
少女が振り返って抗議の目を向けると、そこにはさきほど馬車の中にいた人物が立っていて、彼もまた少女と同い年くらいの少年であった。
髪を短く後ろで縛り、青みががった瞳の少年は非難するようにまた槍で少女の頭を叩く
「ううーー…」
目に涙をためて睨みつける少女に少年はあきれたように叫んだ。
「誰がこんな風にしろって言った!見ろ!全員虫の息でこれじゃ尋問できないだろうが!バカスカバカスカ切り倒しやがって、この馬鹿イヨン!」
「私、悪くない……手加減した……」
プイと拗ねたように少女がそっぽをむく。
「何が手加減だ。そんな馬鹿でかいエモノ使えばこうなるのはわかるだろうが!馬鹿力で馬鹿頭……!」
「うっ……馬鹿じゃないもん」
「とにかく……しょうがねえからかろうじて生きてるのを何人か持って行くぞ?馬車の荷物はこいつらが苦し紛れに爆破したってことにするからよ」
「……馬鹿じゃない……」
「わかったよ!お前は馬鹿じゃねえから、縛り上げるの手伝えよ!早くしねえとムランが様子を見にくるかもしれねえだろうが」
「ううっ……わかった……」
ムランという名前を聞いて、半べそをかきながらイヨンと呼ばれた少女は少年と一緒にさっき吹っ飛ばした男を縛り上げる。
一方森の入り口では数人の男達が集まっていた。
「ああ、あいつら大丈夫かな」
ポツリと男達の中心にいる若い青年がつぶやく。 青年といってもまだ少年でも通じるくらいのあどけない顔をしている。
「大丈夫でしょう……あのスアピ兄貴も一緒なんですから無事に帰ってきますよ」
そばにいた若く小太りの男が声をかける。
「いや……心配してるのは逃げてきた傭兵達なんだけど……あいつら手加減知らないからな~、生きて捕まえられたかどうか……ああ心配だ」
まるで息子をはじめてのおつかいにやった母のように、もしくは帰りが遅く何かあったのではないかとはらはらしている父のような顔で、彼は落ち着き無くウロウロしている。
本当に何故こんな人があの兄貴の主なんだろうか……?
まるで夜の森をおっかなびっくり歩いてる子供のようなその姿をしているその青年を小太りの男は軽蔑していた。
自分の尊敬する兄貴分の主だということがその軽蔑にさらに拍車を駆け、冷めた目で彼を見つめていた。
「誰かでてきたぞ!」
小太りの男の後ろにいた別の男が叫ぶ。
森の入り口を見てみると気絶した男達を馬にくくりつけて男女二人が出てきた。
男の方は先ほどの槍を持った少年で、女の方は先ほどのイヨンと呼ばれていた赤髪の少女である。
「悪い悪い、遅くなったな。こいつらが案外逃げ足が速くてよ……」
馬にくくりつけた男の一人を軽く槍で小突きながら少年が喋る。
その横でまるで壊れたおもちゃのように少女がコクコクと頷いている。
察して顔を引きつらせる。
「そ、そうか……それでこいつらが持ってた物資はどうしたんだ?」
「いやあ……てそれが……こいつらが……火薬に火をつけてよ……」
「みんな……爆発させた!」
両手をバッと広げて爆発を表現しながら少女が叫ぶ。
その横で槍を持った少年が『この馬鹿……』という顔で睨む。
「はあ……ようするに物資は奪い返せなかったってことか……領主に会ったときなんて答えようか……」
がっくり肩を落として落ち込む男に槍の少年が気まずそうにまあまあと肩を叩く。
「まあ……なんだ……とりあえずは何とか生け捕りはできたし……これでチャラ……にはならないか?」
「……全員顎の骨が割れてるんで喋れそうにはありませんぜ?」
一人の男が馬に乗せられている傭兵達を見て呟く。
その瞬間槍の少年はススッと男から離れる。
「ああ!頭が痛い。何だってこいつらはうちの領地になんて来たんだ!」
青年は二人の反応である程度予想できたのか後ろにいた男達に傭兵達を引き渡して溜息をついた。
「悪いな……ムラン」
「イヨンが担当した時点である程度のトラブルはあると思ってたからな……むしろ全員殺してしまったってことも最悪考えられたから……まあ、なんというか予想の範囲内だよ」
「だってよ、良かったなあ?我らが主は寛容で……」
馬鹿にするようにニヤッと笑いながら少年が後ろにいたイヨンに振り返る。
「…私、悪くない…スアピが邪魔しなければもっと上手くやれた…」
不機嫌そうにそっぽを向きながらぶつぶつと文句を言うイヨンに二人は苦笑いを浮かべながら帰り支度をはじめる。
空には半月がかかり、雲がそれをさらに半分にしている ふとさわやかな風が森から流れ、一行の背中をささやかに押していく。
そして華奢な身体で大剣を振り回して馬車を吹っ飛ばせることができるイヨンと誰にも気づかれず馬車の中に入り込めるほどの俊敏さを持つスアピ、その二人を従えたムランは領主にする言い訳を考えながらヨシュウの街へと帰っていったのだった。
第一声は『それで?』だった。第二声は『……そうか』だった。そして第三声は………。
「このバカモンがーー」大きな声で自分がいる広間どころか隣の部屋、はたまた隣の隣の部屋まで聞こえるのではないだろうかという大きな声でヒゲをはやした初老の男が叫ぶ。
この男こそ、このヨシュウの街を支配する。トール領主である。
その領主に怒鳴られているのは昨日傭兵たちを捕らえたイヨンとスアピの主であるムランである。
「傭兵達を捕らえたというから確認してみれば、全員半死半生で尋問もろくに行えず…何か貴重な物資を持っていたかもしれなかったというのにそれをも失うとは…情けなくて涙が出るわ!この馬鹿息子が!」
青筋を浮かべ、やや白髪を混じらせたこの初老の領主はそういって息子であるムランを怒鳴り続ける。
「まったくこんなことでは王がこの私を信頼して任せてくれたヨシュウの街を安心して任せることはできないではないか…そもそもお前は…」
その後は延々と説教を交えながら、いかに自分が王の為に働いたか、そしこのヨシュウの街を預けられたときに統治するためにいかに苦労したか勉強したかを話し続けた。
若き頃は退却する王の命を守るために単身で敵兵百人を足止めした事もあるこの忠孝の戦士はそのときの功によってこのヨシュウの土地を与えられたことに感激していた。
領地を賜った以後は、毎朝起きると必ず王都に向かって祈りをささげるという習慣を持っている程だ。
ことあるごとに一人息子であるムランに繰り返し王の旧恩を語っていた。
「……であるから息子であるお前は王に任せられたこのヨシュウの街を立派に守るために日々精進してこのような失敗をせずに努力し続けならんのだ…わかったな?」
じろりと息子を睨む領主に当の息子はうんざりした顔をしながらも『はいわかりました』といって何とか開放された。
「それと…少し待て…」
「…まだなにか?」
やっと開放されたと思ったところで呼び止められて嫌そうな顔を浮かべて返事をすると。
「いい加減まともな従者をつけろ、加減を知らぬ愚かな娘に主人を主人とも思わないような者をいつまで自分の下に置いていく?ましてやどこのものかわからない元奴隷など…、いくら昔から一緒に居たとはいえいつまでもあのような者達を従者としているとそのうちに大きな問題やおまえ自身の評価もさげることになるんだぞ…そもそも」
『またその話か…』頭の中で軽く舌打ちをして話を聞き流す。
「…二人は有能です、元奴隷とはいえ…ね」
そういってきびすを返すと広間の扉を開けて出て行く。後ろからは父である領主の声がまだ何事か言っていたが無視して出て行く。
広間からでて自分の部屋に向かっていると昼休憩を告げる鐘の音が響いた
入ったときにはちょうど政庁の開門を知らせる鐘が鳴ったくらいだったが、もうそんな時間だったか。
親父は説教が長いなと苦笑してしまった。
「よお!ご苦労さん…今日は比較的長かったな…親父さん機嫌悪かったのか?」
自分の部屋に戻るとスアピがベッドに横になりながら主人であるムランを迎える。
「……おかえりなさい……」
スアピの横でひざを抱えながら床に座っているイヨンが壁に背中を預けて気まずそうにそれだけ言う。
「………?」
いぶかしげにムランがイヨンを見ていると顔をひざにくっつけて隠してしまう。
「ああ…こいつな、自分のせいでムランが怒られてると思って落ち込んで…ぐはっ!」
イヨンのパンチが寝ているスアピのわき腹にヒットする。
「………ゴメンなさい……」
ボソっとそれだけ言うとまた顔をひざにくっつける。
その仕草が幼子のようで可愛いと思い、ムランは顔を綻ばせた。
そして顔をうずめているイヨンの前に立ち軽く頭をなでる。
「今度は…失敗するなよ」
少し震えながら『うん…』とだけ言った。
「まったく馬車一つ吹っ飛ばせる奴がそんなことでいつまでも落ち込んでんじゃねえよ…」
ゴロンと背中を向けながらぶっきらぼうにスアピが言う。
およそ従者らしくない態度だ。
そもそも主人のベッドに寝そべっている時点で従者とはとても思えない。
しかしムランは父のいうところの『加減を知らない愚かな娘で主人を主人とも思わない従者である二人を気に入っている。
たしかに二人とも正しい従者とはいえないが八歳のころから一緒にいて気心の知れている二人は自分にとって代えがたい部下であり兄妹だとも思っている。
もっともそんな恥ずかしいことを思っているなんて二人には話したことないが…。
「そういえば近いうちに国軍が来るらしいな、街中で噂になってたぜ」
「らしいな…あの傭兵達もおそらくそれで脱走したんだろう、もしかしたらこっちにも従軍命令がくるかも…ああ、やだやだ!」
大げさにムランが首を降る。
「何でだよ?もしかしたら手柄を立てるチャンスかもしれないんだぜ?」
「手柄立てて出世したって気苦労が増すだけだよ…親父を見ればわかるよ、髪もヒゲも白髪だらけで…俺は一生この街の領主をして平和に過ごしたいだけだ」
「はあ…そりゃ欲の無い事で…」
あきれたように両手を広げてスアピがつぶやく。
「…国軍ってなに?」
二人の話を顔を伏せながら聞いていたイヨンが問いかける。
「国軍ってのは俺達の国…つまりレミリアン王国の正規軍だよ」
ムランが子供に教えるように丁寧に教える。
イヨンはわかったのかわからないのか大きな目を開いてじっとムランを見つめている。
「しかし最近反乱が多いけどよ?なんかあるんじゃねえか?」
「そういえば西の方でも反乱が起きたらしいな…すぐに潰されたらしいけど…」
「ははーん、それで今回はこっちの方で起きたから、ここらで国の力を見せてやろうってわけで国軍が投入されたわけか…」
「おかげで親父もピリピリして説教が長くなるし…」
「それで…我が主はどうすんだよ?」
「どうするって何が?」
「だから国軍が来たら領主の息子であるお前も従軍するんだろ?俺達も戦うのか?」
「戦うのはあくまで国軍で俺達はせいぜい後方支援か補給くらいだよ」
「なんだよ、つまんねえな」
残念そうにスアピが舌打ちする。
「つまんなくない!これからのことを考えると胃が痛くなるわ!物資に食料に後方支援…しかもお偉いさんにも挨拶しにいかないと…ああ!考えたくない!」
「…そんなの…適当にすればいいじゃねえか」
「…そんな簡単じゃないんだよ!いざ戦いが始まって物資が足りない食料が足りないとかなったら下手すりゃ首が飛ぶんだよ!しかもお偉いさんにキチッと挨拶しないと後で難癖つけられるは嫌味言われるは…ああもう本当にいや!」
頭を抱えてムランが悶える。
その横からスアピが肩に腕を回して、
「そんときになったらこんなとこ出て俺達と一緒に旅にでもでりゃいいじゃねえか…なあお前もそう思うだろ?」
いつの間にか顔を上げて二人を見上げているイヨンにスアピが話しかける。
イヨンは最初意味がわからないかのように首を傾げていたが、やがて真面目な顔でこくんと少しだけ頷いた。
満足そうに笑ってスアピがムランを見る。その笑顔を見て苦笑しながら、
「…そんな問題じゃないんだけどな…」
と言いつつそこはかとなく嬉しそうだった。
「そうか…全て順調か…」
ランプの明かりの下で男が独り言のようにつぶやいた。
「はい…それでこの次はいかがしましょうか?」
どこからか声はするが、姿は見えない。
その声の問いかけに男は顎に手をつける。
細面の顔はランプの明かりの下でもその美しさを失わず、淡くブルーの入った瞳がさらにその美しさを際立たせる。
「アサーム…細かいことはお前に任せる、命令があるまで向こう側についていてくれ、くれぐれも気づかれないようにな…これには我々の命運がかかっている」
「はっ…命に代えましても」
その言葉を発してアサームと呼ばれた者は向かったようだ。
男はランプの火を憂鬱そうな顔で見つめている。
外からは時々談笑が聞こえてくる。
男はランプの火を消して外に出た。
外には無数のテントとかがり火…そして少し離れたところで兵士達が騒いでいる。
「…………………」
男は物悲しそうな顔をしてしばらく周囲を眺めるとそのまま溜息をついて自分のテントに入っていった…。
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