剣劇(ケ・ン・ゲ・キ!)
中田祐三
プロローグ
男達が馬車を走らせている。
暗い森の中をまるで何かから逃れるかのように……。
いや逃げているのは事実だった。
しかし男達は何故自分達が逃げなければならないのかと疑問を抱きながら、それでも恐怖という本能によってそれを振りほどいて逃げ続けていた。
何故……何故……。 心の中でその言葉を唱えながら……。
「せっかく仕事が上手くいったっていうのによ!」
馬にムチを入れながら一人の男が忌々しげに後ろを見た。
真っ白いほろに包まれた馬車の中には食料……武器……火薬……と様々な物が積まれている。
そしてそれらにすがりつくように二人の男が座っている。
そうだ……、せっかくこの地方で戦争が始まるっていうんで、俺達はやってきたのだ! それなのに……。 ああそれなのに!
傭兵崩れ……。 男達は金をもらって戦争に参加するプロの戦士達である。 そしてそのついでに盗み、略奪も働いている。
そんな男達だった。
そんな連中なので敵側の軍が本格的に兵士を送り出してくるという知らせを聞き、あっさりと任されていた陣地から逃げ出し、そのついでに手当たり次第に軍需物資を馬車に積み込んで盗んできた。
後はこれらを街で金に変えて、酒場でひとしきり酒を飲み、そのまま使い切る。
いつものように……そうしようと思っていたのに…。
馬にムチをさらに入れて男が歯噛みする。
あんな奴に出会わなければ……!
荒々しく息を吐きながら、危険が去っていないことを知らせるように心臓が跳ねている。
それは元味方の勢力圏から抜け出して一安心して野営をしていたところ……そいつはやってきた。
迷子なのか旅人なのかわからなかったが、ローブを頭からかぶり、華奢な姿をしたそいつに男達の劣情が刺激される。
元々女っ気の無い戦場で、たまに場末の娼婦を相手にしていたような男達の元に美味そうな獲物がやってきたのだ。
当然の如く男達は色めきたった。
いつものように楽しんだ後は身包みをはいで……それから……。
常に占領した街や村でやっていることを、この場でも楽しもうとした仲間の男が下品に弛緩した表情でそいつに近づいていった。
「どうした~?こんなところに居たら襲われちまうぞ~……俺達にな」
男の台詞にドッと仲間達が笑う。
しかしその笑いも次の瞬間、凍りついてしまった。
声をかけ近づいた男の身体が二つになったからだ。
赤黒い液体と中身をぶちまけた『モノ』が地面に落ちる。
一瞬の沈黙の後、数人の仲間達がそれに襲い掛かった。
しかしそいつらもあっという間に身体をいくつものパーツになって転がってしまう。
男達があっけに取られていると、それは獣のように俊敏な動きでその華奢な身体のどこにそんな力があるのか、少し離れていたとこに立っていた仲間を吹っ飛ばす。
それが合図のように男達は逃げ出した。
何人かは徒歩で……また何人かは馬で……そして男達は馬車に乗って逃げ出したのだ……。
他の奴らはどうなったんだろうか……?
馬にムチを入れ続けながら男は考える。
おそらく皆やられてしまったのではないか?
そうだったらどんなにいいか……、何故ならそうだったら少なくともいま馬車に乗っている自分達は逃げられるからだ……。
そうだ……いくらあいつが獣じみているとはいえ同時に三方向に逃げた人間を殺せるわけがない。
そう考えれば今の今までそいつの気配がない以上、自分達は逃げられる……いや逃げられるはずだ!
そうだ……俺は運がいいんだ。傭兵暮らしを二十年やってきた俺の運が悪いはずがない。
必ず逃げられるはずだ!
そう思い込み、無理やりに笑う。
「ははっ…」
笑いかけたそのときに視界の隅で何か赤いものが動いた。
あわててその方向を見る……が、何もない。
そうだ!今のは気のせいだ。そうに違いない……落ち着け……落ち着くんだ。
「うひゃあ!」
後ろで誰かが声を挙げる。
「う、うるせえぞ……変な声だすんじゃ……」
男が馬車の中を振り返ると、人影が三人あった。
三人……?馬車の中にいたのはたしか二人のはず……。
何故一人多い……?
「死にたくなかったら馬車を止めろ……あいつが追いつくぞ……?」
男が目を凝らす。
自分達を襲ったあいつじゃない……それじゃこいつは……誰なんだ!
「おい早く止めろ!あいつが追いついてくるぞ!」
馬車の中にいる知らない人影が大声をだす。
男は反射的に馬を止めようとしたが、それはできなかった。
なぜなら馬を止めようと手綱を引いてみると手綱が切られていて、馬ははるか前方を一頭で走っている。
何故……?と思った瞬間に今度は馬車の隣を何かが並列に走っている。
そこで何故……? という疑問が上書きされた。
こいつはなんなんだ? だがすぐにそれが何か男はわかった。
あいつだ! あいつがいる! あいつが馬車の横を走っている。
血を浴びた長い髪を風に乗せ、スピードを上げて馬車の前に立ちはだかった。
馬を失ったとはいえ馬車のスピードは決して遅くなく、ぶつかればただではすまない。
それなのにあいつは背中にしょっていた大きな剣を振りかぶって乱暴になぎ払った。
瞬間、馬車は爆ぜる。
バラバラと空中に浮かぶ『馬車』だった破片と一緒に空中に浮かんだ男は確かにそれを見た。
一点の曇りもない鮮血のような赤い髪をなびかせたそいつが少女のようにニコリと笑ったところを……。
「この……悪魔め……」
ただその一言をつぶやくと男はそのまま地面に投げ出され意識を失った……。
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