集まらぬ食料
「何だ!我が麗しき神に祝福された王国の為に働こうと思わんのか!」
よく晴れ渡る空を憎らしげに見上げながらイラついた声を上げる。
いかにも貴族のような豪奢な鎧を見に着け、後ろには衛兵を控えさせた痩せて神経質そうな男の目の前にはチョビ髭をしたでっぷりと肥えた男が膝をついている。
チョビ髭をした男は目の前の男の剣幕を涼しい顔で受け流しながら答える。
「いえいえ…滅相もございません。私としてもこれが精一杯の値段でございます」
「これが…精一杯だと?ふざけるな!何故食料の値段がこの間よりも上がっている?しかも最初の値段でさえ暴利だったと言うのに!」
激昂する男が見えないかのようにチョビ髭の男はなおも涼しい顔をしている。
「そもそも物価というのは日々変わるものなのでございます。なにせ反乱が起きたという噂を聞きつけて、近隣の領主様達がこぞって食料を買い受けたいと申しますので…欲しがる者が多ければ物価はどうしても上がる。こればかりは神でも止めることは出来ませぬ」
「それならば…その領主達をこのワシのもとにつれてこい!直々に言い含めてくれるわ!」
「……お客様の情報は商人としてお教えできませぬな」
にべもなくチョビ髭が断る。
何がお客様だ! こちらが食料に困っているのを知っていて足元を見おって…!
「それで…いかがいたしましょうか?この私の持ってきた食料は?」
答えはわかっていると言わんばかりのその顔にいっその事切り捨ててしまおうかとも思ったが、そんなことをすれば自分の政治上のライバル達が難癖をつけて自分を排除しようとするだろう。
何故自分がこんな目にあわなければいけないのか…。
たかが数千ぽっちの反乱軍などエリート教育を受けた自分なら造作もなく片付けられるはずなのに。
「いかがいたしますか!司令官殿!」
「いらん……」
「はっ?それは…どういう…」
「いらんと言っておるのだ!今すぐここから出て行け!」
「わかりました…ただ言っておきますが戦闘が始まってから所望された場合、危険手当もつきますのでさらに値が上がることをお忘れなき様…それでは」
チョビ髭の男は無表情で去っていく。
「し、司令官殿…食料も無しでどうやって戦えと…」
後ろに控えていた衛兵がためらいがちに声をかける。
「…食料なら持ってきた分とあの忌々しい商人から先日買った分があるだろう…」
「し、しかしあの程度の備蓄ではもってもせいぜい三日しか…」
「ならば…三日で逆賊共を倒せばよかろう!たかが衛兵程度がこのワシに疑問を呈すか?」
「い、いえ…失礼しました」
司令官の剣幕に衛兵はそれだけしか返すことが出来なかった。
しかし意見をした衛兵の顔には疑問がありありと浮かんでいた。
果たして本当に三日で反乱を鎮圧することができるのかと…。
そのとき、一人の兵が息を切らして走ってきた。
「し、司令官殿…て、敵襲です!」
「そうか!敵は何人いる?」
「人数は不明!奇襲でしたので…」
「落ち着いてこちらも迎え撃てばよかろう!」
「そ、それが…こちらを体勢を整える前に奴らは陣地から離脱してしまい…」
「ええい!一体何をしているのだ!すぐに案内せい!」
司令官は自身の愛馬である白馬に乗り奇襲を受けた場所へと馬を走らせる。
奇襲現場に着くと、ひどい有様であった。
あちらこちらに怪我人が転がっており、兵士達が寝泊りしているテントは潰され、火をつけられたのか焦げ臭い臭いがあたりを覆っている。
「まったく!誇り高き王国軍がこの体たらくはなんなのだ!」
馬上から怒声を撒き散らしながら、兵士達に怒りをぶつける。
「も、申し訳ありません…奇襲でしたので…」
「ふん!言い訳など聞く気はない!今後同じ失態をするなら貴様ら全員縛り首だ!」
ケガで苦しんでいる兵やそれを看病している兵にそう告げながら彼は自分の陣へと戻っていった。
後に残された兵士達は司令官の無慈悲な言葉に不満の色を見せ始めていた……。
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