逢魔が時に出逢う

百瀬はな

逢魔が時に出逢う

夕焼けに染められた燃えるような海。


海岸に打ち寄せる波の白。


それらの向こう、水平線に沈みゆく太陽。



ぼんやりと自宅の窓からそれを眺める。

先ほどまで読んでいた本を置いたサイドテーブルも本自身も、薄らと色付いていた。


黄昏時。


逢魔が時。


この時間を表すことばはいくつかあるけれど、別に名称はどれでもいい。

光が闇に移り変わるこの時間が好きだ。

最近はその時間の海を見るのが好きだ。

今までは山だった。

たんに大学でこちらへ来るまで山に囲まれていたのもあるが、山に太陽が沈み込み、空が橙色や桃色のようかと思えば、赤紫色や菖蒲色に染まる様はとても美しかった。





そんな私の至福の時は、玄関のほうから聞こえてくる音により妨害された。

ガタガタとなる音に眉根を寄せる。

ここは大学生が住むには不相応な、それなりに値の張るマンションだ。オートロックで不審な輩が間違えて入ってくることはないような場所。

近所迷惑なヤツは誰だと思いながらも、視線は依然と海のままで、ぼんやり眺めていた。

もうほとんど太陽は沈んでいる。


最後の一口の珈琲を飲み干して立ち上がる。

キッチンでさっとコップをゆすいでから、未だガタガタ聞こえる音にため息をつく。

リビングの電気をつけるために部屋の入口へ近づいた時。

ガタガタ聞こえていた音が止んだ。

ふと、結局何が音を立てていたんだろうという好奇心がむくりと起き上がり、少しだけ外を覗いてみようとリビングの扉を開け、廊下に出た。





「・・・・・・・・なにっ?!」





リビングから出た廊下。

そこにはいつの間にか人が立っていた。玄関のドアを動かす音はしなかったのに。


じっと目が合う。

艶やかな漆黒の髪に、黄金色の稲穂を思い出すような金の瞳。細い輪郭に筋の通った鼻、薄い唇を持つその顔はかなりの美形だ。

そこらの芸能人なんか比じゃない。

どこか品の漂うオーラに圧倒された。



思わず見惚れていたが、ふと我に返ってリビングに逃げ込んだ。

手近にあった片付け忘れていた掃除機から長い棒の部分を抜き取り、美形な不審者に向かって構えた。


「…誰?どうやって入ってきたの?」


及び腰で威嚇しながら美形な不審者に問えば、ずっとぽかーんとこちらを見ていた不審者は慌てだした。


「す、すまぬっ!!

まさか我が妃が、まだこんな幼子だとは思わんかったゆえ、迎えに来てもうた…!

ま、また出直すからに、そなに怯えんでくれ…!!」


「幼子………??」



意味不明なことを吐かす不審者をじっと見つめていた瞳が、「幼子」の一言を聞いた途端に僅かに剣吞を含むものに変わった。

目の前にいる美形は、見たところ20代半ば。十も歳差のない奴に幼子と言われる謂れはない。

オロオロと美形台無し、いや、オロオロとしてなお美形の不審者の鼻先に掃除機の棒を突きつけた。



「私は、幼子じゃない。

こう見えても、20歳だからね?」


「なにっ?!」


驚きに満ちた表情の不審者にイラっときた私は掃除機の棒を鼻先に押し付けてグリグリしてみた。

ニコッと笑うと不審者はバッと後ろに後ずさっていく。


それを見て、さすがに掃除機の柄を押し付けたのは悪かったなぁと思い、今帰れば何も無かったことにして警察にも言わないから出て行けと言うと、それはできないと申し訳無さそうに言われた。

なら警察に電話するからと宣言し、携帯をポケットから取り出そうとしたその瞬間。



「アルバーニ様!

お妃様は見つかりましたかー?」



横の物置が内側から勢いよく開き、誰かが出てきた。


咄嗟に扉を避けたものの、体勢を崩した私は後ろに向かって倒れ込む。

掃除機の棒は手からすり抜け、衝撃に身構えたがいくら待ってもフローリングに身を打つ痛みはやってこなかった。

ぎゅっと閉じていた瞳を開ければ、目の前には心配そうな美形の顔があった。


「大丈夫か?」



一瞬フリーズした後に、


「わっ!?!?」


と、跳ね起きた。

抱きしめるように受け止められていたので、その腕から逃れて後ずさると、どんっと行き止まる。

慌てて振り返ると、さっきの声の主であろう輝く金髪に青い瞳の青年にニコッと微笑まれた。

仲間も美形か、この美形不審者共め!

と、心の中で毒吐きながら逃げられないこの状況に焦りを抱く。


「そんなに警戒しないでください、お妃様。

私はアルバーニ様の第一補佐官を務めています、レオンハート=A=スカイフォードです。」


流暢な日本語で、日本人に見えない青年に挨拶をされ、跪いた後に手の差し出された。

え、どーしたらいい?

てか、アルバーニって誰?

あの、美形不審者その1のこと?

私が困惑していれば、勝手に手を取られて口づけされた。

思わず手を引っ込めた私は悪くない。


「おい、レオ。邪魔だどけ。」


なんで敬われてるの私は?なんで?何この状況?

じっーとレオンハートと名乗った美形不審者を見つめていると、レオンハートの後ろから伸びてきた長い脚によってレオンハートは飛んで行った。


咄嗟にレオンハートを目で追うと、わしわしと頭を撫でられた。


「それにしても、妃様はちっせぇーなぁ!

俺の半分くらいじゃねぇかぁ?」




わしわしと動く手を振り払う。

失礼な男に文句を言おうと見上げれば、ゆうに2mは超えているであろう大男だった。



「なっ!?

あ、あなたが大きすぎるんじゃないですか!?」


「あはははは!それもあるなぁ!


妃様、俺はアルバーニ様の筆頭護衛官兼王立騎士団第一隊隊長のダルベルト=ガーデリダだ。

ダルとでも呼んでくれ。」



そう言って笑う大柄で筋肉のがっしりとした茶髪の男は綺麗な赤い瞳をしていた。



「触るでない。

此奴は我の妃だ。我だけのもの。」


不意に腕を引かれ、抱きしめられた。

背後で唸るように紡がれた言葉にイラっときた。


「さっきからキサキキサキと、なんですかキサキって!

それに私はあなたのものじゃありません!!」


背後を睨みながら足を思い切り振り上げて、後ろの変態だった美形不審者その1の脛を蹴り上げた。



「みゅっ…!!」



踵で蹴り上げたけど、効果が無かった。むしろ、私が痛かった。

ガンと硬い岩を踵で蹴る感じがした。

思わず蹲って踵を押さえた。


「だ、大丈夫かっ?!」



慌てた変態美形不審者その1が、私を抱き上げて膝に乗せると踵を覗き込んだ。

赤くなっている踵を見ると、私の踵に手を当てた。

ジンジンしていた踵がふわりと暖かくなり、痛みが引いていく。


「え………。」


驚きで変態美形不審者その1の見ると申し訳無さそうな顔をしていた。

私はそっとリビングのソファに降ろされた。



「我は安全のために身体強固の術をかけておる。

脛であろうと、我の弱みにはならぬのだ。すまぬ……。」


いや、ぶっちゃけそれより今の痛み消えた方が気になります。


魔法?魔法なの?

そういえば、3人とも玄関から入ってきた気配なかったし、むしろレオンハートなんて物置から出てきた。


自分でも、自分の瞳が輝いているであろうことはよくわかった。


だって、魔法だもの。


ファンタジーとの出会いに胸が踊る。

憧れていたものへの遭遇に、夢のようだと感じた。



思わず頬をつねった。



「痛い……。」


こしこしと頬を擦って抓った痛みを誤魔化す。


思考の旅に埋もれる私を心配そうに見ていた変態美形不審者その1に、レオンハートがひっそりと声をかけていた。

変態美形不審者その1はレオンハートの言葉に頷くと、私に向き合った。



「我が名はアルバーニ=E=オーティズ。

そなたを我が妃として迎えに来た。

ともに魔界へ来てくれぬか?」


「はい?」



私の口から出たのは間抜けな言葉だったろう。

魔法だーとか喜んでる場合じゃなかったよ。



「………さっきから言ってるキサキってもしかして、王様の奥さんのお妃様のことだったりします?」


「もちろんだ。」


「無理、無理です、それ。」



思わず身を竦めた私に、話の流れからして王様なんであろうアルバーニ様にどうしてかと詰め寄られた。




「だって、後宮ってこわいじゃないですか!」




「……え?そこ?」


思わず、といった様子でレオンハートが呟いた。

だって、昼ドラちっくなドロドロ愛憎劇って苦手だし。私には無理。

オンナの戦いってえげつないんでしょ?

魔界とか凄く魅力だけど、命のが大事だからね。


「他をあたってください。」



だから、そろそろ帰れ。


もう7時だし。

私はお腹空いたんだ。












パスタを茹でながら大根をおろす。

今日の夜ご飯は和風おろしパスタだ。

いつもより大きめの鍋で6人前のパスタを作っている。


「これはいつまで茹でればいいのだ?」


「そこにある赤いのが鳴ったら火を止めるから、それまでよろしく。」



変態美形不審者その1ことアルバーニと共に。


3人は私を宥めすかして、たくさんの話をした。聞いていると信じられないようなこともあったけど、色々な事を知ることができた。

この世界のことや3人のこと、そしてお妃様のことも。

魔界の話は、そういった話が大好物の私にとってかなり素敵。



でも私はアルからの二度目のプロポーズを保留にした。

だって、不安しかないもの。




「妃様、このソファここでいーんだよな?」


「こちらは拭き終わりましたが、他にはありますかーお妃様ー?」



そしてダルとレオにはリビングの配置換えと掃除をしてもらっている。

やることないかと申し出てくれたので、お願いしたのだ。

ちなみに、3人のことはアル、レオ、ダルと呼ぶことになった。

そう呼んで欲しいと言われた。

あと、私も自己紹介をした。



「もういいよ、ありがとうね。」


「いえいえー、お役に立て良かったですー。」


微笑むレオと返事の代わりにわしわしと頭を撫でるダル。


そして、忠実に鍋を掻き回してくれている為に私に手が届かないアルが悔しそうにこちらを見ていた。


仕方がないからアルの頭を撫でてあげようとしたところで、タイマーが急かすように鳴った。



「瑠璃……。」



コンロの横に菜箸を投げ出すように置き、私を抱き上げた。

優しく、しかし力強く抱きしめられて思わず胸がときめきかけたがコンロの火が点けっぱなしなのに気付いて慌てた。


「アル、アル!火を消さなきゃ!」


「離したくない…。」


「もー!邪魔っ!

離さないならそれ押して!火が消えるから!」


アルは私を抱きしめたまま言われた通りにコンロの火を消した。

てか、暑苦しいのだけども。

アルが私を離さないなら仕方なくダルに手を洗わせてパスタをお湯から上げてもらった。

それをレオに具と混ぜ合わせてもらい、最後に私がアルに抱きしめられながら味付けた。



あの後、うなじ辺りに顔を埋め始めたアルが吸い付き出したのでダルに助けを求めつつ、「アル嫌い。」と言ったら呆気なく離してもらえた。


これ幸いと思い、パスタをお皿に盛ってテーブルに運び、サラダなども用意した。

レオとダルによって模様替えのなされたリビングで今日の夜ご飯の出来を眺める。

うん、美味しそう。


さーて食べるかなぁーと思って振り返ると、せっかくの美形を情けなく歪めたアルがいた。



「瑠璃、すまなかった……!

謝るゆえ、嫌いにならんでくれ…!」




一瞬、何のことかわからなかった。

アル嫌い、と言ったことをそこまで本気で受け取られたとは思っていなかった。

なんていうか、冗談というか、本気の言葉ではなかったから。

好意を寄せられているのに、あの言葉はないな。申し訳ないこと言っちゃった。


「アル、ごめん。

べつにアルのこと嫌いじゃないよ。」



情けなく歪んでいたアルの顔も、私の言葉で一気にきらめきを取り戻した。

レオとダルはやれやれと呆れている。


「では、我と結婚してくれるかっ!?」


「いや、そこまで好きとは言ってないし。」


「そ、そんな……瑠璃……。」


「お妃様ー?私とダルとアルバーニ様の中で、誰が一番好きですかー?」


悲哀に満ちた瞳で見上げてくるアルから目を逸らした先で目の合ったレオの問いに思わず唸る。


正直に言うと、ダルだったりする。

レオのように腹黒そうでなく、アルとは違い親しみやすい気さくさがある。それに、ダルの声は私の好きな芸能人の声によく似ている。わしわしと撫でられるも髪が乱れて嫌だと思う反面、嬉しくもある。

と、いうのを率直に言うと私に好意を寄せてくれているヤツが悲しむので、同じくらいかなぁと濁して答えた。


ちょっと悔しそうなアルに苦笑した。

でも、それだけ想ってくれていると感じるのは案外心地よくて。

そっとアルの耳元に口を寄せて囁いた。










「だからさ、アル。

あたしが魔界に行ってもいいと思うくらい、アルに惚れさせてみてよ。」








かくして、

アルによるアルと魔界のための瑠璃陥落計画が始まったのだった。


瑠璃が魔界へ行くのはいったいいつなのか。






「ま、べつに魔界行ってもいいけどね。


・・・・・・私だけをずっと愛してくれるのなら。」







なんて、まだ教えてあげない。





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逢魔が時に出逢う 百瀬はな @sakutomomo46

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