第2話

 早朝から新幹線に駆け込み、途中で在来線に乗り換え、さらに一日四本しかないバスに揺られて、やっと祖母の家に辿り着いた。西日が祖母の古い木造家屋を燃やすように染め上げている。外国へ行くよりも遠い。

「よう来たね、真帆。えらい遠かったやろうに。それにしても綺麗になって、まぁ」

 祖母は日に焼けた顔に涙を浮かべて私を迎えてくれた。祖母は私の記憶より遥かに小さくて頼りない。

「ごめんね、おばあちゃん。ずっと会いに来なくて」

 こんなに喜んでくれるならば、もっと早く会いにくればよかった。ちくりと罪悪感が胸を刺す。しかも、今回祖母に会いに来たのは従兄のついでだ。

「ええんよ、そんなん。さ、中に入り。直子と隼人も楽しみにしとるんよ」

 居間へ入ると、記憶の中より少し皺の増えた叔母と、従兄の隼人の面影を残した綺麗な男が座っていた。


「もう真帆も二十一歳て!そら私老けるわぁ」

「母さん、もう酒はやめな。明日も仕事なのに」

 隼人は慣れた様子で叔母の手から銚子を取り上げると、代わりに水の入ったコップを握らせる。

「隼人、もう部屋に運んだげて。布団の準備するわ」

「あ、おばあちゃん、私がしてくるよ」

 祖母を制して縁側に面した障子を開けると、むわっとした暑さが途端に押し寄せて来た。隼人は叔母を担ぎながら「ごめんな、疲れてんのに」と申し訳なさそうに謝った。

 隼人の声は角がなくて柔らかい。優しく撫でるような耳心地の良い響きは、低くなっても昔と変わらない。 

「いいよ、全然」

 自然と笑みが零れる。こんなに穏やかな気持ちは久し振りだった。

 ふと、夏の虫の声で賑やかな庭の一角に目が留まる。木蓮だ。なんだか胸に引っかかるものがある。

「どうした?」

「ううん、何も……」

 二階へ上がり叔母の部屋に向かう途中、電気が点いた隼人の部屋が目に入った。

「あ、電気消し忘れてたわ。消してくれる?」

「うん」

 明かりを消す直前、紙が散乱する文机の上にある虫籠が目に入った。中には蝶が囚われていた。

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