貴女は蝶々

森れお

第1話

 盆地だからか、初夏だというのに朝から茹だる様な暑さだ。パンツスーツは裏地が肌に張り付き、額の汗をハンカチで拭えばファンデーションが付着する。自然と眉間に皺が寄った。

 強烈な太陽光線を浴びる駅前ロータリーの大時計は十時二十分を指している。約束の時間をとうに過ぎても先方からは連絡がなかった。

「箱崎ー、暑いだろ、一旦戻れ」

 車で待機していた上司が声を張り上げる。

「いいえ、待ちます。見逃すと困りますし」

 念願の観光課に配属されて、初めて私がメインで任された仕事の一部だった。不愉快な暑さごときに負けてはいられない。

「あ」

 談笑しながら駅から出て来る、背が高い外国人の男性二人組が目に入る。私は駆け足で彼らに近付いて行った。

 まずは歓迎の挨拶。そして自己紹介。少し緊張気味に口の中で繰り返す。あぁ、忘れてはいけない、笑顔だ。

 微笑みを彼らに向けると、にこやかに返してくれた。そして、二人のうち一人の瞳に目が留まる。灰色をしている。その時、大好きだった従兄の男の子を突然思い出した。

『初めまして、お嬢さん。今日は我々のために有難う』

 差し出された手を見て我に返る。

『あ、初めまして。ようこそ――』

 必死に練習した挨拶は、場違いな記憶の喚起によって様にならなかった。


 どっぷりと日が暮れ、ワンルームの自宅に辿り着く頃には、疲労のためか耳鳴りがしていた。そのまま眠りたい気持ちを堪えてシャワーを浴びて、クーラーの効いた部屋でテレビをつけて缶ビールを開ける。芸人の漫才と爆笑する客の声が独りぼっちの部屋に響いた。

 ぼんやりと今日一日の出来事がちらちらと甦るなかで、灰色の瞳を持つ従兄の事も再び思い出した。最後に会ったのは小学二年生だったはず。

 懐かしさに胸が締め付けられる。

 私は翌日、今の仕事が片付く次の日から夏期休暇を二日間申請した。

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