第十八話 領地は一日にして成らず

 王都よりも北に位置するボルデュック領は秋祭りの後はすぐに冷え込むようになる。年末になると雪もたくさん降る。


 冬の間、ボルデュック領は深い雪に覆われ、領地の農民は内職をするか、出稼ぎに出るかである。


 農家の子供たちは繁農期に家の手伝いのために勉強が遅れがちで、それを取り戻すために冬は毎日学校に通って来る。




 ルーシーは焦っていた。来年の九月から王都の貴族学院に編入するまでに、ここボルデュック領で家の手伝いと、ステファンの補佐もなるべくして、そして何よりも彼との楽しい思い出を作って、と気ばかりが先回りしてしまう。


 ピエールの仕入れてきた情報によるとステファンはもうしばらくは女性と付き合うのはこりごりだそうだった。しかし、きっとすぐに綺麗な大人の女の人と恋に落ちるに違いないとルーシーは恐れていた。


 ボルデュック領が復興して経営が軌道に乗るともう彼がここに留まる必要もないだろう。それまで、少しでも彼にただの女の子ではなくて少しでも一人の女性として認めてもらいたいルーシーだった。


「私って、何気に健気よね……」




 秋祭りの後、ルーシーは学校で友人たちから質問攻めに遭っていた。


「ルーシー、見たわよー。お祭りで貴女のステファンさまと一緒に居たところ!」


「いい雰囲気になったのね! 何か進展した?」


「……そんなわけないわ」


「何よ、その盛り下がりようは。独身の男女がボルデュックの秋祭りで二人で花火を見て、何も起こらないなんてあるわけないでしょ! 手を繋いでキスくらいはしたんでしょ? ほら隠さないで言う!」


「私も認めたくないけれど、本当に何も無かったのよ!」


 二人の友人はまるでなにか珍しいものでも発見したかのような目つきだった。


「まさか!」


「そのまさかよ」


「ええー!」


「私、なんだか自信がなくなっちゃった……私ってそんなに子供っぽいかしら? 女性としての魅力がないのかしら?」


 女性不信になったというステファンのことが心配なルーシーだったが、本人はそう気落ちしているようでも、傷心でもないように見える。


「そんなことないわよ。そうね、彼は少々奥手みたいではあるけれど……」


「こうなればもう、夜這いして押し倒して既成事実を作ってしまいなさいな! そうしたらこっちのものよ」


 そんなことをしたら元婚約者と同じだろう。ステファンは清廉潔白なお淑やかな女性が好みのようだった。先日ピエールがほろ酔い加減のステファンから少し聴き出していたのだ。


「出来ないわよ。私、やっぱり結婚するまでは……」


「何ルーシーは初等科のガキみたいなこと言って!」


「お貴族さまって大変ねぇ......本当に未婚のうちはヤッちゃいけないの?」


 ルーシー自身は領地の平民の友人たちとずっと一緒に初等科から大きくなったから結婚前は純潔を守らないといけない、という貴族的な概念は薄い。


 しかし、十歳くらいまでは裕福だったボルデュック侯爵家の長女で、母親の影響も受けて育った姉のアナは違う。


 お固いと言ってしまえばそれまでだが、アナは例え貧困に陥っていても貴族であるという誇りだけは捨てていない。ルーシーと七つしか違わないのに、母亡き後自分を犠牲にして苦労しながらなるべく貴族としてテオドールとルーシーを育ててくれたのである。


 ルーシーが平民のように奔放な恋愛を楽しんでいたらアナは悲しみ、ルーシーに対して失望するだろう。そんなことは絶対に出来なかった。何よりステファン自身もそのような女性は苦手のようである。


 ステファンがいつの日か女性に対する不信を克服して少しでも自分のことを見てくれる日が来るのだろうか、とルーシーは焦るばかりだった。思わず涙ぐんでしまった。


「もう、ルーシーったらちょっと泣かないでよー!」


「ご、ごめんなさい。私ったら何だか感傷的になってしまって……」


「それが貴女のいいところなのよね。大丈夫よ、元気出しなさいな。きっと良いことあるから」


「ありがとう。ミランダ、ソフィー」




 冬の間はボルデュック領でもあまりステファンの役目もない。彼は実家のラプラント領に戻ったきりになってしまう。


 今は数日間だけ彼はボルデュック領に帰ってきていた。父ジョエルの置物や首飾り等の作品を再び王都に卸しに行く予定だそうだった。


「あーあ、冬の間はつまらないわ……」


 ルーシーは寒くなってきてから居間の窓際に並べた鉢植えの薬用ハーブに水をやりながら独り言を言っていた。


「冬でも暖かい屋敷の中で窓越しに日が当たっていれば植物も育つのに……それでも鉢植えに出来ない大きい木や花は駄目だけど」


 何の気なしに言った独り言だったが、そこでふと思いついた。小さい野菜だったら屋内で育てられるかも……


「これって実用化出来ないかしら?」


 ルーシーは慌てて自室に駆け込んだ。後ろからマリアの声が聞こえてきたが気にならなかった。


「ルーシーお嬢さま、何をドタバタなさっているのですか? もう少しお淑やかに歩いて下さいませ!」


「マリア、ごめんなさい! それどころではないのです!」


 そして自分の机に向かい、ペンを取った。ステファンに見せるためには企画書の形にして……といっても自筆のつたない絵つきのメモみたいなものだったが、それを手に意気揚々と階下に降りていくルーシーだった。


「マリア、ステファンさんはどちらか知らない?」


「さあ、主人と書斎でなければ離れのお部屋と思いますが……」


 書斎には誰も居ないと分かっていたルーシーは再び部屋にもどり、上着を羽織って外に出る。ステファンとピエールは裏庭で薪割りをしているところだった。


「ステファンさん、ピエール! 聞いて下さい! 私、名案を思いついたわ!」


 ルーシーはたった今描いた絵と自分の考えを説明した。今で言うビニールハウスで大きい窓をたくさんとった小屋の中で冬場でも野菜栽培ができるというものである。


「着眼点はいいですよ、ルーシー。でも小屋の建設費は窓の大きさや数によってはかなりの高額になります。暖房費、施設の維持費の割りには収穫面積も広く取れませんし……利益はあまり見込めませんね」


「そうですか……」


「ルーシーお嬢さまは次から次へと色々思いつかれるものですね。やはり若いと脳が柔軟なのでしょうね……」


「私も考えつきませんでしたねえ。けれど、冬場は南部の地から王都へ船で野菜や果物が運送されてきますから、その価格より低く売ることにしないと商売になりません」


 そこでステファンに頭をポンポンと撫でられたルーシーだった。彼女が欲しいのは慰めではなかった。こんな子ども扱いからまだ抜け出せないとは……


 自室にもどって寝台の上でゴロゴロと寝返りをうちながらルーシーは考えていた。今までも葡萄栽培、温泉発掘などの案をステファンにしている。


「ああ私ってまた子供っぽいところを晒しちゃったわ……どうしていつもこうなってしまうのかしら……」




***ひとこと***

領地の復興は順調、しかしルーシーの恋愛は……進展なしですよ!

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