第十七話 十四にして惑う

 数年ぶりの盛り上がりを見せているボルデュックの秋祭りにはアナ、テオドール、ルーシーにステファンの四人で行くことになった。マリアとピエールは別行動で、父親ジョエルは案の定アトリエにこもっている。


 秋祭りでは春祭りで鉢に植えられた小麦を秋の乙女が刈る儀式が行われる。


 ルーシーはわざとらしくならないよう、さり気なくアナに小声で聞いてみた。


「せっかく今年は豊作だったのだから、ルクレールさまも是非いらっしゃったら良かったのに」


「天下の侯爵さまがうちの収穫祭でフォークダンスを踊るなんて、ちょっと想像できないわね」


 賑やかに祝っている人の群れを眺めていたアナは寂しそうにそう答えた。




 儀式の後は皆が飲んで歌って一緒に踊り夜遅くまで祭りは続く。町外れの空き地で花火も打ち上げられるのである。


「私とテオは一緒に行動して、帰りはピエールの荷馬車で帰ります。ステファンさん、ルーシーをお願いしますね。ステファンさんは秋祭りは初めてなのですから、最後まで残って是非花火も見て下さい」


 アナはルーシーの気持ちを知らないはずであるが、何故かそんな提案をしてきた。


 きっとテオドールにそそのかされたに違いない。その辺りの男女の機微にはアナよりテオドールの方が敏感なのである。


「春祭りもそうでしたが、秋祭りはもっと楽しいですね」


「ええ。私もこんなに賑やかなのは久しぶりです。これも全てステファンさんのおかげだわ」




 秋祭りに向けて友人達はルーシーのために張り切っていた。


「春祭りと秋祭りの両方連続一緒に参加した未婚の男女はきっと結ばれるのよ、ルーシー!」


「知っているわよ……うちの領地の常識じゃない……」


「でも貴女のステファンさんはボルデュックの人ではないから知らないでしょ? 貴女からアタックしないと!」


「アタックねぇ……」


「じゃないと他の女にさらわれちゃっても知らないわよ! 結構人気あるのだから、彼」


「えっ? そうなの?」


 人気があるのは実はミランダの母や農家の奥様方にだったが、ミランダもソフィーもそれは言わなかった。




 今年の花火は例年よりも少々豪勢であった。


 領地の若者達の間には春と秋の祭りに連続で行った二人は結ばれるとか、秋の花火の後に求婚されると幸せになれるとかいう色々な俗信がある。


 ステファンはそんな俗信など知らないのだろうから、こうして何気なくルーシーと一緒に意識することなく花火を見ているのであろう。


「ステファンさん、王宮で晩餐会やお祝い事の時に上がる花火をご覧になったことあるのですか?」


「うん。二度くらいかな」


「こんなのとは比べ物にならないくらい豪華絢爛なのでしょうね……」


 彼が元婚約者を思い出すことのないような無難な話題を探していたのだが、どんな話をすればいいのか、ルーシーには見当もつかなかった。


「でもこの花火は僕が今まで見た中でも一番美しいよ。勤勉で働き者のボルデュック領の人々の喜びが夜空に咲き乱れているようだ。そのお手伝いが出来たことがとても誇らしいよ」


「ええ、本当に良かったですわ」


 ルーシーも感極まってしまった。そしてステファンの横顔を見上げた。二人きりで美しい花火を見ているというロマンティックな雰囲気に流されてしまいそうだった。


 彼の腕に手を添え、頭をそっと彼の肩に預けたくなったが思いとどまる。彼女の指がステファンの袖に触れたところでそのまま彼女は手を下ろした。


 ルーシーにそんな勇気はなかった。


(ステファンさん、少しは婚約破棄の痛手から立ち直れたのかしら……)


 ルーシーに立ち入ったことを聞く権利はないと思った。


(こんな素敵な婚約者が居るのにどうして他の男性なんかと……私は彼女が信じられないわ)


 そうして二人はしばらく無言で花火を眺めていた。


「ルーシー、そろそろ帰ろうか」


 ステファンは優しくルーシーに微笑んだ。また貴方と一緒に花火が見たいです、と彼女の口から出そうになったが、代わりに声になったのは一言だけだった。


「はい」




 翌朝、ルーシーはアナに相談をした。


「お姉さま、家計に余裕が出来たら私も貴族学院に編入したいと思うようになったのです。薬師になる勉強がしたいのです」


「まあ、手に職をつけることは良いことだわ。学費の心配は要りませんよ」


「本当ですか?」


「来年度から進学しますか、ルーシー?」


「いいのですか、お姉さま」


「大丈夫よ。貴女は何も心配しなくても。伯父様のところにお世話になれるかしら? ルクレール家はちょっと……」


「私も伯父さまたちさえよろしければ、お兄さまもいらっしゃるし、ゴダン家の方がいいですわ」


「お父さまは寂しくなるわね。私たち三人皆王都に出てしまうと……」


「それでも私、卒業したらきっとボルデュック領に戻ってくると思うのです」


「まあ、将来のことは誰にも予測出来ませんよ」




 収穫祭の後はジェレミーがアナとテオドールを迎えに来ることになっていた。今度はルーシーも驚かない。


 テオドールの報告通り、アナとジェレミーは夫婦だというのに未だによそよそしいままである。


 父ジョエルは何故だかジェレミーの前では機嫌が良いのはいいのだが、今回も色々と饒舌じょうぜつになりすぎて家族をハラハラさせた。


「アナがいつもお世話になっております、ルクレール様。娘を長いこと引き留めてしまって申し訳ありません。新婚ほやほやなのにねえ、さぞお寂しかったでしょう」


 ジェレミーが着くなりこの調子である。彼らはどう見ても、数日たりとて離れていたくない新婚夫婦には程遠い。


 ルーシーは怖くてアナやジェレミーの顔が見られなかった。皆で昼食を取っている時もジョエルの舌だけは絶好調である。


「私ももう年ですね、アナが結婚したら今度は子供が出来ればいいのに、とそればかり思うのですよ。孫の顔が早く見たいものです」


 これにはルーシーとテオドールは暗い視線を交わし合った。


「まあ、お父さまったらお気の早いこと。こればっかりは授かりものですから、急かされても何ともいたしようがございませんわ。ねえ、旦那さま」


「ああ」


 ジェレミーの顔も引きつっていたように見える。


(もし、ルクレールBL説が本当だったらこの夫婦はまだ何もいたしていないわよね、子供なんて出来るはずないじゃないの!)


 テオドールも同じ事を考えていたに違いない。


(ああ、ルクレールさまに対してイケナイ妄想を繰り広げてしまうわ……めくるめくビーエルの世界……駄目ダメ、ルーシー! もう、これも全てお姉さまとルクレールさまのせいですからね!)



 そして食事の後、未だに他人同士のような夫婦とテオドールの三人は王都へ戻って行った。




***ひとこと***

ルーシーは婚約破棄をしたばかりのステファンに対してどうしても積極的に出られません。


さてアナ夫婦の方も相変わらず他人のような雰囲気であります。ルーシーはまたまた勝手な憶測を……

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