復興

第十四話 盗人を捕らえてみれば我が弟子なり

 王都のラプラント商会の事務所でロレッタと向かい合ってステファンは話している。


「いや、お茶はいいよ。ジャコブはいつ頃帰ってくるか分かるかな? ちょっと彼に話があってね」


「さあ……彼、今日はそのまま帰宅するかもしれないわよ」


 部外者のロレッタに店番を任せて出かけたジャコブに無性に腹が立ったステファンだった。もしくはロレッタが留守番をすると言い張ったのかもしれない。


「じゃあ、もうジャコブは待たずに店じまいするかな。君はまたお友達の所に泊まっているの? 送って行くよ」


「まあ、ステファンったら久しぶりに会ったというのにつれないのね。夕食をご一緒しない?」


「うん、そうだね」


「じゃあ、そこの角の食堂で六時頃でいいかしら?」


「ああ。じゃあね」


 ロレッタと別れた後、ステファンはジョエルの作品の売れ行きを確かめに卸し先を訪ねたり、知り合いの実業家と会ったりした。


 そして夕刻、ロレッタと約束の時間に商会のはす向かいの宿屋兼食堂へ入った。ロレッタは既に来ており、テーブル席で葡萄酒の瓶を開けて飲んでいるところだった。


「お疲れさま、ステファン」


「うん。流石に一日中動きっぱなしで疲れたね」


「葡萄酒、貴方もお飲みになるでしょう?」


「いただくよ。ありがとう」


 ステファンはロレッタが注いでくれた香り高い葡萄酒のグラスに鼻を近付けた。


「君のグラスは空じゃないか、おかわりは?」


「私はもう十分頂いたからいいわ」


「待たせてしまったみたいだね。ごめん」


「いえ、そうでもないわ」


 そしてステファンはその赤色の液体を口に含む。予想していたよりもずっと甘い味がしたので思わずその酒瓶を見て産地を確かめた。


「どうかしたの?」


「うん。これ意外と甘いね。ちょっと甘ったるすぎるくらいだ」


「えっ? そんなに……私はそこまで甘さは感じなかったけれど……」


「でもこれは僕の気のせいじゃないよ」


「ほ、他のものを頼む、ステファン?」


「いや、もう水でいい」


 そしてステファンは給仕に水を注いでもらい、その葡萄酒にはもう口をつけなかった。




 食事の後、店の前でロレッタを送って行くと言うステファンに彼女はしなだれかかってきた。


「ねえ、ステファン、私今夜は帰りたくないわ」


「そういう訳にはいかないよ、ロレッタ。お友達だって変に思うだろう、未婚の君が外泊なんてしたら」


「彼女にはちゃんと言っています」


「それでもゴスランのお父上にも合わせる顔がなくなるから、駄目だよ。それに僕は今晩はペルティエ家に寄ることになっているんだ。アントワーヌに大事な話があってね。彼が仕事で遅くなるって言うから、夕食後のこれから行く約束をしている」


 そしてステファンは不満気なロレッタを友人宅に送り届け、その夜はアントワーヌの屋敷に泊まった。


 翌早朝、ステファンはアントワーヌにある場所に連れて行かれる。彼にとても重要な用事だと言われ、黙ってついて行った。


「アントワーヌ、この家は君がずっと借家として借りていて、少し前に買い取った家じゃないか?」


「ええ、そうです。ステファンさん、ここでお見せしたいものがあるのです」


 ステファンは正面玄関でなく、裏口から中に通された。二人が入った所は厨房で、アントワーヌは彼に声を潜めて告げた。


「これからステファンさんが目にすることは、衝撃が大きいかもしれませんが……声は出さずに静かにしておいてください」


「えっ、何なの一体?」


 ステファンもつられてひそひそ声になる。


「この壁の穴から居間の様子が伺えます。音も筒抜けです」


 その穴を覗いた彼が見たものは、椅子に座って縛られている一人の男だった。その男が誰かはすぐに分かった。


(ジャコブだ……どうしてここに? だから昨日の午後商会に居なかったのか?)


 アントワーヌとの付き合いは長い、彼が意味もなく人をさらって監禁するわけはないということは分かっているが腑に落ちないステファンである。


 隣に居るアントワーヌを驚いて見ると彼は唇に人差し指をあてている。


 居間にはもう一人男が居た。ジャコブの隣に立っている彼の顔は穴からは良く見えない。


「お願いです、正直に全てお話しました。何が目的かは知りませんが、解放してください! こ、これから自首しますから……」


「それがなぁ、ジャコブさんよ、アンタがまだ知らないことがあるんだよなぁ……それにな、裁きを下すのは俺でも王都警護団でもないんだよ」


 その声を聞いてもステファンには心当たりはない。




 その時正面の扉を激しく叩く音がした。


「おっ、役者が全て揃ったようだぜ」


 ステファンの知らないその男はちらりと厨房との間の壁を見たような気がした。彼はそこにステファンとアントワーヌが居ることを承知のようである。


「えっ、もしかして若旦那様が?」


「いや、アンタの共犯、というか主犯だな……」


「えっ、ど、どうしておじょ……」


 その男は慌てるジャコブの言葉を遮って続けた。


「こんなこと言ったら不謹慎だろうが、これからだぜ、面白くなるのは。さあ修羅場というか泥沼の幕引きの始まり始まりー」


 そして男は正面の扉を開けに行き、ある人物が居間に通された。そして入って来るなりキンキン声でわめいているその人物を見てステファンは目を見開いた。


「な、何なのよアンタは! ステファンはどこよ?」


「これはこれはロレッタ・ゴスラン嬢、愛しの婚約者でなくて申し訳ありませんねぇ。こちらにはジャコブさんもいらっしゃいますが」


「ジャコブ、貴方!」


「お、お嬢様、申し訳ございません!」


 ジャコブは涙声になっている。ステファンにはまだ何が何だか分からなかった。男が口を開く。


「さて、ゴスラン嬢。貴女に聞かないといけないことがあります。この紙包みの中の白い粉に見覚えがあるでしょう?」


「し、知らないわよ、そんなもの!」


「では、私が説明致しましょうか。闇の薬師から手に入れましたね、確か十日ほど前のことでしたねぇ」


「……」


「おや、何もおっしゃらないなら私が申しましょうか。睡眠薬の一種ですね。こちらが本物で、貴女が昨晩使ったものは私がすり替えた粉砂糖です。本物は舌が少し痺れるような苦みがするのですがね」


 そこでステファンは昨夜ロレッタに勧められた酒がやたら甘かったことを思い出した。


「この先も私が貴女の代わりに申しましょうか? ジャコブ氏にも知る権利があるでしょう?」


「いいわよ! そうよ、私が昨日ステファンに飲ませて眠らせようとしたのに、全然効かないのですもの! アンタのせいだったのね!」


「婚約者様に睡眠薬を盛って彼と一晩一緒に過ごしたという既成事実を作るつもりだったのですね。それでも昨晩ラプラント様は酩酊もせず、正気のままペルティエ家に泊まりました。作戦大失敗です」


「お、お嬢様なぜそんなことを……」


「子が出来ちゃったのよ!」


 壁一枚を挟んでいるステファンとジャコブはそれぞれ同時に驚きで息を呑んだ。




***ひとこと***

皆さま既にお分かりでしたね、オチもヒネリもない、こんな顛末です。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る