第十三話 知らぬは本人ばかりなり

 ルーシーは王都に三日滞在しただけですぐにステファンとボルデュック領に戻った。仕立て上がってくるドレスは式の直前に合わせる予定だった。そして結婚式の数日前に再び今度は父のジョエルと共に上京する。


 王家とも繋がりのある侯爵家の結婚式は流石に何もかもが豪華で素晴らしかった。実の弟の結婚式ということで、ミラ王妃も大聖堂での式だけには出席していたこともあり、規模もなかなかのものであった。


 清楚な白い花嫁衣裳のアナは目が覚めるような美しさだった。割に地味な顔立ちのアナだが、妹のルーシーでさえ彼女が婚約した頃から何となく美しくなったと感じられた。


友人のミランダとソフィーによると『恋をすると女は綺麗になるものなのよ、それが苦しい恋だと尚更ね』だそうだ。


(お姉さまはルクレールさまに苦しい片思いをされているのね……)


 花婿もため息が出るほど秀麗であった。近衛騎士の正装なのだろう、純白の騎士服には金糸の装飾に数々の勲章が煌めいている。


 大聖堂のなかで行われるおごそかな式は日常を忘れさせてくれた。




 式の後、ルクレール侯爵家で行われた晩餐会もまた華やかなものだった。アナは夜会用の濃い桃色のドレスに着替え、これもまた新郎の白い騎士服に映えて目の保養になった。


 ただ、新郎新婦二人共、大聖堂に入場してくる時から表情が硬く、ルーシーの不安を益々あおった。


(お二人の表情だけ見るとまるでお通夜だわ……)


 それでもアナは晩餐会ではぎこちないながら微笑みを絶やさなかった。晩餐の後は大広間でダンスが始まった。色とりどりのドレスがひらひらと楽曲に合わせて舞う。


(素敵ね……私もこんな優美なダンスが踊ってみたいわ……)


 素っ気ないジェレミーに比べ、ジェレミーの両親や妹のフロレンスは気さくな優しい人々だった。


 礼儀作法のなっていないだろうルーシーも、田舎貴族のジョエルも馬鹿にするような態度など露ほども見せないのである。アナのことも、純粋に侯爵家の嫁として喜んで迎えてくれている様子だった。


(ルクレール家の皆さんはいい方ばかりだから、お姉さまも上手くやっていけると願いたいわ……)


 豪華できらびやかな一日が終わるとルーシーもお姫さまのようなドレスを脱ぎ、再びボルデュック領での日常が待っている。




 父ジョエルはアナとの別れの時に少々感傷的になって涙をこぼしていた。


「アナはルクレール様に嫁いで、秋からは念願の貴族学院にも編入するし、短い間に色々なことが一度に起こって生活が一変したねぇ。我が娘ながら何だか信じられないよ」


「そうですね、お父さま」


「私たちも頑張らないといけないね」


 乗り合い馬車でジョエルと故郷に帰る道中ルーシーは一人つぶやいていた。


「私のような貧乏貴族にはここでの生活の方が向いているのよね。あんな豪華絢爛な場は肩が凝るわ」





 本当に今年の夏は降雨量も十分で、秋が近付くにつれ領地の皆は収穫祭を楽しみにしている。ステファンの働きのお陰もあって、例年にないくらいの豊作が見込めそうだったのだ。


 感謝祭ももうすぐという頃、ステファンは再び王都に行くため数日間留守にすることになった。ルーシーはボルデュック領で収穫したばかりの梨を大量にステファンに託す。


「ステファンさんが次回王都にいらっしゃる時にはもう一回り大きな荷馬車でないと積めないくらいのお土産の量になりますわ」


「そうだね。二頭立ての荷馬車に買い替えてこないとね」


 こんな冗談も言えるようになったのがステファンもルーシーも嬉しかった。ルクレール侯爵家や伯父宅、アントワーヌにラプラント商会の従業員や知り合いなどへのお土産で一杯の荷馬車を引いてステファンは王都へ向かった。




 その数日前のことである。王都のとある場所でアントワーヌは一人の男と話をしていた。


「ドウジュ、それで何が分かったの?」


「若、ジャコブの野郎が盗んでいたのは商会の金だけじゃありませんでした」


「えっ、どういうこと?」


「かくかくしかじかで……」


 そのドウジュと呼ばれる人物の報告にアントワーヌは息をのんだ。


「ステファンさんなら来週王都に来るって文が来たよ。今回もまた数日間滞在するって。その間は僕の屋敷に泊めてくれって頼まれたのだよね」


「ラプラント様もそれが賢明ですよ。私が思うに、その時に黒幕さんも登場して一悶着起こすはずですよ。私も奴らがここ王都で動いてくれた方がやり易いですね。ボルデュック領は縄張り外ですし」


「ラプラント商会に顔を出してそれとなく彼が来るって知らせておこうかな?」


「それは名案ですね」




 その後アントワーヌはラプラント商会の事務所に寄った。いつものようにジャコブ一人が居る。


「あっ、これはペルティエの若様、いらっしゃいませ」


「こんにちは、ジャコブ。最近商売の方はどう?」


「そうですね、少し葡萄酒の売れ行きも落ち着いたと申しますか」


「ところでステファンさんは今王都に滞在中なのかな?」


「え? いえ。私は存じませんが……」


「うん? 僕への文には今日から数日間王都に居るって書かれていたけれど。予定が変わったのかな?」


「そ、そうだったのですか……」


「いいよ。じゃあまた明日か明後日にでも寄るから。お邪魔したね」


 アントワーヌはそして事務所を去った。が、窓のすぐ側、事務所内のジャコブからは見えない所でしばらく待っていると少し開いている窓から彼の声が聞こえてきた。


 涼しくなってきたとはいえ、初秋の暖かい日である。


「わ、若旦那様が帰ってこられるそうです。私、今度こそ正直に全て話します、もう耐えられません!」


 そこで事務所の奥に居たのか、もう一人の声もアントワーヌの耳に入ってくる。その人物はジャコブの考えには反対のようである。


(黒幕さんはこちらが思った通りの出方をするみたいだね。ステファンさんの気持ちを考えると……やりきれないな……)




 そしてその数日後ステファンは予定通り、アントワーヌに知らせた日に王都に着く。


(王都に着いたら最初に商会に寄るかな……はぁ、何だか気が重いな……)


 ところが、ラプラント商会にはジャコブは居ず、留守だった。事務所には誰も居ないというのに扉には錠がかかっていない。


「ジャコブの奴、戸締りを忘れたのか? 不用心だな……」


 そう言いながら中に入ると、若い女が奥から出てきた。なんと彼の婚約者のロレッタである。


「あら、ステファン、いらっしゃい。お久しぶりね。ジャコブなら出かけたわよ。集金か何かじゃないのかしら?」


「ロレッタ、君も王都に居たの? でもどうしてここに?」


「先日ね、ジャコブから貴方が王都に寄るって聞いたから私も滞在を延ばしたの。まあお座りになって。お茶でも飲みますか?」


 アントワーヌやアナには文を書いて知らせたが、ジャコブには王都に来ることを言っていなかったのにどうしてだろう、とステファンは不審に思った。




***ひとこと***

アナの結婚式は無事に?終わりました。


さて、今度はステファンの方です。ドウジュの言うように次回一悶着起きます。お楽しみに!

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