第八話 触らぬ義兄(あに)に祟りなし

 ルーシーの部屋での秘密会議はまだまだ続き、さらに議論が白熱してきた。


「でもな、そうしたら姉上は奴の弱みを握っていることをちらつかせて大金を巻き上げるだけで、結婚までする必要はないんだよなぁ」


「あ、お姉さまはき遅れる前にご自分が結婚したかったのではないですか?」


「俺も人のことは言えないけれど、お前も結構酷いこと言うなあ! そうか、奴は貴族の体面の為に結婚……あ、そうだ、やっぱりこれは……あ、いや……」


「何ですか、お兄さま言いかけて途中で止めないで下さい」


「だ、だってお前に聞かせるには適切でないから……」


「そうやって皆私のこと子ども扱いするのですから! お兄さまだって私より二つ上なだけです! 私も来年には十五で舞踏会にも出られるレディーですわ!」


「招待されないし! 大体招待されても場に見合うようなドレスを仕立てる金もないし!」


「そんなこと分かっています!」


「そんなにゴネるんだったら言ってやるよ、でも姉上にも父上にも誰にも言うなよ!」


「分かりました!」


「ルクレールの野郎は女性を好きになれないという可能性だ」


「ええっ! 世に言うBLですかっ?」


「しぃー! 声が大きい! てかお前、そんな言葉どこで?」


「私、庶民に混じって育っていますから……」


「はぁ……亡き母上が草葉の陰で嘆いているぞ……」


「でも、私が庶民の使う俗語を知っているのは私のせいではありません!」


「まあだからな、ルクレール氏が同性愛者だとしよう。姉上は何故かその重大な秘密を知っている。それをバラされたくない彼はボルデュックに大金援助することに合意した。そして二人は便宜上の結婚をして、ルクレール侯爵家の体面は守れる。ついでに姉上もオールドミスになる前に嫁げるというわけだ。世の中何でも需要と供給で成り立っているんだよね」


 うんうんと一人自分の仮説に満足しているテオドールにルーシーは暗い視線を向けた。


「そ、そうだとしたらお姉さまは結婚してもルクレールさまと本当の夫婦になんてなれないのですか? 跡継ぎも生まれない?」


「直接行為を行えなくても跡継ぎ問題なんて何とでもなる。種を畑に注入するとか、良く似た男を種馬にするとかね、金だけはうなるようにあるのだから」


 子供のルーシーには聞かせられないとか言いながら、テオドールも益々際どい話に力が入っている。


「えぇー! ヤダァ!」


「姉上はそれだけの覚悟をしてボルデュック領の為に大金を手に入れたということだよ」


「……お姉さま……」


 ルーシーだって夢見る女の子だから将来は素敵な旦那さまと子供達に囲まれた幸せな家庭を築きたいのである。そこまで自分を犠牲にした姉に申し訳なくなってきた。


「まあそう沈むな、ルーシー」


「それでも……」


「今はルクレール家の金で何もかもまかなわれているが、領地も復興させて、すぐに僕も医師として働いて、何年かかっても借金は返済してやる!」


「そうですね、お兄さま!」


「僕達だっていつまでも姉上の小さなテオとルーシーじゃないんだからな!」


 アナの婚約はそこまで弟と妹の目にも奇異に映っているのだった。





 ボルデュック領の春祭りは秋祭りと並ぶ領地の二大行事である。春祭りはその年の収穫を願い、秋祭りではその年の豊作を神に感謝するのである。


 春祭りは春の乙女が町の広場に設けられた祭壇上で小麦の種を鉢に植える儀式で始まる。春の乙女は領民の少女の中から毎年選ばれ、アナもルーシーもそのえある役を務めたことがある。


 今年も家族皆元気に春祭りが迎えられることとなった。あとは恵みの雨と十分な日照、天候に恵まれて収穫が見込めればいいのだが、こればかりは自然が相手で何とも言えないのだった。


 今年は例年のこじんまりとした祭りよりも少し豪勢だった。今年の祭りの為にアナは奮発して食事とお酒を差し入れていた。婚約者ジェレミーの援助のお陰に他ならない。


 領地民総出で町の広場を飾り付け、自分たちで食料と飲み物を持ち寄る。儀式の後は神に供え物をし、楽器の演奏が出来る者で音楽を奏で夜更けまで踊るのである。


 春と秋の祭りに独身の男女が二度以上続けて参加するとその二人は将来結ばれるというのがボルデュックの俗信として知られている。特に若い娘達はおめかしして出かける。


 不作続きでここ数年は祭りの規模も小さくなったとは言え、未だに領地挙げての大行事であった。


 当日、ルーシーはアナとテオドール、それにステファンも連れ立って四人で出かけた。町の広場に組み立てられた小さな壇の上では、今年の春の乙女が鉢に小麦の種を植える儀式が行われた。


 その鉢は他の供え物と一緒に教会に持って行かれる。その後は皆に飲み物や軽食が振る舞われ、男女が輪になって踊り始めるのである。例年、不作続きだったが、毎年この祭りだけは皆希望に満ちた思いでいっぱいなのだ。


「広場の噴水の周りで男性と女性が二重の輪を作って踊るのです。ラプラント領にも同じような舞踊がありますか?」


「そうだね、でもラプラント領は皆一列になって踊るね」


「ここでは一度腕を組んで回って内の輪と外の輪が入れ替わって、それから一人ずつずれて踊る相手が変わるのです」


 ルーシーはステファンと踊れるのではないかと少々興奮気味だった。ルーシーはステファンに直接誘われたわけではないのだが、とりあえず彼が他の女性を誘っていないことにホッとしていた。


「ルーシー、僕と踊ろうよ!」


「僕もー!」


「ルーシーお前、年下男子にモテモテだな」


 テオドールに揶揄からかわれてむっとしているところに、彼女の親友たちもやってきた。ソフィーは小間物屋の息子と一緒で、ミランダは一人だった。


「ルーシー、お子ちゃまたちと一通り踊ったら大人の輪に入って来なさいよね!」


「ええ」


 広場の隅で子供達も小さい二重の輪を作って踊っているのだ。


「よう、テオ久しぶり!」


「元気にしてるか?」


 テオドールは友人達と何処かへ行ってしまった。


「いつも思うけれどルーシーやテオはお友だちが沢山居ていいわね」


 二人と年の離れたアナは家が裕福だった初等科までは屋敷で個人教師に教わっていた。その後家計が傾きだし、中等科から領地の学校に編入したので、周りの子供達からは友人としては見られず、常に領主さまのところのアナお嬢様と遠巻きにされていたのである。


 その夜は結局遅くまで踊って楽しんだ。ルーシーもステファンと何度か踊れて満足だった。


「今年こそは皆の願いが届いて実り豊かな秋になるといいわね……」


 帰りの馬車でアナがそうポツリと呟くので少ししんみりしてしまった。ルーシーもはしゃぎ過ぎて高揚した気分に少し水を差されたが、なるべく明るくしようと努めた。


「大丈夫よ、お姉さま。全てが良い方向に向かっていますわ。今年の秋祭りはもっと盛大に行えるに決まっています」




***ひとこと***

ジェレミーのことを疑うのはルクレール家の御者ヒューさんだけではありませんでした。(奥様番外編『御者』参照)


それにしてもルーシーとテオドールも勝手な憶測で大盛り上がりであります。

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