第四話 人を見たら金持ちと思え

 その日の夕食はまた人数が増え、より賑やかなものとなった。アナが王都でその朝に買ってきた肉も食卓に花を添えた。


「おおアナ、牛肉なんて久しぶりだ、うん美味しいよ!」


「アナお嬢さま、またお痩せになったのでは? もっとお食べになって下さいな……と言ってもおかわりは茹でたじゃが芋とスープしかございませんけれど……」


「じゃが芋がたくさん安く手に入ったの、マリア?」


「えっと、実はそれ私が……」


 ルーシーがステファンに会った時のことを再び説明して食卓はさらに盛り上がった。


「それにしてもうちの長女は王都に出て行ったと思ったらあっという間に婚約だなんてなぁ……」


「おめでとうございます、お姉さま」


「ありがとう」


「お母様もさぞかし喜んでいるだろうね……」


 ルーシーの父ジョエルは何かにつけて亡き母のことを話題にする。ルーシー本人は母親のことを全然覚えていないが、ジョエルから彼女についてはいつも聞かされている。


 それに母屋にもアトリエにも屋敷中にジョエル自身が描いた母の肖像画が飾られているのである。赤ん坊のルーシーを抱いている母親の絵が彼女は一番好きだった。


 頼りない父親だったが、母親と深く愛し合っていたという事実はルーシーの寂しさを少しだけ紛らわせてくれている。周りから再婚を勧められるジョエルもそんな気にはなれないと、ずっとやもめのままなのだった。


「お姉さま、婚約者のルクレールさまはどんなお方なのですか?」


「とても立派なお方でいらっしゃいます。私の領地の状況にも理解がおありで、快く援助をして下さいました。お陰でステファンさんに来ていただけて、本当に良かったですわ」


「……そうですか」


(髪の毛や目の色とか、どんなにカッコいい方なのかとか、お姉さまのことをどれほど愛していらっしゃるのとかが聞きたいのにぃー)


「彼が思っていた以上に気前良く援助して下さったので、素人が闇雲に大金を使うよりもどなたか領地の運営に詳しい人を雇った方がいいかと思ったのです」


「それでアナさんはアントワーヌに相談されたわけですね」


「ええ。彼はすぐにステファンさんの名前を挙げていました。私、アントワーヌのことは信用していますから、是非にとお願いしたのです。最後に彼に会った時、ステファンさんによろしくとおっしゃっていました」


 ルーシーは拍子抜けしてしまった。ジェレミーとアナがどう呼び合っているかとか、ロマンティックな馴れ初めとか、十代の女子はそういう事が知りたい。なのにアナは婚約者のことは苗字に様づけで、ただの友人のアントワーヌは名前で呼び捨てている。


(アントワーヌさんとの方が婚約者よりもずっと親しいのね……変なの)




 夕食後、アナはステファンとピエールと三人で書斎にこもって何やら話し合っていた。きっとルクレール家からの援助金の使い道についてだろうとルーシーは思った。


「私だって領地再建のお手伝いがしたいのに……」


 水仕事も出来なくて、彼女一人が何もすることがない役立たずのようだった。


「お嬢さま、そんなむくれないで下さいませ。お茶でも運んで行ったらどうでしょうか? 話し合いに入れてもらえるかもしれませんよ」


「そうね、ありがとう、マリア」


 ところがルーシーが書斎にお茶を持って行ったのはいいが、あまりに議論が白熱していて彼らは彼女の方に見向きもしなかった。


「農機具の新調にはこのくらい、用水路の整備にはこのくらい見積もって下さい」


「領民に助成金を支給するよりは年貢を取り立てず、領地税をそのまま立て替える方が手間が省けますね」


「今年のうちに果樹園にも力を入れられるでしょうか?」


 ルーシーには全く入り込む余地もなかったのである。




 そして翌朝三人は連れ立って領地内の用水路を視察しに早くから出掛けた。ルーシーが登校すると下級生の一人が大きな袋を彼女に差し出した。


「ルーシー、これうちの母ちゃんがお屋敷の皆さんにってさ。アナお嬢さまが帰って来たって聞いたから。うちで採れた香草や野菜」


「ありがとう」


 別の子供からは小さな花束を渡される。


「アナおじょうさまにあげて」


 それ以外にも数日前からアナが帰って来ると聞いた領民が次々と屋敷にも差し入れを持って来るのだった。


(今更だけどお姉さまは皆からこんなに慕われているのよね……誰もそんな生活に余裕があるわけでもないのに……)


「あーあ、私って情けないわ……」


 自分の席についてボヤいていたルーシーだった。


「ルーシー、何そんな不機嫌そうな顔してるのよ」


 二つ上のミランダだった。


「私も早く大人の女になりたいわ」


「は? 何よそれ?」


「ルーシー、何があったのか知らないけれど元気出しなさいよ」


 こちらは同い年のソフィーだった。ミランダは宿屋の娘で、ソフィーの家は仕立屋を営んでいる。


 教師を雇う余裕もなかったボルデュック家ではテオドールもルーシーも初等科から領地民の学校に通っていたのである。幼い頃から領地の子供達と一緒に学んでいるので彼らは身分の違いを越えて仲良くしている。


「ええ……昨日姉が帰ってきて、他にも色んなことがあってね、自分の無力さをひしひしと感じているのよ……」


「貴女も苦労が絶えないわね」


 そこで始業の鐘が鳴った。その日の午後は花束に野菜の袋に、大荷物を抱えての帰宅になった。


「この姿をステファンさんに見られでもしたら、また怪我が悪化するなんてお説教されるに違いないわね……」


 ルーシーは勝手口からこっそりと屋敷に入った。




 その頃ミランダの家の宿屋兼食堂ではミランダとソフィーがお茶を飲みながら話し込んでいた。ステファンがボルデュック家への道を聞いた、あの食堂である。


「今日のルーシー何か変だったわよね」


「ええ。好きな人でもできたのかしら」


「あのルーシーがねぇ。学校じゃないわよね。男子は皆ガキばっかだもの」


「ええ、でもこの町でもルーシーが恋に落ちるような人って思い当たらないわ」


「うーん……そうなのよねぇ……もう少し様子見ね、これは」


「ミランダ! そこで油売ってないで手伝いな!」


「はぁーい。全くもう、看板娘はツライよ……」


「じゃあね、ミランダ。また明日」




 それからというもの、アナとステファンはどんどん領地の再建に向けて精力的に動いていた。それにしても、ルクレール家からの援助は並大抵の額ではないということが子供のルーシーにも分かった。


 ボルデュック領の復興に向けて、新しい農機具の購入、用水路の整備などは着々と進んでいるようだった。




「返済の目途も立たないような零落れいらく貴族にそんな大金をポーンと払ってくれるなんて……どんなに気前がいい人なのかしら、お姉さまにベタ惚れ?」


 どうしても誰かがアナをそこまで盲目的に愛するだなんて信じられないルーシーである。アナには失礼かもしれないが身内ゆえ、逆に客観的に冷静になって考えてみるのだった。


 アナは大金持ちと婚約した割には着たきりの綿のドレスばかりだし、せめて教会に行く時くらいはもう少しまともな格好を、とルーシーまでもが思わずにはいられないくらいである。


 大金持ちなら愛しの婚約者にドレスでも装飾品でも山ほど贈るのではないだろうか……領地に来ている間だけあまり派手な装いをせず、周りに合わせているにしてもみすぼらし過ぎる。



***ひとこと***

ルーシーはアナの婚約に対して疑問を持っていますねぇ。無理もないです。

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