14.さらに過去へ
なんだ、ヤマメの手記の内容で貶めようって話はなかったのか?いつから変えたんだ。細い瞳はいくら見ても見返してくるだけで、何の感情も表さない。
「ヤマメを戻してきた理由は?」
「おそらく、エレメトの一族を一網打尽にしたことが一番意識付けしやすいと思った。作戦はこう。ベイズが感情をつくり、その中に君が――」
私たちだけでこんなことしてもいいのだろうか。セキウに相談したほうがいいような…。あいつはあいつで忙しいか。
宝石はまだお飾りのまま。
「元素魔法の詠唱。それは命令に似ている。自分がこの世の全てであるように思いこむこと。これが必要だ。それを最大限にするために詠唱する。だから、呪文書なんて
売られていても買うんじゃないぞ。自分で作るんだ。私が教えたいのはここまで。何か聞きたいことがあればまた来てくれ。」
マモリの教室。今日もまた顔ぶれは一緒でまじめに聞かれていた。人がいなくなるころには、魔法使いには似合わないジャージ姿に戻っている。芋ジャージとはいっても普通のジャージではない。後ろ表、どちらにも同じように表が付いている。裏がない。つまりは両面にチャックが付いている。
人気のなくなった部屋に、ベイズが隣の物置用の部屋から入ってくる。足が向こうを向いているから、ベイズには背中しか見えないが、口と目は背中の方にあるように
「ベイズ、もう入ってきたのか」
ふだん、真正面に向いて話すよりはっきりした音で尋ねられた。
「言っていたな。私が背を向いているときに姿を見せるなと。」
少年ベイズは、確かにマモリの後頭部で目が光るのと、音が反響することで髪が揺れ動くことを見た。
「おや、二人の間に何か起こったようだ」
ベイズが少しずつ後ずさって部屋を出ていく。出たとたん、踵をかえして、玄関の方へ向かって走り出した。
「チャンスを失う!!チョウメイ!ルイ!彼をこの部屋へ誘導しろ!!」
宝石たちは実体である宝石部分だけを残して、部屋から出て行った。
スイセイは落ちる宝石の下に、水を這わせてコロに聞いた。
「それは会話までわかるのか」
「ああ。ここは小さな私の城だ。残念なことに一か所ずつしかみられないがな」
ホログラムの中に、ほのかに光るチョウメイとルイが現れて、ベイズを取り囲む。人当たりのよさげなチョウメイがまず、話しかける。
「どうしたの?一人で森に出てくのは危ないよ。王様がいるからそこに行こう」
黒いてるてるぽうずのルイを方をベイズが見るとルイは微笑んでうなずいた。
三人は元来た道を戻っていく。
「やあやあ、ベイズ君!マモリが急に怖くなって驚いて逃げ出しちゃったんだな。よーしよし」
しゃがんでベイズの頭をなでる。ベイズは小さな口から言葉をもらさないよう固く歪めている。スイセイはこの光景と、コロの言葉を聞いて、
何もベイズは言ってないのに、見てたことバラすような言い方を平然としたなあ。その秘密の地図結構教えるんだなー。
と、コロ王の責任能力についてかんがえていた。
「でね、ベイズ君。ふたたび、君に働いてもらいたいんだ。スイセイと一緒にね」
ベイズがスイセイを見上げる。スイセイの赤い目に比べて色が褪せていて、自然な色の瞳が優しく目に入る。
「わかった」
ということで、アライザ図書館。なぜかまた道が拓かず、テレポーテーションを繰り返して移動したが非常に時間がかかった。当時シルヴィアに何が起きていたかは後にして、まずは扉を開こう。
1日。スイセイはたった一日だけこの図書館を開けていた。コロの命令文を頭の中で音に変換してから、マモリがツキヨに「帰れ」的なことを言うまではツキヨの行動はスイセイが制限する範囲内だった。
だが、スイセイの静止が無くなった途端、図書館への訪問者がもと帰るべき時間に戻らなくなった。
人のオーブ化はかつてはフヨウの仕事で、フヨウの考えによってはツキヨからの指示も却下し、別の方法で対処したりした。
扉を開く間、ぐるぐると終わらない懺悔を行っていた。図書館の中は昔、フヨウが【電気】を巡らせてくれたお陰で夜であろうと明るい。だから昼間である今も、当然ながら明るい。
「ツキヨ。紹介したい子がいるんだ」
コロ王の策略通りの言葉を呼び掛けた。
「紹介したい子?昨日帰ってこなかったのはそのため?」
疑問を投げかける時の抑揚はある声だが、不思議そうには一つも思ってはいない。いや、思う部分もない。あれはただの猿真似だ。
「そうだ。覚えているか。フヨウのこと。フヨウの分身が見つかったんだ」
「それは本当かい」
吹き抜けをゆっくりと、降りてくる。前髪から覗かせた片目がベイズのオレンジの髪をとらえる。
「なんと、本当にそのようだね。ちょっと、色が褪せているような気もするが、分身なんだし仕方ないか。ギフトはどんなもんだ?」
そのままツキヨはベイズに触れる。
よし、触った!!
ベイズは頭の上にあるツキヨの手をつかみ、片目を一つ残し、体全身が黒くなった。それに驚いたツキヨは手を引っ込めようとするが黒いベイズの握る力の方が強い。大理石の指を切り離し、空気が詰まった手のひらからを救い出そうとするが、それもむなしく、ベイズの闇に飲まれていく。
「なんだ、こいつは。スイセイ!!」
隠れた片目を光らせながら声を荒げて飛ばされる。
「いっただろ。フヨウの分身だ。俺は嘘はついていない」
大理石の顔に闇がにじむ。それでもツキヨは抵抗を続けているが、ベイズはびくともしない。ベイズの口元だと推測できる場所が白く開いた。
「コレカらお前ニ、罪悪感をツクリだス。少しハ、他の気持ちを汲めるようにナルダロ」
「…忠告しておく。」
光らせていた片目を前髪から現す。
「現王は、厄災をもたらす。僕にも及ばない力を手中に収めて。そっちがその気なら僕は身を引く。使い物にならないオーブはかえす。本当、最後まで気づかないんだから。」
ベイズの方を一瞥してから、ツキヨの体は中心の方に集中しだした。ベイズの闇をそのまま残して。
「スイセイ。君なら僕の言うことが理解できるはずだ――」
風のような音が図書館にこだまする。
「――僕の後につくられ、ボクと共にこの世界を作ったんだから――」
ザンッ
一筋、水を滴らせた。ツキヨじゃなく、ベイズに。
二人の聞かれては聞けない記録。だが、もとをたどっていけば必ず誰もが気づいてしまう記録。
水が当たった部分から闇が晴れてゆき、普段のあたたかな白色があらわれてくる。同時に、ツキヨの言ったことを忘れさせる。
昔からの自分の役割。身に沁みついたそれは相手に悟られるより早い。
ツキヨは既に姿が見えなくなって、中心になっていた場所からオーブをいくつか落とした。
その中の赤と白のマーブルのオーブをまず拾って、ベイズと同じように記憶を組み替え始めた。
他のも同じように。
息をついて、伸びているベイズを担いだ。他はオーブから戻し、図書館の外を出てから気が付くよう歩かせた。
4年ぐらいあれば霧散してしまったツキヨも想念程度はもどせるだろう。
そんなことを、うさん臭く、微笑みかけるコロ王に友情の証といわれ、スヌードを首に巻かれながら考えていた。
それまでは、自分がコロ王に近づいてコロ王を抑制しなければいけない。
「コロ王は不調和をご志望ですか」
「そうだね。不調和は大いなる調和を呼ぶ。」
ベイズはマモリではなく、シルヴィアの家に帰した。けして、連絡が取れないわけではないが、マモリは自身の家に帰ってこなくなったのだ。教室として使われていた部屋もいつの間にやらもぬけの殻になっており、行方を眩ました。
ヤマメは再就職という形で、マルーリの従者に落ち着いた。マモリが声をかけない限り姿を現さなくなったことには、複雑な顔をしたが
「まあ、あの子の親のリウも連絡しない限り戻ってこないし、エレメトの本質なんじゃない?」
と気丈にふるまった。
時は流れ、学校に活気があふれだした頃、また事態は動き出す。
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