2.式典

 アライザ・スイセイがミキ・ツルホと例の建物に着いた頃には、既に人だかりができており、式典の会場に入ることは困難だった。体温の上がりやすい体質であるスイセイは、中に入ることを諦めて自分の体に埋め込んでいた文字石を手から取り出した。これは対になっていてもう一つはマルーリが持っている。

「入れそうにないね」

 白と赤の髪をめでたく編み込んだツルホは人込みを見ながら言った。

「仕方ないさ、式典以上に興味を誘う噂が蔓延してるんだから」

 文字石にマルーリへ、建物の外に着いたということだけを書くとすぐにスイセイの字からマルーリの字に変わった。

 

 霧 晴れるまで 待て


 ツルホは首を傾げたが、長いことこの石でやり取りをしているスイセイには分かった。マルーリがこうして比喩的に返事を返すには訳がある。スイセイの同居人、ツキヨを信用していないからだ。スイセイの背後から音もせず、この石を見られても何のことだか分からないように、こう書いている。ツキヨは大理石みたいなやつで、透き通って重なり生き物のように見えるが全く違う。感情は薄く、記憶力もよくない。しかも国の分からないところで何か計画しているようにも感じる。

 マルーリがスイセイを信用している理由としては、温度のせいで感情が豊かになるスイセイがもつ性質と、体がすべて水からできているからだ。(マルーリもかつては水が必要だったからとかなんとか)

「どこかに座って待とう。」

 ツルホをスイセイが連れているのは、彼女が便利なギフト、なんでも収納できるギフトを持っているので手伝ってもらうために来ていた。

 人の少ないところに移ると、ツルホは懐から風呂敷を取り出してそれを広げた。

 地面に広げた後、素早く引っ張ると下にテーブルと椅子が現れた。

 これは彼女自身のギフトだが、彼女自身はいかさま風呂敷と呼んでいる。

「ありがと…」

 スイセイはツルホに顔をむけず、椅子に座った。ツルホはそれに何も言わず微笑み返した。



 式典が始まったのか、人のざわめきが急に聞こえなくなった。スイセイはそれに気づき、耳を傾けようとするが、そんな必要はなく、マルーリの声が辺り一帯に広がった。

 ほかの入りきらなかった人たちもそれに耳を傾けた。

 マルーリは淡々と、この建物を建設した経緯、先代から受け継いだ仕事、また建物の使用法などを述べていた。どうも、この森に立った建物の短い呼び方としては、「学校」が相応しいらしい。

 学校についての話が終わると、マルーリは話題を変えた。本当はこの話を演説するために人を集めたようだ。


 話題は式典の中心に現れた人物に移った。ツルホと顔を見合わせ、なんとかその人物を見ることに決めたスイセイは、学校を外から観察した。

 式典をしている場所は、天井がなく、吹き抜けになっているらしく、鳥系の異形が屋根に群がっている。

 屋根はダメ。

 ガラス張りになっているところには、既に屋根に収まらないほど体が大きい異形が集まっていて、スイセイ達に入る隙はない。

 外から見るのもダメ。

 学校は三階建て、吹き抜けにもなっている。二階の方には式典の会場に向かって窓が取り付けられてる部屋が見えた。幸運にもそこには誰もいない。誰も入れないようだ。

「あそこだ!」

 スイセイは体から光を反射し輝く物体、オーブを取り出した。

「ツルホさん」

 そう言ってツルホの手を握ると、スイセイはその場から消えた。次の瞬間には、二人が見ていた窓の奥の方に二人の姿が現れた。


 窓のカギを外し、開け、落下防止用の柵に乗り上げてまで、スイセイは会場の中心の人物を見ようとした。ツルホは畳んだ風呂敷から双眼鏡を取り出し、目的の人物を見ていた。

「わあお、彼すっごく先代にそっくりだね。」

「あれって…」

 スイセイはマルーリが忙しい中でも、何度か顔を合わせたことがあった。時には城上町の屋敷に招かれたり、スイセイがツキヨが不在の時に書庫に招いたりもした。その時、マルーリのそばにはいつもあの子がいたことを明確に覚えていた。

「コロ丸?」

「コロまる?でも向こうにはアヴソウル・コロってあるよ?」

「いや…そういえば髪が短いな。胸のあたりまで長かったはずだが、そう簡単に収まるものか?」

「ならんでしょ」

 ツルホは、スイセイの眉間の皺を笑ってまた双眼鏡を会場に向けた。

 スイセイは一人、アヴソウル・コロとコロ丸のコロの部分について考えこんだ。


 マルーリの新王についての演説が終わると、集まった人々は蜘蛛の子を散らすように去っていた。考え込んでしまったことで頭の温度が上がっていたスイセイは、何も考えずにその動きを眺めていた。

 双眼鏡を風呂敷に直したところで、ツルホはスイセイに声をかけた。

「そろそろ、マルーリさんのとこ行ってもいいんじゃない?」

「はっ、そ、そうだね!」

 窓を元通りにしてから、先ほどのオーブを取り出して姿を消した。二人の足が次に地面についたのは、学校の玄関。去っていく人たちが驚いてスイセイを見るが、現れたのがスイセイだと分かると目を背けてそそくさと出て行った。ツルホはスイセイの後ろでそれを睨みつけたが、誰も気にしなかった。スイセイはそれに気づいた素振りはせずに、真ん中に立つマルーリとコロの方に向かった。


 コロは頭に着けた冠を外しているところだった。マルーリは肩の荷がついに下りたのか、ぐったりと、階段に腰をかけている。

「マルーリさん、おつかれさまでした。」

「スイセイ…。どうも、いや、すまないね。君にはコロが王になるなんて伝えられなかった。」

「いえ、マルーリさん。私は王とは一度も会ったことがありませんよ。」

 マルーリは口をふさいで、そのまま口の端を下げた。

「まあ、その時は自分からいうはずだ。私がどうの言う必要はないな。で、だね。君に頼んでいたものは持ってきてくれたかな。」

「はい。ツルホ、出してくれ。」

 ツルホが前に出てきて、風呂敷をマルーリの前に敷いた。今度は引き抜くのではなく、ゆっくりと慎重に上に動かした。風呂敷の下にはいくつもの本が重ねられている。

「うん、ありがとう。」

「これが何の役に立つんですか?」

「ふふん。学校には教育者が必要でね、学問という概念そのものがないエバーワールドでも、こうして本を書いている人物がいるようだから、その力を有効活用してもらおうとおもってね。フヨウもある程度頭が働いた時に、この建物を設計したようだよ。その時のフヨウにも逢いたかったものだ。」

 スイセイが搔き集めてきた本は、エバーワールダー自身が書いた本ばかりだ。それでも数十冊ある。スイセイはどの本も読んだことがあり、どの著者にも会ったことがある。何人かは、ヤマメのギフトが解けたことによって家を失っているということも知っている。

「誘う条件は?」

「安全な住宅の提供。学校の部屋の一部を貸し出す。つまりシルヴィーの期限を損ねない限りは安全に住めるってわけさね。」

 マルーリは、静かにまだ仕事が残っていることに気が付いて、曇りガラスの奥を暗くした。

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