3.二冊の本
マルーリが目を暗くした同時刻、シルヴィアはマモリに付いて学校を見て回っていた。
「二人はどう思う?」
マモリは廊下でも少し開けたところで立ち止まり、シルヴィアとドラコに尋ねた。そもそもシルヴィアはその質問の的であるコロのことをよく知っていないのでドラコの顔を見た。
「え?いや、自分たちの年下にしてみたらかなりしっかりしてるなーって。まあ僕たちが親に王族としての教育をまともにされなかったっていうのもあるんだろうけど。割りと好印象?」
二人の突き刺すような視線にたじろぎながらもドラコは思ったことを伝えた。
「それには同意だ。あれはマルーリさんが教えたのか」
「そんなつもりはなかったって。テイオウガクというのを少し教えていたようだけど、時間に追われて、学校が出来た時にまた教え込む約束をしていたね。」
マモリは元来た道を振り返りながら言った。また二人に視線を戻すと、歯がない口で言った。
「二人をこうして呼んだのは、提案があるからだ」
シルヴィアは少し俯きながら、マモリを見た。こうしているうちにマモリの家にいる謎の人物をすこしでも感じ取れないものかと思っていたからだ。
「ここで学んでみないか」
「へ?」
ドラコは直接的に言葉を取り込み、間抜けな声を出した。シルヴィアは少し顔を上げるぐらいで、まだ森に集中している。
「私はすでにここで元素魔法を教えることになってる。これから元素魔法に間違った形で傾倒してしまう人を減らすためにな」
お前が一番傾倒しているんだろうと集中力を切らしてシルヴィアは口に出さずに思った。
「カルーナも王族代表で、マナーやら作法を教えに来るらしい。ほかには、薬だとか料理だとか芸術だとかに詳しい人も何かしら教えに来るって」
シルヴィアはマモリの言葉に少しの反応も示さなかったが、ドラコは「薬!」と好奇心に満ちた喜びを露わにしていた。
「歴史は?」
「歴史?」
その質問をよく考えながらマモリが聞き返した。
「そうだ、歴史。私が森を統べて手に入れようとしている情報はそれだ。今の王族が成り立つ前からのな」
「私がその時にはまだ生まれていなかったのは知っているな。」
マモリはうんざりした顔でシルヴィアを睨みつける。
「もちろんだとも。だがエレメトは最も長く続く一族の一つ。なにか言い伝えられていて、それを教える人物はいないのか」
「それができるのは今は、私の母と祖父だけだが、あの二人はしない」
ドラコは、ヒートアップしてきた二人の声の間から逃げ出す。どちらの方向に行くか迷ったが、腕を組んだ自分の姉より、拳を強く握ったマモリの方に行った。
「何故しない?ツキヨを恐れているからか」
「師が…ヤマメさんが、『時が来るまで一言も言うな』って。ヤマメさんは、多分、シルヴィーが求めてることを暴露しようとしてる。だけど、今はこの星にいないから…」
そこまで聞くとシルヴィアは踵をかえして、帰ろうとした。
マモリはそれに何も言わなかったが、上着のポケットから棒きれを取り出して、それを軽く振った。ドラコがマモリの手元をのぞき込むと何か文章が書かれた紙が出てきた。
「ドラコ、これを君のお姉さんに」
「うん」
やはり、状況を読めてはいないが、悪いことはないだろうと自分なりに考えてマモリから受け取った。
「それと、明日の明朝、西の海岸に行くといい。君のお姉さんにぴったりの人がそこで占いをしているから、君だけで会いにいくといい。」
シルヴィアはドラコを置いて、もとの吹き抜けのある広間に戻っていた。広間では、ツルホが仕事が終わり帰ったところで、スイセイ、マルーリ、コロの三人がいるだけで、マルーリがスイセイに報酬を渡しているところだった。シルヴィアはスイセイがやけにマルーリと親しいのは知っていたし、スイセイがマルーリへの仕事に対価を求めることがこれまでなかったのも知っている。そんなスイセイのことを
傲慢な同居人に、似ているくせに嫌な奴じゃない。それどころか結構か弱いところがあって、保護したくなる。あいつには、虐待のようなことをされているからな。と思っていることもあった。
「珍しいなスイセイ。何か物をもらうなんて」
「ふぇ?あ、ふぁい」
額に汗をかいて、口の中まで水っぽくなっているスイセイはマルーリからもらった物で大変喜んでいるようだった。
「早くお帰りになったほうがいいんじゃないですか?」
式典でマルーリから授けられた王冠を携えたコロがスイセイの顔を下から覗き込みながら言った。
「うん、そうでふね」
スイセイが抱えているマルーリからの報酬は、二冊の本だった。どちらも同じ題名だが装飾が違う。それを手に取り込もうとするが、かなり溶けているため落としそうになったことで、取り込むのをあきらめ、袖でつかみ持って帰った。
できるだけ涼しい道を通らせてやろう。そうシルヴィアは思った。
スイセイは、テレポーテーションのオーブを使いながら図書館への長い道を歩いていた。テレポートといっても、ほんの少しずつで、せっかく開けた道から逸れるとどこへ行くか分からないので道に沿って移動していた。
抱えた2冊の本を見ながらスイセイは考えた。
異星人永世見聞録。
マルーリがこの星に降り立ってから、先代が亡くなるまでのマルーリの日記のようだった。途中から書き始めたもののようだが、日記だ。図書館に入る前に読むことにした。
図書館前の階段に腰掛け、本に手をかざす。スイセイは本であれば開かなくとも読める。それがスイセイのギフトだ。
スイセイのギフトはレコードリーディング。アカシックレコードという記憶を読むことができる能力だ。だがスイセイは感情移入しやすい性格なので、人の記憶を呼んでいる最中に発狂することがしばしばある。
本は滅多に自分を壊しに来ないので何の躊躇もなく読もうとしていた。スイセイの手が本に沈み込もうとした瞬間、異変を感じた。
スイセイに悲しみが込み上げてきたのだ。両手を宙にあげて、本から距離をとった。
異星人ってこんなことができるのか?いや、まさかそんなことはない。マルーリさんが乗ってきた船にあった本はすべて読んだが、こんなことは初めてだ。
もう一冊の本に、手を沈ませるが、先ほどと同じことは起こらず、額の方に深い傷ができただけだった。
ツキヨの記憶整理の時にこれは見た。もう一冊はなんで悲しんでいるんだ?
手を沈みこませないように気を付けて二冊とも開く。
表紙、白紙、目次、本文…。
全く同じ場所に同じ文字列が並んでいる。複製されたように同じものだ。
手のひらに文字石を出してスイセイは考えた。
何故自分にこれを渡したのか。一冊はふつう、もう一冊は別のことが書かれているようだが、それが分からない。もう一度リーディングすることで分かるかもしれないが、危険な道は渡りたくない。この本は手に取られないように気を付けなければ。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます