ホテルミラーのロイヤル
ぶすくれた表情をさせたままフヨウが変身した4輪駆動の乗り物で山を降りる。
サニーフレアとは逆の方向で南の景色は知らなかったが距離的に山の斜面に高層ビルに似た建物が建っている。城上町と並ぶほどの高さだ。
「あれツキヨの家。あいつの家のなかは不思議まみれだから退屈しないよ」
それなら、今度邪魔になってみるか。
サニーフレアへ行くときは段々と暖かくなったが、南へはだんだんと寒くなっていく。しかし、肌に突き刺さるような感覚はしない。
「ドゥブラ公爵の城はホテルミラーって呼ばれてて、この国じゃ唯一異形タイプが本当の姿になれる場所なんだ。今日はなんでお呼ばれしたの?」
「兄貴の子供の誕生日さ。十歳になった記念にパーティーを開くって前から一人でウキウキしていたからね」
弟の王のことを気にしていたり、自分の子供の祝い事に力を注いでいるところからドゥブラ公爵は普通にいい人なのだろうなー。王とは逆に安堵していた。
木々がうっそうと繁る森のなか少しずつだが視界が開けていく。
「俺は入れないから途中からは歩きでいってね」
城の掘りが見えだしてからフヨウの移動が止まった。私たちが降りてからもとの姿に戻ったフヨウは次にこう続けた。
「明日は此処で待ってるから。いってらっしゃーい」
ブンブンと肩から腕を横に振り舞わす。
王にエスコートしてもらうような形で手を引かれ、開かれた城門に入る。
体が門を横切った瞬間握られている王の手が鱗に覆われ、巨大になった。
哺乳類的な骨格は維持したまま外見の特徴がガラリと変化し爬虫類のものになっている。
トータリアンも爬虫類なのだが、それとは別。巨大でありながらスマートな印象がある。
「びっくりさせたね。兄貴は普通だから。あの人に会う前に早いとこ兄貴の近くにいかないと。乗って」
城内に入る前に王の首と肩の境に乗った。
大樹の城のように城門は大きかった。
「やあ、ココよくきたね。また大きくなったかい?」
「そんなことはないと思う。久しぶりに見たからでしょう。」
公爵は、片手にワインを持ち、スーツにマント姿と不気味な城の持ち主です。と言わんばかりの格好で、エントランスに立っていた。
王が丸顔だというなら、公爵は縦長い顔だ。肌は血の気が引いたような色をしている。身長はだいたい2メートルはあるんだろうが、枯れた木のように細い。
「お前の連れを紹介して欲しいんだが。」
「ああ」
頭を下げて私が公爵に見えるようにする。
「頃丸里です」
「わたくしはドゥブラ·シャーン。弟に対して公爵と呼ばれています。どうぞお降りになってください。」
骨が浮き出た手を差し出される。肉ではなく植物繊維で出来たような、キシキシとした手に支えられ硬い鱗を蹴って降りる。
「ココ、お客様を連れてきたってことはそういうことでいいんだね。」
細くした目を引き延ばすような表情で王を見透かそうとした。
「そう思うかい」
「思う思う。どちらも口を丸く開けた音じゃないか。それにこの国に大きな利益をもたらす方だろう。わたしの娘にも利益がありそうだ」
娘という単語に、王が首を持ち上げてひねる。
「いつ娘が出来たんだ」
「息子が娘と息子に別れたのだ。どうもキャパオーバーだったらしくてな」
息子が娘と息子に別れる?
「なるほどな」
納得するということは、異星人は置いてけぼりか。真一文字にひきつった私に目をやった公爵が王を見上げて
「そちらに教えてあげたらどうだ。」
「そうでした、まだでしたね。シンクロは。ガロウとヤマメがどこかでやってくれると思っていたが、一向にやらなかったので説明が遅れました。」
胸に手をつきお詫びの姿勢をとられる。
「シンクロしますと、からだと心が一体化して全く別の人が出来上がります。互いの心が一致しなくなればそのシンクロは解けて、もとの複数にもどります。これはもともと一人だった場合にもありえて、我々エバーワールダーが増えるための手段のひとつでもあります」
「実戦的なシンクロになると、踊ったり歌ったりすることが一般的だ」
「お二人はできるんですか」
公爵が首を振って
「わたしにはもうコイツが理解できないからね。無理だ」
「同じく」
子の心親知らずならぬ、兄の心弟知らずか。
エントランスから場所を移し、大広間に入る。エントランスが閑散としていたかわりに、大広間は大小様々な異形に溢れている。
「あ、普通にじろじろ見てても大丈夫ですよ。彼ら見られるの好きなので」
「透明人間は特にな。ココ、今日は娘の為に海の方々も呼んでいるんだ」
鼻にシワを寄せ
「臭い連中が好きなのか?」
「結婚するなら触手のある人とだけと言って聞かんのだ」
「淡水も大丈夫な奴でないと困るな」
「ああ、塩素殺菌可能な奴でなければ」
再び私は王の背に乗っている。一つ探しているものがあった。私達の船を届けた不気味な黒い翼の持ち主だ。異形といったら知っているのは彼だけだ。
王の足が止まり、また喉が動き出す。
「お久しぶりでございます、海の方々。この陸の奥地までこられて恐縮です」
「いえいえ、川の流れが変わっておりましたので、簡単にこれましたよ。」
「公爵、そんな工事を行っていたのか?」
「いやいや、していない。手配する気力もないぞ、招待状で手一杯だ」
「おや、不思議でございますね。昔は川から城までで使いが10人減っていたのに2人に減りましたから」
森の地形変動について三人が話しこみ出したとき、王の背に私以外の者が乗っているのに気づいた。片手にストローが刺さった溢れないようキャップがつけられた紙コップを持っている、銀髪の少女。この感じは、公爵が片手にグラスを持っているのと同じだ。
「君は、公爵の娘さん?」
恐る恐る尋ねてみる。
「そうだよ。シルヴィア·ドラコニズル·シャーン」
「10歳のお誕生日おめでとう」
「ありがとう。パパ、叔父さんとなに話しているの」
唇の奥に小さな犬歯が見えかくれしている。
公爵と同じように植物繊維的な強靭さが感じられるので、あのカップのなかは血液ではない。
「最近、川の流れが変わったとか、変わってないとか」
「変えちゃダメだったの」
「そんなことはないよ。むしろあそこの人たちは変わったことで感謝しているようだし」
ふーんと返事をしてからストローを咥える。
「今度来たときは、あなたの顔に着けているものが欲しいわ」
「こんなものが?」
「着けるだけで雰囲気が変わる代物ですもの。欲しいわ」
「分かりました、約束しますよ」
子どもらしい笑顔をみせて、王の背から降りる。蹴られたのに気づいた王がシルヴィアに振り向く。公爵が
「そんなところにいたのか」
と、ひょうきんな声をだす。
「パパ、川の話終わったの」
「終わったが、聞いていたのかい」
「難しい話はわからないわ」
シルヴィアは公爵の足元にいくと、腕を登っり、公爵に抱えられた。スケール感の違いが腹話術人形と腹話術師のそれ。
「カルーナももうすぐ来るよ。」
「そうこうしていれば日もくれるな。ココはもう寝なさい」
「いわれずとも。部屋は?」
「今日はスイートルームでいいぞ」
子どもにプレゼントをあげる親の顔をして、さっさとエントランスに行けと、てをふった。
私はそのまま王の背に揺られ一緒にエントランスに向かった。
「一人会わせたくないのがいてね、従兄弟みたいな感じなんだけど、カルーナというのがいるんだ」
大きい体にしては小さな囁き声だ
「カルーナは、その、形容し難くこの世でもっとも不気味な存在だ。他の夜に吼える獣の方が可愛らしいとも言える」
エントランスホールに戻ると城門が開くのが見えた。開けたのは、今の王よりも大きく、公爵よりも細い四つ目の口のない怪人だ。腕の関節は4つづつ両方に作られ、奇妙な動きをする。
「これからの時間は部屋中に蝋燭が灯されて、明るさが保たれる。だけど私はアイツがいるからいかない。いるとも知られたくない」
エントランスを静かに過ぎていった。
公爵に与えられたスイートルームは王がゆっくり入る大きさで作られている。話によるとスイートでない部屋は、普通の人サイズ。公爵基準の大きさだ。
王には本当に特別な時にしかスイートルームを使わせないらしい。
「よいしょ、こんなにのびのび出きるのはいつぶりかなー」
私は王から降りて普通サイズのソファーに座っている。スイートルームは上と下の階があり、階段が二つつけられている。王は階段をどちらもふさいで上の階に寝そべっている。
備え付けのミニストーブにマッチで火をつけて灯りにし、私はこれを書き始めた。
火の光と、熱で常に充電され続けていた私はその日は寝ることなく過ごせた。
「私の部屋にもこれが欲しいですね。」
「フヨウにつくってもらえばいいよ」
眠そうな声で答える。
「それは、星に戻ったときの為?」
「どうでしょうかね、自分の為ですかね」
「文章ならツキヨの同居者が集めてるね。船からでたやつも今日フヨウが持っていっていたはずさ」
「やはり一度いってみたいですね」
夜がふけだしたころ、ヤマメにギフトのことを教えられたことを思い出した。
「王のギフトってどんな感じなんですか」
「会話相手を丸め込むギフト。私はテンションによってそれが使えたり使えなかったりで、それに出来てるのか私にはわからないからね。」
「あの山の主を沈めたとか」
「話のわかる相手だったからね、怒りを沈めて頂いて、ことの成り行きを聞いて。ひとつづつ終わらせていった。もしかしたらそこに至るまでに兄貴やツキヨと揉めて、丸め込んだのかもしれないけどね」
姿は変わっているが仕草はそのまま。
じっと王の目元を見ると顔の部分は羽毛で覆われている。胴体は鱗で硬い印象を受けるが、顔に上がっていくにつれて羽毛の柔らかい印象に変わっていっている。
「ちょっと失礼していいですか」
顔を向けている左側の階段に登る。
「いいよ」
力の抜けた返事の後王は目を閉じて、私の手が降りてくるのを待っている。
鼻の上に手を下ろす。
「ふわふわだ…」
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