天使の恋

猫屋梵天堂本舗

第1話 天使の恋

 わたしはいつでもひとりぼっちだった。


 まだほの暗い、それでも青い空に、誇らしげに太陽が浮び上がる夜明けでも。

 闇が押し寄せてくる中、しずかに太陽が沈む夕焼けの中でも。


 世界はいつも同じ旋律を奏で、同じ調子で上り下りし、同じように流れていく。

 世界なんてものは、大勢のひとたちが思っているように、退屈で、ありふれたものばかりだ。


 わたしもずっと、そう思っていた。

 信じていたものから裏切られ、自分の信じたものを裏切り、そしてわたしの愛したものを傷つける。

 そんなに生き方しかしてこなかったから。


 わたしがこの、歴史ある、だが廃墟ばかりの島に住み着いたのは、懐かしい思い出を、ただの幸せな記憶に変えないためだ。

 けれど、思い出などというものに意味があるのかどうか、わたしには分からない。


 わたしは、わたしの名を思いだせないのだ。

 いちばん最後にわたしの名を呼んでくれた、あのひとの顔は、今でも鮮やかにまぶたに焼き付いているけれど。


 あのひととの出会いは、ほんの偶然で。

 そこに、神の御意思があるとすら思えないほど突然で。

 土砂降りの雨の中、傘もささずに、素足のまま……びしょ濡れで、死んだつぐみの小さななきがらを抱きしめながら歩いているあのひとに、わたしは目を奪われた。


 あのひとは小鳥のために泣いていた。

 大きな目からあふれる涙にも、小さなあしのうらから滲む血にも、彼女はまったく気付いていなかった。

 ただ悲しくて……この世に自分だけが取り残された絶望でいっぱいなのだと分かった。

 わたしと同じだと。


 あのひとといる時だけは、わたしは孤独ではないと思えた。

 わたしはあのひとに寄り添い、見守り続けた。

 あのひとがわたしを必要としてくれている時にだけ、そっと……あのひとに気付かれないように、救いの手を差し伸べた。

 それだけで満足だった。

 あのひとが幸せそうに微笑んでいてくれるだけで。

 わたしはとても幸せだった。


 この日々が永遠に続いてほしいと願ってはいたけれど、人間の体はあまりにも脆くて、すぐに老いてしまう。

 そして、心の方はさらにずっと弱くて、容易く壊れる。

 もう、あのひとはいってしまった。

 わたしの手の届かないところへ。

 わたしがどんなに祈っても、どんなに叫んでも、もうあのひとには聞こえないだろう。

 さようならすら言えなかった。


 悪い人生ではなかったと思う。

 あのひとは孤独だったけれど、ひそかに思う相手もいたし、日々は新たな発見と輝きに満ちていた。

 ただ、光と同じくらい大きな闇に絶望していたのだろう。

 あのひとが自ら死を選んだとき、わたしには止める術がなかった。

 あんなにも近くにいたのに。何もできなかった。


 わたしはあのひとを守りたかった。

 守っているつもりでいた。

 わたしは、あのひとの守護天使のままでいたかった。


 あのひとのいない世界は、少し色褪せて見える。

 だがそれだけで、何も変わったことはないようにも感じてしまう。

 わたしはこれからも、あのひとの思い出を抱きながら、この退屈な世界に生きている人々のために働き続けるのだ。

 それが、神から地上に遣わされた、われわれ天使の役目なのだから。

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