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 だからして男もまたレンガ色のカジュアルなポロシャツとカーキーのコットンパンツに着替えると、足音を立てず部屋へ戻ってきていた。その目はハナからテーブルのホロホロ鳥に釘付けで、パーリィには気づかず傍らを通り過ぎてゆく。

 見定めパーリィは壁から背を浮きあがらせた。

 揺れた空気に二歩ほど先で、男もなんだろうと背をよじる。パーリィを見つけて「わっ」と驚き、それから黒いワンピースに馴染む色合いの、携えられたモノに気づいて息を詰めた。

「な、何だい君はッ。それは本物なのか」

 前にしたパーリィの顔は、あのオーバーなまでにネガティブな表情だ。

「わ、わたしを殺すのか」

 確かめる男の質問はどこか間抜けだ。

向かいパーリィは半歩、一歩と距離を詰めてゆく。詰めながらひとつ、ふたつ、と引き金を絞った。

 銃声は小さく、衝撃を吸収した男の体だけが棒と弾かれ後ろへ倒れる。仰向けとなった胸の動きは激しく、まだ死んでない、過るが早いか下げた銃口で男の傍らへ駆け寄った。

 のぞき込めば天井を睨みつけたその顔は、風呂上りとは思えぬほど蒼白い。左胸には小さな穴が空いてレンガ色のポロシャツが溶け出したような血をぬるり、流すと、その泉は見る間に深くなろうとしていた。

「……センターの」

 話す男の口から泡となった血が吹き上がる。

「……それともエムニの、さしがねか」

 だとしてその問いかけはパーリィにとって、壊れたロボットのたわごとくらいにしか聞こえない。

「これは裏切りで……、ない。ヒツジ、は急ぎ」

 めがけてパーリィは引き金へ力を入れる。

 距離が近い。

 思い止まって肩をひるがえした。

「淘汰された感情、は繁殖せねば……」

 男は吐き続け、パーリィはソファの上から選びたい放題のクッションを掴み上げる。

「いち早く保護せねば、われ、……れ」

 戻るが早いかその顔へ押し付けた。腹へ足をかけ、クッションから離した手の代わりに銃口を突き立て引き金を引く。そんなパーリィの顔はサルと歪みきっていたが、見ている者などいないのだからかまいはしない。

 再度、指へ力を込める。

 そのたび投げ出された男の腕は小さく跳ねて、年相応と出っ張った腹もまたパーリィの足の下で波打った。

 それだけだ。

 やがて生き物の気配は消える。沈黙は訪れていた。

 ひとつ吐き出した息の力を借りて、パーリィはゆっくり体を起こしてゆく。しぼむ一方の腹からもまた足を下ろした。

 もちろんクッションを払いのけてデキを確かめるような趣味こそない。そしてそんなことをしている時間もまたありはしなかった。全てはここからの方が遥かに重要で、知っているからこそパーリィはすぐにもワゴンへ身をひるがえす。

 反射的にシャンパンの刺さるバケツへ手を入れ、氷を口に含み、噛み砕きながら、下段に設えられた保温庫のドアを引き開けた。中には猫耳のついた白のボアリュックがあり、取り出して口を開き、トルコブルーとキャメルのギンガムチェックがお気に入りのワンピースを引きずり出す。一緒にくるんでいた赤のバレエシューズが飛び出したとして放っておいて、悶えるようにエプロンをはずした。ごわつくメイドのワンピースを脱ぎ捨て、窮屈でしかなかったパンティーストッキングを下ろす。振る足でパンプスごと飛ばしたなら、チェックのワンピースを頭からかぶった。上げるファスナーなどついていないワンピースは、肩の位置をつまんでなおすだけで十分となり、メイドらしくまとめていた髪をほどいて散らす。その手で飛び散っていたバレエシューズを拾い集めたなら、中につめ込まれていた象牙色のルーズソックスをつまみ出した。履いたところでずり落ちるに任せ、バレエシューズに足を滑り込ませる。

 どうせすぐにも処分する予定だ。制服は丸めてリュックへ詰め込む。上へ、まだほんのり熱を残した銃を乗せた。一杯になったリュックの口をしぼり背負って、その手を再び保温庫へ伸ばす。忘れてはならない相棒をそこから救出してやった。

 名前は「もぐ」。

 パイル生地にボタンの目が食い込んだ、クマのぬいぐるみだ。

 つけた理由はもう忘れたけれど、いつだってもぐとパーリィは一緒なのだから気にしない。

 そんなもぐと手をつなぎ、パーリィはワンピースのハコポケットからハンカチを取り出した。ワゴンの握り手を、こうして開いた保温庫のドアを、銀の皿にかぶせられたおおいのつまみを、もぐと一緒に念入りに、しかしながら手早く拭いて回る。転がる薬莢もちゃんと拾い上げ、自分の髪の毛も探して持ち帰った。

 終わるころになると息は男と対峙した時よりはるかに乱れていて、裏腹と傍らで男は沈黙を守っている。

 投げ出されたその足をパーリィは盗み見た。ままに二度、瞬きを繰り返す。その目でぐるり、部屋を見回した。同時に巻き戻した記憶から、取りこぼしがないことを確認してゆく。

 ないならこれ以上の長居は危険で、外を目指してハンカチ越しに握ったドアを引き開けた。隙間から表をうかがえば、差しこまれた絵画かと思うほど風景は来た時と同じで、思い切って廊下へ出る。

 背で、ひとりでに閉まったドアがカチャリ、鍵をかけていた。

 聞きながらパーリィは廊下の果てへ視線を投げる。宙吊りだったもぐを胸に抱きしめた。

 廊下は無音が夢の中のようだ。

 パーリィはやって来たとおりをなぞって歩き出す。

 と、それはパーリィの耳に聞こえていた。

 廊下の果てからワゴンを押して、やがてメイドは姿を現す。そんなメイドが押すワゴンには注文通りと銀色のおおいを乗せた皿が乗り、シャンパンもまたバケツに差されるとグラスが触れるたびチリンチリン、とあの音を鳴らしていた。

 聞きながらパーリィは、もぐの首へ深く両手を絡ませてゆく。強く抱き寄せ、その耳と耳の間へアゴをうずめた。

 ままに涼やかな音とすれ違う。

 遠ざかろうと音が止む様子はない。

 パーリィもまた振り返らず、エレベータで地上へ降りた。

 豪華な場所の豪華な大人たちは、そこで目にするものを限定している様子だ。クマのぬいぐるみを抱えた安っぽいワンピースの女の子へは目もくれず、自身の世界を楽しんでいる。

 だからパーリィも透明人間となり彼らの間をすり抜けた。ロビーをやり過ごし、タクシー乗り場へ出て、それきりホテルを後にする。

 通りを歩けば後ろ姿は、たちまち街行く人に紛れて馴染んでいった。

 パパ、やったわ。

 どこにでもいる小さな女の子に変わってパーリィは、小さく呟く。

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