第5話 対決

「今日も勝負だよそらくん!」


「ふっふっふ、望むところだ」


 教室中央の机に俺と舞織は向かい合って座っている。俺たちに周りにはギャラリー兼クラスメイト達が集まっている。


 入学してから一週間、校内では俺と舞織のうわさで持ち切りだ。


 それは、俺と舞織の家系の昔からの因縁があるせいで、仕方がないこと。

 楡井電工とイデウラデンキは、お互いが約六〇年前に創られて祖父の代から今の父親の代までお互い発展している。それに、戦場としているのがどちらも電化製品でこれも同じ。そのせいもあってか、お互いの社長が忌み嫌いあう関係にあり業界でも有名な犬猿の仲となっている。


 これは別に代理戦争というわけではないと思いたいが、舞織が毎日毎日勝負を挑んでくるから受けているだけ。昔も勝負を挑まれることはあったけど、もっとメルヘンに〝どちらがきれいな花冠を作れるか〟とか〝どちらが綿毛を遠くに飛ばせるか〟とか女の子らしいものだったはず。


「今日は、どっちが先に焼きそばパンを五個、食べきれるかだよ。覚悟はいい?」


 舞織は、机の上に購買で買った、学校特製の焼きそばパンを十個広げている。机に肘を縦顔の前で手を組んで、さらに意味ありげな表情をしている。


「大丈夫か? こんなに食べたら膨らまなくていいところが膨らんじゃうかもしれないぞ?」


 俺が勝負前挑発すると手と手の接続を解いて、腕を組んだ。そして顔を斜め上に上げながら頬を膨らました。


「平気だもーん。そらくんこそ、急いで食べると鼻から焼きそば出てきちゃうかもよ?」


 俺たちは互いを煽りあい、周りはそれに乗っかって相槌を打っている。半分が舞織の応援、半分が俺への野次。こんなアウェイな環境はなかなかないとは思う。


 舞織は立ち上がって、俺が使っている机に、焼きそばパン五個を置いてまた戻り座った。置く瞬間楽しそうな笑顔だった気もしなくはないが笑顔なのはいつものことだし、気にしない。

 審判は学級委員長になった、高千穂栞さんと副委員長の鴻島君だ。ルールは咲に焼きそばパンを五個、飲み込むまでの時間を競うらしい。


「では、両者一個目のパンを持ってください」


 高千穂さんは先生曰く、成績優秀でスポーツ万能という俺よりも、人の上に立つために生まれたのではないかと思うほどのスペックの持ち主で、超が付くほど大真面目な人でもあるらしい。なんでそんな人が、こんなしょうもない決闘にもなってない決闘に本気で取り組むのかわからない。


 考えることをやめて焼きそばパンを持つと、向かい側に同じく焼きそばパンを持っている舞織が見えた。


「構え」


 高千穂さんの声に、この場いったいの空気が氷のように冷たく変わった。同時に張り詰めたような雰囲気も醸し出していて、呼吸音ですら邪魔だ。


「始め」


 俺は一つのパンを押しつぶしながらとりあえず口の中にすべて入れた後に、もう一つを手で持つ。その後大量の水を飲んで喉に流し込んでいく作戦でいく。


 実際やるとそううまくはいかず、二個目が終わったころにはもう手が動かない。どちらかというとのどが受け付けないという感じで、なかなか進まない。開始三分近くが経過して、お互い同じくらいのペース、正直舞織がこんなに早いとは思わなかった。


「へっへっへ。そらくんの食べ方汚いね。もっときれいに食べなきゃ」


 苦しすぎて涙を流していると、舞織が口の周りを拭きながら俺に挑発をしてきた。気づけば舞織のパンは残り一個。俺よりも少しだけ多い。


「もうあきらめた方がいいよ。私の勝ちだから」


「ばびばべばびぼ」


 あきらめないよ。といったつもりだけど伝わってないだろう。俺の一言により、舞織の食べるペースが上がり、そのまま最後の一つを口に入れて試合は終了した。


「勝者、出浦舞織さん。敗者、楡井宙君」


 審判のジャッジにより、試合が終了し周りのギャラリーは一目散に解散していった。今は放課後だから、みんな帰る時間だししょうがない。


「いやー、また私が勝っちゃったね」


 腕を組みながら座っている俺に対して高い位置から物を言ってくる舞織に頭を上げにくいのを堪えて無理やり頭を上げた。


「そうだな。次は負けないからな」


「ところでさ、なんでそらくんは私の挑戦をいつも受けてくれるの?」


 偉そうな態度から急変して今度は、姿勢を低くして机からかろうじて顔が出て見えるくらいの低い体勢に変わった。すごい子供のように俊敏な動きに一瞬ついていけなかった。


「暇だし。まあ、そのー…………あれだ! お前が挑むのなんて俺くらいだろ? 舞織とこんなことやるの周りに自慢できるからな」


「へー、不思議なもんだね」


「お前が言うな」


 実際、この一週間毎日のように舞織に声をかけられては勝負を挑まれてきた。指遊びとかトランプとかなんでもかんでも。それを俺は受けて毎回負けている。本気を出していないといえば嘘になるかもしれないけど、本気が出せないでいる。


 理由はたった一つ簡単で、舞織が記憶を失っていると思うから。


 俺のこと忘れてるし、俺との思い出もないしそれしか考えられない。でもたまに懐かしいって言ったり、昔の話が通じたりすることもあって不思議だ。


 つまり、考えすぎてて集中できないんだよ。


「次は何して遊ぶ?」


「もう帰る時間でしょうが」


「えぇー、つまんなぁーい」


 頬を膨らまして子供のように駄々をこねる舞織に呆れつつ、俺は帰る支度をした。


「鴻島君。じゃあ俺、舞織と帰るから」


「おっけー、じゃあね…………って、俺も一緒に帰るんだけど?」


 駄々をこねる舞織を何とか説得して、俺たちは歩き出した。

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君の笑顔は今も眩しい 卯月ミツツキ @hnzwkn9x20

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