第4話 トライアングル
「そういえば、鴻島君は学校の中見て回ったりした?」
「いんやしてない。めんどくさい学校通ってれば大体の部屋回るでしょ」
「そっか」
「んあ」
会話はすぐに終了し、下駄箱に着くころには閉じた唇がつながったかのように開かない。実際話しかけてもいいけど、あいにく俺にそんな能力が備わっているわけでもない。話したくないなんてことはないけど、話そうとも思わない。
得体の知らないものと接触するときは警戒しろってさんざん言われてきたし。
「かわいいな~あの子」
靴を履き替えて校舎を出るとすぐに鴻島君が静かにつぶやいたのが聞こえるけど無視。
俺には何が何だかわからないから反応のしようがない。とは言いつつ俺も男だからかわいいものは拝んでおかないともったいない。そう、もったいないんだ。だからこれは男として仕方のないことだ……犬かもしれないし猫かもしれない、でも見るのはタダで減るものではない。
鴻島君が見ている先と同じところに期待を込めて目線を運び、同じところを見ると見覚えのある光景があった。
グラウンドを一人の少女が走っている。さっきよりも鮮明に少女の迷いのないような笑顔がまぶしい。どうして
「まだやってんのかよ」
息と同時に吐き出された言葉が聞こえたのか、彼女がこちらを向き目が合った。いやいやいや、聞こえるはずがない。ここから五十メートル強はあるんだから無理なはず。
「……ーい。おーい! そこの君ー」
心に呪文を唱えていると、だんだんと声が近づいてくる。聞いていて心地よい透き通るような声。懐かしい響き。
「ねえ、今私のこといやらしい目で見てたでしょ」
「目ぇ、瞑ってますけど。何か用ですか?」
たった今目を閉じたばかりだが、そんなものは関係ない。気づかれないが勝ち、これは昔から俺たちの間で使われていた戦法だ。元々目が細いわけじゃない、決して。だから隣で笑ってるやつはいつかぶっ飛ばす。
「嘘つきはいけないんだよ! だってさっき目合ってたもんね。私が証言したらみんな信じるんだから」
短い脚の先だけで立っている舞織の体は小刻みに震えている。背伸びをしたって俺よりも身長が低いのは昔と変わらない。それでも続けるのを見るのはさすがに心が痛んでくる。やめてほしいな。
「目合ってたということは俺は出浦さんの目を見てたということになるけど」
完全勝利、何も言い返せないだろう。いつもならここで泣いて誰かに助けを求めるんだろうがそうはいかない。ここには舞織を除いて俺ともう一人しかいない。誰にも助けを求めることはできないんだ。
犬のように弱弱しい声を出しながら悔しそうにする舞織を見ていると、なんだか自然と俺の顔の筋肉が柔らかくなって自然と動いていく。
右手がグーを左手がパーに叩きつけて口は無防備にピンポン玉が入りそうなくらいに開いているの4を見ても同様に。そんな不思議な感覚に浸っていると、舞織の目には涙が浮かぶどころかいくつもの星が見える。
「なるほど。ぐぬぬぬぬ、悔しいけど一本取られた。仕方ない。ここは負けを認めて私のパンツでも……」
スカートの裾部分を指でつまみ上げたところでこの後何をしようとしているのか大体予想がつく。エロ漫画のラッキーシーンのように足が滑って転んだ主人公に、はい、ぱんつっ。なんてことではない………………ただの露出するだけじゃないか! しかも恥ずかしげもなく。
今見たって後悔するだけ、誰かに見られたら俺の人生終わりだ。
俺は理性を味方につけて、とっさにスカートから舞織の腕を奪い取り、陰謀を阻止した。
「舞織、女の子がむやみやたらにそういうことはするもんじゃないん……だぜ」
俺は、舞織の背中に腕を回して臭いセリフを披露したが、舞織は目を数回開けたり閉じたりの往復。俺が言ったことの意味を理解していないように見えるが、できないはずがない。
「お前はいつからそんなに世間知らずになったんだ」
「いつからも何も、私のこと知らないくせにそんな偉そうにしないでよ。まったく、私はイデウラデンキの一人っ子なんだから」
「スカートめくるような非常識な人間なんてイデウラデンキは恥ずかしい娘を持ったもんだな。俺は楡井電工の跡取りとしてふさわしい行動をとっているけどね」
手を離すと、すぐに俺から距離をとった。しかし舞織の目はどこか嬉しそうな感じで寂しそうなとろけるような目をしている。俺もそんな顔になってないだろうか。実際舞織にまた会えたことは嬉しいし、泣きそう。
「なんか懐かしい気がするこういうの」
「気がするってなんだよ」
桜の木の隙間から太陽の光が漏れてくる。そんな光に当たっている舞織は桜とはどこか違う世界にいるような輝きを放っている。
「よろしくね。そらくん」
「よろしく」
「うんうん。出浦さんいいね」
鴻島君が俺と舞織の間に割って入って口を開いた。身体をマッサージ機のように震わせているのが気になって仕方ない。
「君は鴻島君だよね。そらくんと仲良しさん?」
「あ、あぁーそうだ。俺は鴻島幸也。そらとは仲良しだぞ」
胸を張っているが声も体もまだ小刻みに震え続けている。身振り手振りもつけているが、指先までもが震えているためか、格好がついてない。
「よろしくね。コウコウ」
「コ、コウコウ?」
「うん。こうじまこうやのコウコウ」
思わず声を出して笑ってしまいそうなくらいユーモアあふれるあだ名に俺は、必死にお腹を押さえて堪えた。鴻島君は満足増に自分の頭をニヤニヤしながら撫でて同時に顔をリンゴのように赤く染めていた。
「帰ろうぜ」
いつまでのニヤニヤしている鴻島君とにっこり笑っている舞織に告げると俺たちは、横に並んで歩きそのまま学校を出た。
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