第2話 再会
心とはなんなのか。
俺は小さい頃こんなことを聞かれたことがある。
当時そんなこと聞かれてもわからないから俺もまた別の人に聞いた。
数年考えても未だにわからない。
今日は西暦始まって二〇三五回目、俺の人生に換算すると、十数回目の春。
桜盛りの隙間から光が射すよき日。
小さい頃のことを思い出して、俺は初めて神阪高校の校門を通った。
*
「高校生活楽しんでるかい? 俺か? 俺の名前は鴻島幸也(こうじまこうや)だ」
自己紹介をしながら俺が座っている座席の前に座り、顔だけこちらに向けてきた鴻島君はどこか気怠そうだ。俺も怠さを感じているけど不思議と同じものは感じない。すこし驚いたが、俺は元の状態から変わらず、教室の窓からグラウンドを見ている。
教室がある三階は、なかなか眺めがよくて町の近くなら大体望める。平日昼間の十一時ころだというのに小学生が道を歩いているのも見えてしまう。
入学式が終わってからたったの一〇分。耳を澄まさなくても勝手に聞こえてくるくらいにこの一年一組の教室はすでに騒がしい。どの先生がかっこいい可愛いだとか、校長先生の話が長すぎて退屈という話題に加えて、さっそく趣味の話をしている人たちも何人かいる。しかしそんなものは関係なしに鴻島君は学校の日陰者がするような会話を続けた。
「高校生活も楽しんでないよ。ていうか楽しむほど過ごしてもいないし」
「お前なかなかおもしろいこと言うなぁ」
「そりゃあどうも」
ガハハハッと笑う鴻島君をはじめ、教室には友達を作るためなのか必死に声をかけに行ったり、連絡先を交換したりする人もいる。みんなそんなに友達が欲しいのか。
くだらね。
結局うわべだけの付き合いになるんだからそんなに欲を露わにしなくてもいいだろ。気が合う奴なんて気づいたら仲良くなってるもんだし。それに友達なんてすぐに友達なんかじゃなくなってしまう。
「お前友達いないだろ」
鴻島君は体を素早く回転させて、俺と面と向かう形になった。圧力がさっきよりも増してまるで別人を見ているようだ。
「失礼だな」
「顔を見ればわかる。お前は作らないんじゃなくてできないんだ」
「勝手に決めつけるな」
「なーんか不思議な奴だなお前」
首を傾げた鴻島君を片目に俺はため息をついた。
「なに見てんだ? ってああ、あの娘か。あの娘も不思議ちゃんだよな」
「ほんと、不思議だよなぁ」
俺の目線の先で女子生徒が一人走っている。
鴻島君に話しかけられた時からずっと。たった一人で。
遠くからでもわかるリボンの色は俺がしているネクタイと同じ色。胸のあたりには入学式前に配られた花が飾ってあるようにも見える。彼女は楽しそうで、まだ見るものすべてが初めての幼子のように新鮮に感じられるのだろうか。そんな風に見える。
「鴻島君さ、君も友達いないだろ」
俺はグラウンドから目を離さず彼女をずっと見続けながら質問した。
「失礼な。いるよ」
「誰だ?」
俺は嫌味を込めて言葉を放った。
グラウンドではまだ女子生徒は走っている。
「お前」
「やっぱり」
鴻島君の返事とちょうど同じタイミングで、女子生徒が先生に叱られ走るのをやめた。
例の女子生徒が担任の先生と教室に入ってきて早々に自己紹介が始まった。
少しの間腕を組んでいた先生が口を開くのに時間はかからなかったがやたらと長く感じる。張り詰めたような空気が教室中から感じ取れるのは気のせいではないはず。
「えー、じゃあ一番後ろに座ってる楡井君からお願い」
なんでだよ。心でそう唱えたがすぐに平静を装い直した。
相当ひねくれているのか、登校初日の生徒たちの緊張をほぐすためか一番後ろの席から始めるという邪道な道を歩む先生に呆れつつ俺は立ち上がった。
「楡井宙です。よろしくお願いします」
オーソドックスな自己紹介をして席に座ると、いろんな音色をした声が微かにが聞こえてくる。おそらく俺の名前を聞いて何かを察したのだろう。女子生徒からは興味の声、男子生徒からは妬みの声が聞こえて、早くも人気者になった気分だ。隣の席の鴻島君も口を閉じずにさすがに驚いている。前の少女は微動だにせず石造のようだ。
「ちなみに、楡井電工のぼんぼんで、超有名人楡井姫子の弟だぞ」
先生の補足により男子生徒たちの妬みは激しくなり、言動までもが激化していった。遠くからは舌打ちも聞こえてくる。はっきり言ってやめてほしい。隠しているわけではない、
でもさぁ…………
「はーい、じゃあ次」
先生は教室の空気感など関係ないような態度で、いい加減に進行している。生徒たちは俺から別のところへ目線を移して次に備えるが、中にはまだ俺を睨みつけてるやつもいる。その他一名にはニッコリ笑顔で凝視されている。
「はい!」
先生と同じく教室の空気をなんとも思わずに、俺の前に座っている女子生徒が元気よく立ち上がった。
グラウンドの奥に桜の木が二本だけ立っているのが見える。窓が揺れて隙間風が入ってくる音がする。そして、桜の花びらが窓の近くまで舞い上がった。
俺はこいつを知っている。
さっきまでグラウンドで走っていた女の子。
伸びてはいるが、今も昔と変わらず低い身長。
きれいな長い髪に、小さい時からつけているひまわりの髪留め。
小さい頃は泣き虫だった
――俺の幼馴染で初恋の人
「初めまして、出浦舞織(いでうらましき)です! 楽しく高校生活過ごしたいです。よろしくお願いします!」
風はさらに強まり、隙間風のヒューヒューという音が彼女の声とともに教室に響き渡った。
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