君の笑顔は今も眩しい

卯月ミツツキ

第1話 プロローグ

 ひまわりが咲いている花畑の土臭い道を少年はがむしゃらに走った。

 

 ただ、日に照らされたひまわりや地面、空気までもが新鮮ではしゃいでいるように。

 少年は、額にローマ字が書いてある帽子を被り、半袖短パンのラフな格好をして走った。やかましい蝉の声なんか耳に入っていないのか、目を宝石のように輝かせている。


 少年が走った先に、スポットライトで照らされているかのように光がさした少女が立っている。少女は刺繍やフリルが可愛らしい白いワンピースを着た涼しげな格好。さらに麦わら帽子を被り、クマのぬいぐるみを抱いている。


「こんなところに一人で何しているの?」


「こ、怖いから逃げてきたの」


「何が怖いの?」

 

 少女は太陽の反対方向に向けて人差し指をゆっくりと立てて、少年から顔をそらした。

 少女が指をさした先は、このひまわり畑とは違う。雲がかかっているのだ。雨が降っていなそうなくらいに。雲の下には〝イデウラデンキ〟と書かれた看板が大きく飾ってある。


「イデウラデンキ? 知ってる。そこにはいっぱい悪い人がいて悪いことをしてるんだって」


「ち、違うもん。悪いひと……じゃない……もん」

 

 少女は抱いているクマのぬいぐるみをさらに強く抱きしめて否定した。同時に下を向いたことで顔が影に隠れてよく見えなくなっている。


「まあいいや。ところでそのクマは友達?」


「ううん。この子はイブ。クリスマスプレゼントにママとパパがくれたの……」

 

 少年の問いに最初は顔を上げて、勢いよく返した少女だったが、すぐのその顔は曇り、再び下を向いた。代わりに、クマのぬいぐるみを抱いている腕や、地面を踏んでいる足は左右に少し動いている。


「さっきはごめんね。悪い人がいるって言っちゃって。でも何が怖いの?」


「パパとママがけんかして、それで大きい声が聞こえてきて怖かったの」

 

 少女は影がかかっている目に涙を浮かべて、体を小刻みに震わせた。

 

 少年は少女に近づき、スカートをまくり上げた。少女は小さく悲鳴を上げたが抵抗し始めたころにはすでに遅い。


「い、いやっ! 何するの? スカートめくっちゃいけないんだよ」


「やっと顔上げてくれた」


「え?」

 

 少年は少女の頬を両手で掴み、少女の顔にタコの口が出来上がるように頬をつぶした。


「暗い顔しててもよくならないよ。明るく笑ってる方がみんな幸せだし心が豊かになるよ」


「こころってなに?」


「知らない、でも昨日テレビの中の人がいってたんだよ」


「し、知らないのに教えるなんて悪い人」


 少女はさらにぬいぐるみを強く握り、ぬいぐるみの顔には少女と同じようにタコの顔ができてしまっている。


「じゃあ、僕が調べてあげる。〝やくそく〟ね」


「う、うん。や、〝やくそく〟」


 少女が笑顔を咲かせると、少年は少女の顔を覆っていた手を離した。少年少女はそのまま手をつなぎ、日差しが照り付ける地面を強く蹴りスピードをつける。


 いつの間にか太陽の反対側にあるクモは消えて、青い空が広がっている。


 少年少女はその後もひまわり畑を走り回った。

 しばらくして、二人は足を止めて、つないでいた手をゆっくりと離し歩き出す。

 それぞれが別の日陰へと。


 さらに、強くひまわりが太陽の光を浴びて輝いている。

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