第4話悲劇の始まり

アルマが、家の中に入ると、机に突っ伏しているアヤメの姿があった。

その他には、食欲を唆る匂いが感じられた。

最初から、実は料理が下手などということは考えていなかったアルマだったが、少しはアヤメの料理の腕がどれ程なのか気になってはいた。料理の匂いを嗅ぎ、本当にアヤメは料理が上手なのだろうと確信する。


匂いだけで、味は大したことないというのも、有り得なくはないが、そんなものは稀にしか起こりえないことなので、心配無用だろう。


料理鑑定を一人行うアルマに気付き、アヤメがばっと顔を上げる。


「あっおかえり」


「ただいま。悪い……待たせたか?」


明確な時間は決めていなかった為、先に来ているアヤメを待たせてしまったと思いおそるおそる訊ねるアルマ。

しかし、アヤメは明るい笑顔で返す。


「う、ううん。実はあたしも今来たとこなんだ!」


本当の事を言ってしまえば、長い間待っていたアヤメだが、心配をかけては悪いと嘘をつく。

安堵するアルマを見て、アヤメも思わず、頬が緩む。


「そっか」


「うん! そうだよ! 早く食べようよ! 作ってたらあたしお腹空いちゃった」


お腹を押さえながら、照れくさそうに笑うアヤメ。あまり、時間がかかってしまうと料理が冷めてしまう。心温まる料理を出来ればアルマには食べて欲しいとアヤメは思っていた。


「そうだな。俺も腹減ったよ」


そして、食事の準備を済ませ、手を合わせるアルマとアヤメ。

アヤメが作った料理はシチューだった。

皿に盛られると、ますますシチューの香りが漂ってくる。

さっそく口に含むアルマをアヤメはそわそわとした様子で、じっと見つめていた。

そして、ドキドキしながらアヤメが訊ねる。


「ど、どう?」


「ん? あ、ああ。美味しい」


なんだか、急に恥ずかしくなり、もう一度シチューを口に含み恥ずかしさを紛らわせようとするアルマ。

反対に、料理の味を褒められた事に喜ぶアヤメ。

そんなアヤメを見て、勝手に頬が染まるアルマ。

慌てて、シチューにがっつく。


「そんなに慌てなくても、たくさんあるから」


「いや、これ美味すぎるんだよ。とまらない」


あまりにも、美味しそうに食べるアルマを見て、嬉しく思ったアヤメは頬を赤らめて。


「よ、良かったらこれからずっと作ってあげてもいいけど?」


「ほ、本当か!? でも迷惑じゃ……」


アルマにとっては、嬉しい言葉。

しかし、迷惑を掛けすぎるのは良くない。

再び、アルマの葛藤が始まろうとしていた。

すると、アヤメが立ち上がり。


「あたしが作りたいって言ってるの! 一人で食べてもつまらないでしょ? だから、これからはここのキッチン使わせてもらうから!」


「あ、ああ」


アヤメの必死さに驚き、唖然とするアルマは否定など出来ようはずもなかった。

しかし、これから料理をずっと作り続けるなどそれはまるで夫婦ではないか、と考えるアルマはその考えをそっと胸の奥にしまうことにした。


「それにしても、アルマくん。これからどうする気なの?」


話題を変え、首を傾げてくるアヤメ。

自然に、アルマが答える。


「記憶を取り戻す」


その答えに、アヤメは溜め息をつき。


「それをどうするのって聞いてるんだけど?」


「とりあえず、片っ端から俺と関係のありそうな場所に行ってみるよ」


その言葉にアヤメは思う。


彼は知っているのだろうか?と。

この世界の平和の裏に隠された存在の事を。


「行くって……心当たりでもあるの?」


嫌な予感がしてならなかった。

そして、その予感は本当のものとなって、アヤメにぶつけられる。


「なんかユリが、気になる場所があるって言うから、そこに明日行ってみるつもりだ」


予感が的中してしまった。

ユリが、いやこの町の住人が気になる場所と言えば、一つしかない。

観光地として、気になるとは訳が違う。

今まで、行ったものは帰ってきたことがないと言われる悪魔の洞窟。

そこ以外に、ユリが気になる場所と言う場所をアヤメは知らない。

全身に悪寒が走る中、アヤメが必死になって叫ぶ。


「そこには絶対行かないで!!」


いつも明るい笑顔のアヤメが急に叫び出したことにアルマは驚く。

しかし、冷静に訊ねる。


「どうしてだ?」


「た、多分。ユリが行こうとしてるのは悪魔の洞窟……もし、そこに行ってしまったら二度と帰って来れない」


「悪魔の洞窟……」


呟いてから、アルマは考える。


そこに行けば、精霊の事も俺の記憶の事も分かるかもしれないのか。

行く価値はあるかもしれない。

けど、アヤメのこの必死さはなんだ?

いったい悪魔の洞窟に何があるんだよ……

ユリたちは、ここまで何かに恐れている様子はなかった。


「ねぇ、お願い。あたしはアルマくんに生きていて欲しい……」


アヤメの潤んだ瞳がアルマを見つめる。

その表情を見て、アルマは深呼吸をしてから。


「分かった。悪魔の洞窟には行かない。せっかく貰った命だもんな。ユリたちにも言っておくよ」


その言葉を聞き、アヤメはほっとしたようにして。


「ありがとう……」


縋るようにアルマに抱きつき、しばらくの間泣き続けた。

何故、アヤメがこうも泣いていたのか分からない。

けど、アルマは謝らなければいけないと思った。

心の中で静かに謝る。


ごめんなさい、と。







微かな灯りに照らされた狭い部屋。

そこの窓から、一人寂しく空を眺める少女の姿があった。

その部屋の机の上には、すっかり冷めてしまった料理が並べられている。


「今日も帰ってこない……か」


少女は静かに呟く。

そして、遠くを眺める。

愛する人が帰ってくることを願って。


私は君の帰りをずっと待ってるからね。


少女の心の声は誰にも届かない。




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スピリッツメモリーズ 神里真弥 @SinyaKamizato

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