第3話宿屋の少女

空を見上げれば、ほのかに朱色に染まった世界が存在していた。

もう少しすれば、やがて真っ暗になり人々は眠りにつく。

眼前に建てられた家。ふと、看板を見ると宿屋『ホープ 』と書かれた文字がある。


「アヤメが家に来る前に、一軒ぐらいは挨拶しようと思ったけど、まさか宿屋があるとはなー」


看板を見て、アルマはそう呟いていた。

好奇心によって宿屋のドアを開く。


中に入ると、真っ先に眩しい光がアルマの目に飛び込んでくる。あまりの眩しさに、つい手で目を隠す。光が、宿屋の灯りだということに気付き、辺りを見渡すと木で作られた壁や床が広がっていた。そして、一人の女性がアルマの方を見つめている。

真っ直ぐな瞳で、女性が口を開く。


「お客さんか?」


「いえ、客じゃないです」


女性は、不貞腐れた表情を浮かべる。

背中まで伸びた赤髪、後ろでその髪を結んでいる。そして真っ赤な瞳が冷たくアルマを見据えていた。


「じゃあ、何? 冷やかし?」


「この町に住むことになったので、挨拶に。どうもアルマです」


女性は納得したように、少し口の端を緩める。

冷やかしではないと分かったからだろうか?

アルマには分からない。


「あー。なるほど。私はマーガレット、何か困った事があったら私に言ってくれて構わないよ」


先程までの、やる気のなさが少し取れたように話すマーガレット。

根は優しくて、親切な人なのかもしれない。


「そうすることにします。この宿屋はマーガレットさん一人で?」


その質問に、マーガレットは不敵な笑みを浮かべ。


「何? 手伝ってくれるの? 優しい子どもは嫌いじゃないよ」


どうやら、人手に困っているらしい。

アルマは、困っている人がいたら、極力助けたいと考えている。

しかし、まだこの町に来たばかりのアルマに出来ることは少なそうだ。


「今度時間がある時にでも手伝いに来ますよ」


笑顔でそう返すアルマにマーガレットは失笑した。


「冗談だよ! 娘がいるからね」


にこやかに微笑むマーガレット。

彼女の娘はいったいどんな人なのだろうか?とアルマの中で好奇心が渦巻く。

すると、後ろのドアがゆっくりと開かれて、

咄嗟にアルマは振り向いた。

そこには。


「お母さん。雑貨屋さんから材料買ってきたよー」


肩まで伸びた茶髪がとても綺麗に見え、琥珀色の優しく温かい瞳。

微笑んだ少女の姿はまるで天使のように見える。

少女の方もアルマに気付き、視線と視線が混じり合う。

すると、少女の笑顔に変化が現れる。

目を大きく見開き、綺麗な顔の肌がみるみる赤くなっていく。

その変化を不審に思い、アルマが訊ねる。


「どうかした?」


腕をぶんぶんと振り回し、少女が慌てて口を開く。


「な、な、なんでもありません!」


なんでもないとは言っても

呼吸が荒く、アルマにはなんでもないようには見えなかった。

そこに、背後のマーガレットが割って入ってくる。


「リリス。こいつはアルマ。この町に住むことになったそうだ。挨拶しな」


マーガレットに促され、恐る恐る少女が。


「リリスです」


「あ、ああ。よろしくリリス」


アルマがリリスの名前を呼んだ途端、リリスが目を見開き、頬を赤らめた。

そして。


「はうー。どうしよう。名前で呼ばれたー」


何やら、アルマたちに隠れてぶつぶつと呟き出すリリス。

あまり見ない方がいいと思い、咄嗟に視線を逸らすアルマ。

すると、マーガレットがアルマに話し掛けてくる。


「まあ、リリスは内気なところがあるけど仲良くしてやって」


「分かりました。挨拶も済んだことですし、俺はそろそろ帰ります」


泊まるわけでもないのに、長居しすぎるのは迷惑だと感じ、アルマはマーガレットにそう言った。


「そう。また気軽においで。今度は料理の一つでもご馳走してやるよ」


親指を立てて、満面の笑みでそう言うマーガレット。

人の心の温かさを感じながら、アルマはドアを開く。

すると、背後から声が掛かる。


「あの、もし良ければまた明日も来てくれませんか?」


視線を逸らしながら、告げるリリスの言葉。

アルマはそれに笑顔で答える。


「ああ。また明日」


今度こそ、外に出るアルマ。

すぐに空を見上げると、暗い空が広がっていた。

アヤメがもう家に着いているかもしれないと、ヒヤヒヤしながらアルマは闇の道を慌てて走る。

その光景を眺めながらリリスはマーガレットに向かって。


「お母さん。私アルマさん見てると胸がドキドキする」


「病院行く?」


「多分それ違うと思う」


間抜けな親子の会話が空気となって消えていった。



一方、アルマの家では。


「アルマくん遅いなー。料理冷めちゃうよ……」


もうアルマの家にいたアヤメが机に突っ伏してアルマの帰りを待っていた。

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