第1話新たな家
木の香り漂う青い屋根の家。
見た感じ、住み心地の良さそうな雰囲気を醸し出している。
「ここが、君のこれから住む家だよ」
笑顔で、アルマの方を振り向き、アヤメが言った。
自分の家を持つというのを、夢に抱いている人間も少なくないだろう。
アルマも例外ではなかった。期待に目を輝かせ、早く中に入りたいという気持ちが全面に出ている。
しかし、アルマが見ていたのは、目の前の家ではなく、その隣の豪邸だった。
「この町には金持ちが住んでるんだな。いったいいくらするんだあの家……」
「うーんお金持ちって言っても、そんなに良いものじゃないみたいだよ。あそこに住んでるお嬢様はなんでも親と喧嘩して、この町まで引っ越してきたらしいし……」
心配げな表情を浮かべ、アヤメは隣の豪邸を見る。
親と子の喧嘩などはよくある話だ。
しかし、喧嘩で家を出てきたとなると、それ程の理由があるのだろう。
名も知らない豪邸に住む人の事をアルマは知りたいと感じていた。
「ま、まあこの町に住むんなら、あの家の人に会うこともあるだろうし、その時はちゃんと挨拶するんだぞ? とりあえずこっちの家の中を紹介するから付いてきて」
「あ、ああ」
ドアを開き、すたすたと中に入っていくアヤメの後をアルマが追う。
家の中を見渡すと、まるで誰かが住んでいるかのように綺麗だった。
家具なども揃えられており、本当に空き家なのか疑わしくなってくる。
「ここ本当に住んでいいの? 誰か入ってきたりしない?」
「心配しなくても大丈夫だよ。誰も住んでないって言ったでしょ?」
その言葉を聞き、改めてアルマは家を見渡してみる。
「それにしては、綺麗すぎじゃないか? 俺はもっと汚れてて掃除しないと住めないような場所に案内されるのかと心の準備までしてたのに……」
「確かに綺麗だよねー。さすがはスズネちゃんだね」
初めて聞く名前に、アルマが首を傾げる。
「スズネちゃんって誰?」
「あっそっか。アルマくんは知らないんだった。えっとね、さっきの豪邸のメイドさんだよ。いつか誰か住む人が現れるかもしれないからって、掃除してくれてたんだよ」
今の発言だけで、そのメイドがどれだけ有能なのか伝わってくるような情報だ。
誰が来るかも分からない家をこれ程までに綺麗に掃除しようとは中々思わない。
少なくとも、アルマはそうだった。
「あの家、メイドもいるのか……」
「そんなに気になるなら、後で行ってみたら? エリちゃんもちょっと素直じゃないとこはあるけど根は優しい子だから、きっと入れてくれるはずだよ」
あんな豪邸に自分が何者かも分からないアルマが入っていいのだろうかと悩む。
アヤメの口から出た新たなエリという名前は恐らく、あの豪邸のお嬢様なのだろう。
「気が向いたら行ってみることにする」
「うん! あっそうだ! アルマくんって料理出来る?」
突然の質問に驚く。
料理。今まで、自分の料理の腕がどれ程だったのかまるで分からないアルマ。
だが、ちょっとした苦手意識がアルマの中に芽生えた気がした。
「分からないけど、あんまり得意じゃない気がする……」
「えっともし良かったら、あたしが作ってきてあげようか?」
頬を赤らめて、アヤメがアルマを見つめる。
アヤメの家は、ここからそこまで遠い距離には存在しなかった。
どちらかと言えば、近い方だ。
だから、持ち運び自体はそんなに大変では無いはずだ。
アヤメの手料理。いや女の子の手料理を食べたいという反面、これ以上アヤメにお世話になる訳にはいかないという葛藤がアルマを襲う。
そして、アルマが出した答えは。
「自分で作るよ」
顔を引きつらせて、アルマは言い切った。
迷惑はかけられない。
手料理を食べたいという願望にどうやら、勝てたようだ。
しかし――――
「あっもしかして、あたしには料理なんて出来ないとか思ってない? こう見えてもあたし料理結構得意なんですけど!」
勘違いをされ、頬を膨らませて怒るアヤメ。
アヤメが料理が出来ないなんて微塵も思っていなかったアルマはどうしたものかと迷う。
「いや、そんなこと思ってないって」
「いーや思ってた! あたしこれから家に帰って料理作ってくる! 夜はここに居てね? きっとアルマくんが美味しいって言うような料理を持ってくるから」
そう言うと、アヤメはドアを開き、家を出ていった。
料理を作りに家に戻ったのだろう。
アルマは、突然怒り出したアヤメの威圧に押し負け、何も言うことが出来なかった。
しかし、結果としてアヤメの手料理を食べられるようになったのだから少し嬉しくも思う。
相手から作ると言い出したのだから、迷惑にはならない、と信じたい。
一方。アルマの家の近くの道を歩く一人の少女が溜め息を零していた。
「はぁ。何もあんなに叫ぶことは無かったか。でもアルマくん、ああでも言わないと、すぐに遠慮しちゃうもんな。もっと人を頼ってもいいのに……」
アルマの気持ちなど、見透かしていたかのように、呟くアヤメの姿がそこにはあった。
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