スピリッツメモリーズ

プロローグ

ずっと待ってるからね

声が聞こえる。どこか聞き覚えのある声が聞こえる。

けれどそれが誰なのかまるで分からない｡

ふと、眩い光に照らされるような感覚がして少年は目を開いた。

見知らぬ天井｡太陽の光が窓から差し掛かかっている。

辺りを見回すと、ふかふかのベッド、整えられた家具、しっかりと掃除が施されているのかピカピカの床があった。

そんな部屋の中に一人｡

椅子に座って遠くを見ている少女の姿があった。

視線を感じたのか、少女が少年の方に目をやる｡

すると、少女は笑顔で｡

「あっ起きたんだ。体調はどう？」

そんな質問に、少年は首を傾げ考える。

何故自分がこんな場所にいるのか｡

そもそも自分はどうして、知らない人のベッドにお世話になっているのだろう、と｡

「えっと……」

何と答えればいいか迷い、少年は黙り込む。

「あっごめんね｡起きたばっかりで頭がまだはっきりしてないよね。道端で倒れてたんだもん。きっと大変だったんだね」

うんうんと頷き、自己理解する少女｡

しかし、少年にとっては意味不明の言葉で大きな疑問が出来た｡

その疑問が言葉となって出る｡

「道端で倒れてた！？ なんで！？」

少年の叫びに、目をきょとんとさせ、何度か瞬きする少女｡

「それは、あたしが聞きたかったことなんだけど……えっと、もしかして覚えて……ないの？」

心配げに、少年を見つめる少女｡

琥珀色の瞳がきらきらと輝いている。

人の記憶とはなんとも脆いものなのだろうか。

少年は覚えていなかった。

どうして自分が倒れていたのか｡

自分が今まで何をしていたのか。

自分の名前さえも。

「覚えていない……」

「それって記憶喪失ってこと！？」

目を大きく開き、少年の顔に勢いよく自分の顔を近付けてくる少女｡

唇と唇が当たりそうな距離にある事で、少年は内心ドキドキしている。

そんな心が読まれたのかは、分からないが少女は突然顔を真っ赤にして、少年から距離を取った｡

「ご、ごめん！ びっくりして……つい」

「い、いや｡ありがとうございました」

咄嗟に感謝すべきと感じ感謝の言葉を口にする少年｡

「どうしてお礼を言われてるのかは分からないけど……記憶喪失って話は？」

「えっと多分、記憶喪失で合ってる」

「多分って……それじゃあたしとの事も覚えてないの？」

少女の言葉に息を呑む少年｡

とても寂しそうな表情をしている少女を見て、嫌な汗が出てくる。

一体自分はこの人とどんな関係だったんだろう。

ま、まさか付き合っていたり。

そこまで、考えたところで少女が堪えきれないというように、噴き出した。

「あはははは｡ごめん｡君焦り過ぎだよー｡あたしと君は初めて会ったから覚えてなくて当然だよ」

腹を抱えて、笑う少女を見て、怒りよりも安堵が勝る。

ほっと一息ついてから、少女をじっと睨む。

冗談にしては笑えないというふうに｡

しばらくして、少女が笑いを止めてこちらを見やる。

すると、考え込むようにしてから｡

「ねぇ、君この町に住まない？ 記憶が無いんじゃこれからどうしようもないでしょ？」

予想外の提案だった｡

だが、ベッドまで借りて、さらにお世話になっていいのだろうかと迷う少年｡

自分にはこの恩を返しきれるだけの自信が無かった｡

そんな少年に少女が優しく微笑む。

「あー困ったなー。この町の一軒だけ誰も使ってないあの家……誰も住む人が現れないなら潰すって神父さんが言ってたなー。あたしこの町の思い出が一つ消えちゃうなんて嫌だなー｡誰か住んでくれる人居ないかなー？」

わざとらしすぎる少女の台詞に少年は唖然とする｡

けれど、理解はしていた。

これは少女の優しさだということを｡

自分が住んでしまえば、少女の言う家は潰れずに済む｡

家も潰れず、少年も住む場所を手に入れられる一石二鳥という訳だ。

いつかきっと少女に恩を返せるそんな日が来るのなら、少年はなんでもやろうと誓って口を開く。

「えっとその家俺が住んでもいいか？」

「えへへ｡お買い上げー！」

少女は嬉しそうに、手と手を二回合わせてそう言った。

お買い上げ？お買い上げという事はお金が発生する？

そんな話聞いてない。

笑顔の少女とは対称的に頭を抱える少年｡

「あたしはアヤメ｡君の名前はって覚えてないのか……」

名前｡

考え込む少年の頭の中に不思議な声が聞こえてきた。

アルマ、きっと、きっと帰ってきてね｡

アルマ｡

誰の名前かは分からないが、ひとまずこの名前を借りることにしよう｡

不思議な声に感謝しつつ、アルマは名乗る。

「アルマ……アルマって呼んでくれ」

「名前は覚えてたの？」

一瞬驚いた表情を見せるが、ぱっと笑顔になるアヤメ｡

青色の艶のある髪が密かに揺れる。

「頭の中でアルマって呼ばれた気がしたんだ」

「えー？ なにそれ」

小さく笑うアヤメを見て、アルマも笑う｡

これからこの町に住むことになるのかと、窓の外を見る｡

窓の外からは、穏やかな自然があるだけだった。

伝えたかったな。私の気持ち｡

再び、アルマの頭の中に声が聞こえてきた。

そんな気がした。