湧雲

 爆発音が聞こえて、黒い服を着た一団と対峙していた天羽翔は、思わず音の聞こえた方角へと目を向けた。

 体を動かしたわけではない。顔を向けたわけでもない。ほんの少し、視線をそちらへ走らせただけだったが、目の前の敵はその隙きを逃さなかった。

 まるで示しあわせたように、翔めがけて攻撃を開始する。

 翔は、襲いかかる敵を一人ひとり投げ飛ばしながら、人数を数えた。


 ……一

 ……二

 ……三

 ……四

 ……五

 ……六。


 六人。 

 八尋弓弦という少年と、信乃を抱いた大きな男は、秀一が追って行った。

 秀一の足を止めないためにも、目の前の六人は、なんとかここにとどめておきたい。

 チラリと上空を確認した。

 青かった空は今はもうどこにもなく、分厚い雲に覆われている。だがこの暗さこそ、翔にとっては好都合だった。


「雷鬼!」


 翔は手を天にかかげながら叫んだ。

 空はさらに暗さを増し、ゴロゴロゴロゴロと、雷神の唸り声が空をかけていく。それと同時に、光の剣が分厚い雲から地上に向けて放たれた。

 轟く雷鳴と光の中から、一匹のコロコロと丸い四足の生き物が翔の前に転がり出る。その小さな生き物は、姿を現すなり、翔を周囲を飛び跳ねた。

 バチバチと放電する雷鬼を避け、六人が飛び退り、翔から距離を取る。

 雷鬼はひとしきり走り回ると、翔の足元へすり寄った。


「さっきの爆発音は何だ? あれもお前たちの仕業なのか?」


 翔は少し腰を落とし、周囲への警戒を解かずに問いただす。


「ふふ……ふふふふふ……」


 翔のちょうど正面に立つ女の口から、低い笑いが漏れていた。

 男と見まごうほどの筋骨逞しい体つきだが、身体にピタリと張り付くような黒いシャツの胸には、大きな二つの膨らみがあるり、女であると知れた。長い髪を後ろで一つにくくっている。


「今の爆発で、あの学園は大騒ぎでしょうね。こちらに気を向ける余裕はないはずよ……。」


 そう言い終わると、女は大地に手を当てた。


「出でよ! 雷鬼!」


 女の叫びに応じ、もこもこと地面が盛り上がる。盛り上がった土の中から、丸い生き物が飛び出してきた。


「なん……だと?」


 翔の目前で、土の中から現れたのは、翔の呼び出した雷鬼と姿かたちがよく似ている。違うのは色くらいなものだろう。翔の使役する雷鬼は黄緑色に輝く雷鬼であるのに対し、女の呼び出したものは、透けるような闇の色をした雷鬼だった。

 

「お前の種族と、私たちとは、似た者同士なわけ。天に生きるか、根に生きるかの違いはあるけどね……雷鬼!」


 女の呼び声に応じ、闇色の雷鬼が翔の呼び出した輝く雷鬼に向かって飛びかかって来る。

 それと同時に、女が背後にあった木を足で蹴り、勢いをつけて翔に向かってきた。周囲を取り囲んでいたものたちも、女の動きに呼応する。

 翔は女の蹴りをかいくぐり、背後から襲い掛かってきた男に、振り向きざまに膝撃ちを食らわせると、もうひとりの腕を掴んで背負い投げにした。投げ飛ばされた男は、ごっ! という鈍い音をたてて、後ろにいた仲間に激突する。

 瞬きほどの間で、あっという間に三名を倒した。

 残りは三人。

 翔は体制を整えながら、大きく息を吐いた。

 二匹の雷鬼は上になり下になりしながら、激しく争っている。

 だがしばらくすると、ギャン……というような声を残して、闇色の雷鬼がふっと空中に溶けた。


「さすが、天羽のご子息」


 そう言ったのは、少し離れたところで様子を見ていた一番小柄な男だ。頭がつるりと禿げ上がっているが、よく見ると、顔つきは若いようにみえた。


「ほう、お前が行くかい?」


 大きな女がスキンヘッドの男にそう言うと、数歩後ろに下がる。

 どうやら、男と翔の戦いを鑑賞するつもりらしい。

 女が後ろに下がると同時に、小柄なスキンヘッド男が一歩前に出る。

 男はじいっと翔を見つめながら、己の手のひらを上に向け、顔の前まで持ち上げた。


「来い……」


 小さな呟き。それと同時に男は、目の前の手のひらに「ふうーっ!」と、深く息を吹きかけた。

 その吐息に乗るように、周囲の気配が凝り、一匹の大きな犬が姿を現す。

 真っ赤な目をしたその犬は、何故か全身ヌメヌメと血で濡れていた。


 ぽたり。


 被毛の先から闇朱の雫が一粒落ちる。

 ぶるっと、血を滴らせながら小さく身震いをした犬は、翔の隣で頭を低くして威嚇ししている雷鬼に、顔を向けた。


「行け!」


 男の指示に、血塗れの犬は雷鬼に向かって飛びかかり、首元に牙をたてて、ブルブルと頭を振り回した。雷鬼はバチバチと火花を散らしながら身を震わせて、なんとか犬の牙から逃れると、翔の隣に並んだ。

 目を見開いたまま、翔が呆然と呟いた。


「まさか……蠱毒・狗神……お前……狗神を造ったのか!」


 狗神とは、蠱毒と呼ばれる術の中でも、極めて残忍な技だ。

 蠱毒自体、生き物を殺し合わせて、最後に生き残ったものを使い魔に仕立てるという、闇の技である。

 狗神というのも蠱毒の一種ではあるが、犬を使い魔に仕立てる方法は、蜘蛛やムカデを使い魔に仕立てるのとはわけが違った。

 犬を動けないようにし、届かない場所に肉を置く。そうしておいて、餓死直前にその犬の首をはねる。ここで犬の魂に強烈な飢えの念が出来上がる。

 更に往来の多い道にその首を埋め、飢えと恨みが最高潮に達し、凝り固まり、その魂が異形のモノと成り果てたところで、術者が犬の魂を解放し、己の使い魔とするのだ。

 自分自身をそのような目に合わせたものが術者本人だというのに、狗神は悲しくも、己を開放し飢えを満たしてくれたとして、術者に忠誠を尽くす。

 もちろん、何の力もない人間がそんな術を行ったとしても、ろくな結果にはならない。

 使い魔を作り上げるどころか、出来上がった恨みの塊に自分自身を食い殺されてしまうことさえある。

 翔は、この恐ろしい術を完成させたという男に、戦慄した。

 力を恐れたのではない。その男の持っている心の中の闇に、本能的な嫌悪感が沸き起こったのだ。


「いかにも。この狗神は、俺の使い魔さ……」


 翔の反応を伺いながら、小柄な男は、薄ら笑いを浮かべていた。

 スキンヘッドの男を護るように立ちふさがった狗神は、翔の呼び出した雷鬼の倍……もしかするとそれ以上になるのではないかという大きさだった。

 引き締まった筋肉、スレンダーなボディ。

 ピンと立ち上がった耳は、生まれてすぐに手術を受けたことを示している。狗神となる前は、ヨーロピアンタイプの優秀なドーベルマンだったに違いない。

 一般家庭で飼われるのは、アメリカンタイプのドーベルマンが主流で、ヨールピアンタイプに比べれば体格が小さくなる。眼の前に立ちふさがるのは圧倒されるほどの立派な体格のドーベルマンだ。

 今は釣り上がった目に狂気をみなぎらせ、歯をむき出して翔を威嚇している。

 その牙の先からも、血がときおり滴っている。

 翔は思わず唇を噛み締めた。

 ギリッ……という音が頭に響いて、口の中に血の味が広がる。


「秀一がいなくてよかったな……。いたら、お前なんか、間違いなく八つ裂きにされてたろうからな!」


 翔の言葉を、スキンヘッドの小男は、ただ笑って受け流した。

 翔の心の中で怒りが膨れ上がり、男めがけて一直線に走り出す。


「行け、狗神」

 

 走る翔を狗神が狙ったが、その牙も爪も、翔に届くことはなかった。

 翔の動きが早かったことも理由のひとつではあるが、狗神が翔に飛びかかるより早く、雷鬼が体当りしたのだ。

 その間に、狗神と一緒に翔に躍りかかってきた大柄な男を、翔は渾身の蹴りで大地に沈めた。男は転がりうめいていたが、意識を失うほどのダメージは与えられなかったらしい。だが、暫くの間は手を出してこれないだろう。残るはスキンヘッドの男と、雷鬼を使いの女。


「雷鬼! 狗神は放っておけ! スキンヘッドの男だ!」


 狗神はただの使い魔だ。あの男を殺せば、狗神も開放される。

 翔は男の胸ぐらに掴みかかったが、紙一重のところで逃げられてしまう。

 男の動作はのらりくらりとしているようで、思った以上に早い。

 ゆらりと揺れたかと思うと、すでに手の届かない場所へ移動している。

 翔の手から逃れた男に、こんどは雷鬼が飛びかかった。

 だが、男と雷鬼の間には、狗神はすばやく立ちふさがる。


 バキバキバキ……ッ。


 派手な音を立てて、跳ね飛ばされたのは雷鬼の方だった。


「雷鬼っ!」


 翔の呼びかけに応じ、雷鬼は飛ばされながらも体制を立て直し、飛ぶようにして翔の元へ戻ってくる。

 そこへ再び狗神からの攻撃が繰り出される。

 数度の攻防。

 翔に向かって牙をむく狗神を、翔は顔の前に腕を振りかざして避けようとした。

 しかし、狗神が翔に食らいつくよりも早く雷鬼が向かっていく。翔の目の前で雷鬼と狗神がひとかたまりになり、お互いの首元に牙を突き立てようと、激しい戦いを繰り広げていた。

 スキンヘッドの男を倒せば、狗神も消える。だが、スキンヘッドの男を倒そうとすれば狗神が向かってくる。軽くいなすには、狗神の戦闘能力が高すぎる。


 ――まずは狗神を除かなくてはならないのか?


「雷鬼! 避けろ」


 翔の指示で雷鬼が狗神の上から飛び退ると、翔は間髪をいれずに狗神に掴みかかった。不意を疲れた狗神は反応が送れたのだろう、翔の左手が狗神の喉を押さえることに成功する。

 右手を大きく振り上げた。

 そのまま振り下ろせば、狗神の顔を潰すことができただろう。


 きゅー……う……ん。


 しかしその時、小さく狗神の喉が鳴ったのだ。

 一瞬だった。

 はっ、と翔の動きが止まった。

 それとほぼ同時だった。


「ぐ……わあああぁあぁ……つっ!」


 翔は自分が叫んでいることにも気が付かなかった。

 腕の痛みに思考がストップする。

 振り上げた右腕に狗神が腕に食らいついていた。翔の一瞬の隙きを逃さなかったのだ。食らいついたまま、腕を引きちぎろうと頭を振る。

 翔はとめどない悲鳴を上げていた。


 ――食い千切られる!


 そう思った時、ふっと、腕が狗神の口から開放された。


 それでもまだ続く痛みに震え、すぐに周囲の様子を確認することはできなかった。

 狗神に噛みつかれていた方の手を抱きかかえるようにして、ようやくあたりを見回す。 

 狗神は、翔の目の前で、目と口を大きく開いて動かなくなっていた。

 見開かれた目の奥には、大きな空洞が広がっているように虚ろだ。先程まで轟々と燃えていた恨みや怒りの感情も、その瞳の中からはふっつりと消え去っている。

 何が起こったのか、翔の頭の中がしばらく混乱していたが、気づくと、雷鬼があのスキンヘッドの小男の喉元にがっぷりと牙をたてていた。

 倒れ込んだ男は白目をむいている。

 雷鬼の牙の食い込んだ皮膚の周囲は黒くなり、そこから異臭と煙が上がっていた。

 ビクンと痙攣した男から力が抜けていく。

 しん、と男が動かなくなると、雷鬼はゆっくりと牙を抜いた。

 狗神の影が薄くなっていく。そして、まるではじめから何もなかったかのように、狗神の存在そのものが霧散していった。

 こんなモノになっても、生きていたといえるのなら、それは狗神の死だったのかもしれない。

 


「あははははははは! ふふっ……! はは、はははははは!」


 ぽつりぽつりと降りはじめた雨の中、しんとした林の中で、黒の雷鬼を呼び出した女のけたたましい笑い声がだけが響いていた。

 翔は六人いた敵のうち、四人までは倒したことになる。一人はようやく這うように体を起こしたところだ。

 けれども……。

 最後に残った女。おそらくはこの女が一番、強いだろう。


「やるじゃないか天羽翔! でも甘い……甘いねえ」


 女の顔には、喜色とも言えるような表情がうかんでいた。一体今の状況の何が楽しいのか。翔には理解し難いものがある。


「あの時どうして拳を振り下ろさなかった? 狗神はねえ。殺してやることでしか開放してやれないんだよ。自分の手を汚したくなかったのかい? それとも、同情したか? バカだねえ。アイツを殺せば、狗神を殺したこととおんなじなんだよ……」


 ビーーッと布の割ける音がして、女の着ていた黒いシャツの袖が裂け、一つの肩から四本。計八本の腕がニョキリニョキリと生えだした。しかも、腕の先はそれぞれがトゲトゲとした茨の鞭のような形状になっている。

 着ていた服はすっかり裂け、上半身には、大きな白い乳房が顕になっていた。

 翔は負傷した腕を抑えながら、変化していく女を、呆然と眺めていた。

 きれいな筋肉に覆われた女の体は、どこか幻想的な絵画のようだった。

 そして……。 

 ヒュン!

 女のいばらの腕が空気を切り裂き、ピシリ! と地面が音を立てた。

 ヒュ……ッと、鞭が唸る。

 痛みを覚悟した鞭の軌跡は、わずかに翔を逸れていった。


 ――何故?


 わけがわからずに、翔の目が、鞭を追う。

 しゅるしゅると伸びた茨が、まるで矢のように雷鬼に向かっていった。


「雷鬼!」


 鞭の先が雷鬼に突き刺さる!

 思わず翔が叫んだ時、またもや女の腕の先は変形し、檻のような形となった。雷鬼は、避けることすらできないで、女の左腕の先の、茨の檻の中に捕獲されてしまった。

 女は体をのけぞらせてけたけたと笑い始める。

 見ているものが、思わず怖くなってくるような、常軌を逸した笑い方だった。

 笑いながら、雷鬼を締め上げ始める。

 雷鬼は檻の中でバチバチと放電を繰り返しているが、女には効き目がないようだった。

 なにしろ、彼女自身が雷鬼を操るのだ。彼女に雷の力は効かないのだろう。


「やめろ……!」


 翔が叫ぶと、女の馬鹿笑いがピタリと止まった。

 睨みつけるように翔けるをしばらく見つめる。


「やめろと言われて、やめるバカがどこにいる?」


 だが、その言葉とは裏腹に、女の雷鬼を締め上げる力は弱まっていた。檻の中で、雷鬼が黄緑色の放電を繰り返しながら飛び跳ねている。


「天羽翔。私の名を教えてやるよ。私の名前は醜女しこめ八女やつめ。太古、暗い根国の泥土の中から生まれたのさ。……同じ雷鬼を操る一族だが、お前たちは白き翼で天を翔け、私たちは泥から生まれ、根の国で生きてきた……」


 話している間に、雷鬼を捉えた腕とは反対側の、右肩から伸びる四本の茨の鞭が、うねうねと蠢きだしていた。次第に大きく波打ちだす。

 ヒュンと音がしたかと思うと、それは翔けるめがけて、今度こそ一直線に伸びてきた。


「ぐっ……!」


 背中に生まれた痛みとともに、思わずうめき声が漏れ、身体を丸めて、地面に転がった。


「あははははははは!」


 翔を眺めながら、女は再び笑っていた。

 左手で作られた茨の檻はまた小さくなっていき、雷鬼のふわふわとした身体を締め上げ始めている。

 雷鬼はしゅうしゅうという唸り声のような、息遣いのような音を立てていた。


「やめろ! 頼む! 雷鬼……っ、戻れっ!」


 きゅいーん。

 雷鬼の鳴き声など、翔ですら、聞くのは初めてだった。


「やめてくれ! 戻れ! 戻れよ雷鬼!」

「ふふ、ふ。誇り高き天羽の者が私に懇願するとはね。ああ、なんて気分がいいんだろう。天羽翔……もっともっと地面の上でのたうって、もっともっと私に跪いて見せておくれよ」


 大きく振りかぶって振り下ろされた八女の次の一撃は、地面を転がりなんとか避けた。

 しかし、間断なく襲いかかってくる攻撃を、翔はもう避けることができなかった。

 腕で顔をかばい、体を丸め、何度も生まれる痛みに耐える。


「お前の力はこんなもんなのかい!?」


 言葉とともに、ぴたりと攻撃が止まった。

 体を丸めたまま、八女を見上げる。大きな2つの乳房と、その上からこちらを覗き込んでいる顔。見下ろすその顔には、ゾッとするような笑みが浮かかんでいた。

 笑みをたたえながら翔を観察しているのだ。

 八女の左腕で作られた檻が、翔からよく見えるように高々と掲げられた。そして、今までにない勢いで雷鬼を締め上げた。

 小さな明滅を残して、ふっと茨の檻の中が空になる。


「雷鬼!」


 翔の脳内が真っ白になった。

 いや、色に例えるなら赤かもしれない。

 自分が誰で、ここが何処で、今何をしていて……そんなことが全て消え、ただただ真っ赤な怒りが湧き上がり、気がつくと翔は叫んでいた。

 翔の怒りに応えるかのように空が震え、稲妻が走り冷たい火柱が立つ。

 天から降り注ぐ何本もの光の矢が、八女をめがけて一直線に走った。


「八女!」


 八女と翔が戦っている間に動けるようになっていたらしい大きな男が飛び出して、八女に突進すると、一緒に転がりながら降り注ぐ稲妻を避けた。 





 閃光の中に、真っ白な羽を生やした憤怒の形相の男が立っていた。

 真っ白な装束を身に着け、そこから突き出した腕とふくらはぎは、隆々と筋肉が盛り上がっている。燃えるような赤毛を逆立て、男の体自体、ほんのりと淡く光り輝いていた。

 ぽつぽつと降り出していた雨が、またたくまに激しくなっていくが、激しい雨粒が、その男の周囲だけを避けていく。


「覚醒したか……天羽翔……」


 大地に転がり泥に塗れながら、八女はつぶやいた。


『コロス……』


 翔の目が、八女を捉える。

 

「ふふふふ……」


 八女の八本の腕が、一直線に翔に向かっていった。

 翔が動いた。

 片手で襲いかかる八本の茨を受け止め、もう一方の手を茨の上に振り下ろす。

 ブチブチという音を立て、茨が千切れていった。

 一人残っていた男が、八女を助けようと翔に掴みかかっていく。その間に、すばやく体制を立て直した八女は、片膝をたてた状態で地面に両手をついた。


「出でよ雷鬼!」

 

 ボコ……ボコボコボコ。


 八女の手の下で、地面が蠢動した。  

 盛り上がった泥の中から、何体もの雷鬼が飛び出してくる。

 八女の腕は元の人間の腕に戻っていた。


 モコ……モコモコモコモコッ!


 地中から、泥が盛り上がるかのように湧き出た雷鬼が、翔へ襲いかかる。

 湧き出した雷鬼の数は十数体にも及んでいたが、翔の腕は、数体ずつまとめて薙ぎ払った。


「ではまた会おう。天羽翔!」


 叫んだ八女に、一人残っていた男が自分の羽織っていた上着を投げた。

 それを空中で受け取り、袖を通すと、八女はそこに転がっていた仲間を一人抱えあげて走り出す。

 大きな体の男は二人の男を小脇に抱えた。


「あんたが残っててくれてよかったわ。でなきゃ、こいつら、殺してから消えなくちゃならないところだった!」


 八女と男は、一目散にこの小さな広場から、離れて行こうとしていた。


「待て!」


 逃げる二人を追おうとする翔に、まだ残っていた黒の雷鬼が、束になって飛びかかって行く。

 一体、また一体と、翔に駆逐されていくのだが、暫くの間翔を足止めするためには充分だった。

 次々絡みついてくる雷鬼に辟易した翔が、空中から何かを掴み取るような動作をする。


 パリ……パリパリパリパリ……バリ!


 遠くから細い雷鳴が空を走り、翔の手の中に落ちた光は、光り輝く剣のような形となった。

 

 バリン!


 刀が雷鬼を薙ぎ払う度に轟音が響き、雷鬼は刀に吸収されていくように姿を消していく。

 そうして――降りしきる雨の中、最後に立っていたのは天生翔、ただ一人だった。

 

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