失踪

「体が半分の人間に襲われる」というメモと共に友達が失踪した。


ヒロキは病気や事故、先天的な障害などを理由に体の一部を残念ながら欠損している人を想像した。そんな人達を遠回しに表現した隠語だと思ったのだ。


失踪したアキラは幼馴染で、お互い進学と就職を理由に上京し独り暮らしを始めた。

東京でも偶然住むアパートが近所になり、学生と社会人では生活スタイルは違えどたまに遊んだ。


ヒロキは母からの電話でアキラの行方不明を知らされた。

昨日無断欠勤してから全く連絡が取れずアパートにもおらず、彼の実家に会社から電話があったそうだ。そして仲の良かったヒロキに母親経由で連絡が来た、というわけだ。

SNSの更新が数日滞ってはいたが、元々積極的に活用していたわけでもない。

「先週木曜、大学行く時に駅の改札で会ったよ。おかしな事は何にも無かったけど」

1週間前、大雨で電車が遅延した日だから覚えている。

そして母からの頼みで、明日上京するというアキラの母親と彼のアパートで会う事となった。

余りにも急な話だが、アキラの両親にはヒロキもお世話になっていたし東京に不馴れな人だというのも知っているから。


少し気が重いまま、ヒロキはアキラのアパートに向かう。空はよどんでいる。


「今まであの子、無断欠勤なんてしたことなかったから会社の人がおかしいと思ったらしくて」

アキラの母親は喋りながらテーブルの上に重ねられた書類や手紙の類いをめくっているが、何も頭には入っていないだろう。

「午前中に会社の方と話して、もし今日中に全く連絡がつかなければ明日警察に届けを出す事になったの。会社の方が付き添って下さるって」

ヒロキは先週の水曜に会ったのが最後であること、SNSは土曜の昼に更新があったこと、昨夜から朝に掛けて自分もあらゆる手段で連絡をしてみたが全く返事がないことを伝えた。


駅で会う時にいつも持っていた黒のビジネスバッグは見当たらない。あれがないのなら貴重品もないだろう。


「あらやだ」

アキラの母親が書類の束を床に落とした。慌てて拾うのを手伝うと、その中に最近流行っているという宗教のチラシがあることに気付く。

最近大学の掲示板に注意喚起のチラシがよく貼られている。

トラブルなら俺に相談してくれても良かったのに。

そう思いながら持ち上げた書類の束から不意に小さなメモが1枚零れ落ちる。

その四角い紙に、走り書きされていたのだ。


「体が半分の人間に襲われる」


「体が半分の人間」という言葉で何故ヒロキは体の一部を無くした人を想像したのか。

それは実際にアキラが中学生の頃、事故で左腕全体に麻痺が残ったからだ。軽くて小さいものを掴むのが精一杯で、肩の可動域も大分狭い。麻痺という程では無いが天気の悪い日は左足の膝も痛むらしく、時にサポーターが必要だった。

リハビリとカウンセリングのお陰で生活は出来ていたし、仕事も障害者枠ではあるが待遇の良いところに入社した。

スーツを着て電車に乗り毎日仕事に行ける程度の日常は営めていたのだ。


結局アキラは失踪届けを出された。

警察は成人の家出には消極的だったが、アキラは比較的軽度ではあるが障害者でありトラブルや事故の可能性もないわけではない、と言ったら渋々受け付けてくれたらしい。

アキラの母親は、もし何かあったらすぐに連絡して欲しい、と言って茨城に帰って行った。


ヒロキは何度かアキラに電話を掛けていたが、その度に「電波の届かないところにいるか電源を切っています」という機械音が聞こえる。

夕方に駅でアキラの母親を見送った後、そのまま直接バイトに向かう。小さなチェーン系カフェ。

友達が失踪してしまったという話をすると、店長も同僚も皆同情の言葉をくれた。

アキラは1度、店に来てくれた事があるから。


帰り道。

フラフラした運転の自転車が横を通りすぎようとしてヒロキにぶつかりそうになった。

自転車の乗り主の男性は慌てた様子で「すいません!」と言って再びふらついた運転で去っていった。

酔っ払いやヤク中には見えなかったが、なんであんな不穏な運転をしているのだろう。

まるで後ろに見えない重い荷物を乗せているかのように。

前のカゴに乗せていた荷物から察するに、すぐそこのコンビニの客だろう。

なんとなく沈んだ気持ちになり、そのコンビニで夕飯を買って帰ろうと思った時。

背後から同僚に呼び止められた。

同じ大学の、違う学部に通うひとつ上の先輩だ。

「友達のことでちょっと気になることがあって」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る