赤い靴

十二月最初の土曜日の事。

身内で忘年会をすることになり、駅前の大きなクリスマスツリーの前で待ち合わせた。

このグループは中学校のブラスバンド部のOB会を兼ねた小さな社会人オーケストラで、参加者に社交的な人間も多く外部の人間が集まりに参加する事もよくあった。

僕はそこで彼女に出会った。

マフラーに顔を埋め、キャメル色のコートのポケットに両手を突っ込んで立っていた。

キラキラ光るクリスマスツリーの前に立つ彼女を美しいと思った。


彼女はナオという名前で同い年だった。 ナオは僕の友人の高校の繋がりだとかなんとかで、この集まりに参加するのは今日が初めてだった。

友人の隣に立っていたナオはとても目を引いた。背が高く、姿勢が良い。コートを着ていても均整が取れた体だろうと予測出来た。

最初は気が付かなかった。

彼女が義足であるということに。

その立ち姿を見て右足が義足であるということ、誰がわかるというのだろうか。それ程までに義足で立つナオの姿にはなんの違和感もなかった。服のセンスが良い割に少し垢抜けない雰囲気の靴を履いているなとは思ったけれど、歩くのもそれ程気にはならない。

僕がコンバースのスニーカーを履いて歩くのと同じようにナオはなんの躊躇いもなく義足であった。

居酒屋の座敷席に上がってようやくわかったのだ。

ナオは僕の隣に座った。堀ごたつの中で不意に冷えた足が触れてドキリとする。

しかしナオは気にしていない。


酔いが回った時に悪いとは思いつつ義足について聞いた。ナオは慣れているのか気さくに答える。


高校の頃、交通事故で右足を失った。そして良いリハビリ施設と良い義足技師に早く出会えた。淡々とした簡単な話だった。

今は地元で薬剤師の仕事をしているという。

「本当は看護師か助産師になりたかったんだけど、この身体じゃ難しいかなってその時は思って。それで薬剤師を選んだんです。医療関係の仕事に憧れがあって」

ナオは足を失うまではキックボクシングを習っていたという話を始めた。流石にもう止めてしまったけれどリハビリも兼ねた毎日の筋トレは未だに欠かさないという。

僕は何故かその瞬間、ナオと喧嘩をする時は気を付けよう、この無機物の足と有機的な体で蹴られたらたまらない、と心の中で思った。

そう、その時既にナオと長い付き合いになるような、そんな気がしてしまったのだ。

付き合い始めたのはそれから一ヶ月も経たない頃だった。ナオはすんなりと僕の事を受け入れてくれた。


初めて迎える彼女の誕生日に僕は赤いヒールの靴をプレゼントした。義足でも履く事の出来る特注の品だ。

何度も何度も二人で専門店に通いつめた。

ナオは何度も「こんな靴、履けると思ってなかった。嬉しい、本当に嬉しい」と繰り返した。


しかしその幸せは長く続かなかった。


彼女は不幸にも亡くなった。


またしても交通事故で。


彼女は亡くなる2日前、僕に手紙を送りつけてきた。


「私は幸せ過ぎて死んでしまうかもしれない。だって昨日、窓の外に体が半分の死神が立っていたから」


そんな不吉な内容の手紙。


その手紙を貰ってから慌てて彼女に連絡しようとしても全く繋がらず、家まで行ってももぬけの殻。

職場の最寄駅を知っていたのでその駅周辺の薬局を全て回ってみたが結局行方はわからず。


そして僕は見てしまった。


彼女の家の近くの歩道橋を歩いていると真下で大きな音が響いた。

驚いて他の野次馬と共に下を覗き込んでみると、見覚えのある軽自動車がトラックと衝突していた。

僕はふと違和感を覚える。

軽自動車の助手席に誰かが座っているのではないか。

足がもつれて何度も階段から落ちそうになりながら、急いで階段を駆け降りる。


運転席にいたのはやはりナオだった。

しかし車にはナオ以外誰も乗っていなかった。

頭から血を流していたナオは僕に気がつくと小さく笑った、ように見えた。


これはただの交通事故ではない。

きっと得体の知れない、「体が半分の死神」の仕業だ。


怖い。そして悲しみと絶望で僕の体は硬直する。

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