第8話 工房にて
「お帰り遅かったね」
工房に戻ると、エミリーが検品業務をしていた。
お客様から依頼され、出来上がった衣装の確認をして箱にしまう作業の途中だったようだ。
「商業ギルドで、鑑定のお手伝いを急遽やってたんだ。私宛の依頼ある?」
「オーナーが、レア戻ったら渡せって言われたのがあるよ」
いろいろな紙束などをまとめ、木箱に入った物をエミリーが渡してくる。
木箱の中身は、次のオーダー依頼の資料だった。
この資料と、決まったいくつかの衣装のデザインの絵と言うか、雑な絵から綺麗に描き直して絵を描き上げるのが、次の仕事だ。
期限は、今週中に仕上げる必要があるようだ。
「ありがとう。温室の植物園にいるから、何かあれば知らせて」
増えた木箱をアイテムポーチにしまうと、そのまま植物園に向かう。
生き餌の魔蟲の管理の関係で、温室の中に自分の作業机を置く許可を貰っている為、滅多に無関係な者も入ってこないから、そこでルシアス様から頼まれた仕事をしていた。
「わかった。オーナーが戻ったら、話しておくね」
「こっちは、まず蜘蛛部屋だ」
温室内の休ませていた自分の蜘蛛を呼ぶと、理解力はあるのか、直ぐに肩に乗ってくる。
「ただいま。体調は、悪くないみたいだね」
蜘蛛に鑑定をして、体調変化の確認をする。
鑑定スキルのおかげもあり、以前と違って細かく管理出来るようになって楽になった。
蜘蛛部屋内の、他の蜘蛛も鑑定で確認した限りでは、病気や気になる体調の蜘蛛は居なかった。
「問題はなしっと。さてクーちゃん今日は糸出しの練習だ」
細い木の棒を渡すと、蜘蛛を広めの作業机に置く。
「糸の太さは、いつもと同じだから」
特に声らしき音は、蜘蛛から聞こえない。
蟲系の魔物の場合、ある程度個体レベルを上げないと念話が出来ないらしい。
曖昧なのは、念話出来るまで最低10年テイムするとか、これもはっきり決まってはいない。
まぁ、生き餌を渡していれば、その内レベルは少しずつ上がる筈だ。
小さな生き餌の魔蟲だって、レアでさえ僅かだがレベルは上がった。
自分の魔力しか与えていない蜘蛛と、生き餌を与えた場合の比較を、誰もしてない様で生きて生活するのが精一杯な平民だと、テイムした魔物は自分の仕事を補助する為だけだろう。
生き餌より魔力を好む蜘蛛もいるから、蜘蛛の種類違いもあるかもしれない。
「個人で森まで行けないし、しばらくは採取会すべて参加しないとね」
念話で明確に意思疎通してみたいが、こればっかりは蜘蛛にレベルを上げて貰うしかない。
後は念話石と言うアイテムを、テイムした魔物に取り込ませれば念話が可能になると言うことだけど、滅多に見つからないアイテムだと聞いた。
石と言うなら、アイテムと言うより鉱物だと思うけど、違うのか?とも考えてしまう。
「クーちゃんと話せれば、色々蜘蛛の事分かるのかな?」
自分の鑑定スキルで見れるのは、その時の体の状態とお腹が空いたとか言った、欲求的な感情だろうか。好みの餌だったり、食べれない餌だったり、要望的な表示もなる。
役所で鑑定した大きな糸蜘蛛の時は、急成長が状態異常と表示され、原因を知りたいと考えたら追記されるような説明表示が増えた。
レアの場合だと、鑑定したいことをはっきり決めることで、鑑定スキルが情報を追記してくれるようだ。
「知らないことだらけだ。でも楽しい」
机の上で、せっせと蜘蛛なりに言われた糸出し作業をしている。
この姿を見て、言われた事をするだけの知能があるのは分かる。
テイムした蜘蛛の糸が使える糸にする為、まずこちらが欲しい糸をだして貰う訓練をする。
蜘蛛が出す糸は、細さから太さまで蜘蛛の意思次第で、対応出来るようにする必要があった。
服飾なら縫い糸に、商人とかだと荷物をまとめやすい太さの糸とテイムした者の職種に合わせた作業補助になる糸が必要になるからだ。
テイムしてすぐ使える糸だけ出して貰うのは、意外にも難しい。
蜘蛛の知能が、人で言う何歳レベルか分からないし、蜘蛛だって教えて貰わなければ分からない。
早い蜘蛛だと、テイム後半年ほどで出来るようだが、クーはそろそろ数えて4ヶ月だろうか?
もう少しと、言ったところかもしれない。
「クーちゃん糸出しは、出来る範囲だよ。始めた頃と比べると、かなり長くだせるようになったね」
最初は1mも、出せなかった。
糸出しは出来るが、こっちが欲しい糸と言う意味でだ。
ちゃんと、出来たら褒める。
出来なくても、怒らない。
イタズラすれば注意する。
前世の幼稚園児だった姪っ子を思い出し、こっちは蜘蛛だが何故か重ねて見てしまうせいか、姪っ子の名前から久美子としょうかと思ったが、日本名はこっちだと違和感あり過ぎる。
仕方ないから、クーとだけにした。
姪っ子が自分の名前をクーちゃんねと、良く言っていたところからクーとだけ名付けた。
これなら蜘蛛が雄だろうが、雌だろうが、違和感ないと思う。
実際、鑑定したクーは雌だった。
ただ蜘蛛の名前を聞かれた時に、クーと言うと蜘蛛だからクーと思われているようだった。
まぁ、訂正はしない。
名前のセンスがないと思われようが、名付けはテイムした者の自由だ。
「私の方も、仕事しないと」
アイテムポーチに仕舞った木箱を取り出す。
今回は、貴族のお嬢さんの誕生日のドレスのようだ。
まだ本決まりではなく、いくつかの工房に絵を描かせ、気に入った絵のドレスを仕立てるようだ。
毎回思うが、綺麗に描き直す絵の原画はゴテゴテしすぎで無駄な装飾が多い上に、線がぐちゃぐちゃすぎで、鑑定スキルを得る前は何を描きたいのか当初は意味不明だった。
この絵を見て、いくつかの種類を描くのだが
してはいけない決まり事もあって、これが面倒だった。
年齢に合った丈だとか?使っていけない襟の形とかもあるらしい。
綺麗に描き直すにしても、曖昧すぎるとオーナーに言った。
元になる絵も見せ、この絵でどう描けとも不敬に思われようが資料が足りない。
描ける描けない以前の問題で、もっと資料がないと無理だと。
貴族が基本的に着る服が、まず分からない。
平民に求めて来ても、普段からどんな服きてどう過ごし、作るドレスはどんな時に着る物でと基本から知らないと、描けと言われて思うような物でなくても、それが知らないと描ける物も描けない。
はっきり言ったことが良かったのか、依頼に合わせた服飾資料を、一緒に渡してくれるようになったのは、すっごく助かった。
そして私の方は、このぐちゃぐちゃな絵を鑑定した。
鑑定スキル、かなり使えるスキルだった。
アイテムを鑑定するだけでなく、描かれた絵の意味まで鑑定してくれた。
描いた人が、どう言った意味で描いたかも鑑定スキルは読み取った。
そうなると早い物で、禁止事項に引っかかる事を省き、いくつか描き上げ原画を描いた人に絵を渡し、向こうが色塗って完成した。
ただ必ず、何種類かの絵は用意した。
何度かそんな事を繰り返し、最初にした資料が足りない事も、理解してもらえ貴族用服飾資料も流行りがある都度、提供してもらえるようになった。
「動きやすく、それでいて可愛く見えるドレスかぁ」
資料を読むと、まだ10歳の少女のようだ。
こんな歳から、親の貴族付き合いに振り回されるとは大変だ。
親の意見が、豪華に見えるドレスらしい。
10歳なら、豪華ではなく可憐に見える方が見た目にも良いと思う。
んーと考えていると、チョイチョイと袖を器用に引っ張るクーがいた。
「もう疲れた?」
棒に巻かれた糸は、そこそこの長さになっている。
集中していれば、かなり早く糸を出せるようだが、集中力も早く切れやすい。
子グモだし仕方ない。
鑑定すれば、腹ヘッタらしい。
「生き餌、のがいいか。少しでもレベル上げないとね」
クーを持って、魔虫小屋に入れる。三重ドアは面倒だが、生き餌の魔虫に逃げられても困る。
魔虫小屋には、他にも蜘蛛がいるがそっちの蜘蛛も、鑑定するが、気になるような状態の蜘蛛はいない。
「食べ終わったら、上の穴から移動して蜘蛛部屋戻れる?」
こっちがこう言ってから鑑定すれば、了解と鑑定で表示される。
念話は出来ないが、鑑定で確認出来るのだから面白い。
「鑑定は私が知りたい事、追記して教えてくれるわけだから」
クーのレベルを、見える形ステータスが知りたいと考えて鑑定して見る。
普段の鑑定なら、蜘蛛の種類と体調の状態くらいしか見れないが、細かく見たいと指定したことで、レベルやスキルにマスターまで見える。
クー 雌 (糸蜘蛛 生後7カ月)
レベル 2
HP 20/20
MP 28/60
スキル
創糸(作りたい糸を自由に作る)
飛糸(糸を飛ばす)
噛みつき (噛む)
魔法
なし
称号
なし
マスター
レア
状態 ハラヘリ
「魔力減ってる」
魔法は、まだ所持していない。
糸を出す創糸で、魔力が減ったようだ。
レアの製紙スキルと同じで、魔力を消費して糸を出していると分かった。
「魔物は魔力が減ると、腹がへるのか」
跳虫に、糸を飛ばし確保してその場で食べ始めている。
「元気だし大丈夫かな。魔水も少し足しとこ」
魔虫小屋の確認も済ませると、再び自分の作業に戻ることにした。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます