第3話 雲の森 2
採取会が終わり、街中に入るまで馬車はならんで待機している。
馬車内から見るスレバの町の出入り口の門は、今日も商人の馬車の行列が長く出来ている。
買い出しに来た他の町や、国からの商人達で一番の目当てがアイテムポーチで、次に服飾用品の買い出しだ。
三代前から売られているアイテムポーチだが、この町以外で買うとなると、値段が跳ね上がってしまうからか、アイテムポーチを買うならスレバへ直接行けと言われるほどらしい。
そんな商人達の行列を横目に、町の住民専用口へと馬車が進む。
「お疲れさん。今日の魔虫は?」
生きたままの魔虫だけは、かならず確認しなければならない。
カウント魔法と呼ぶ、生きた魔物を数える魔法があり、申告に間違いないか確認出来るのだ。
「跳虫が36匹かな」
虫をいれた布袋36をだす。
アイテムポーチに入れた死んだ虫と違い、生きたままの状態は、面倒でもこうして個別分けしている。じゃないと、共食いする可能性があるからだ。
「数に間違いないね。管理だけはしっかりやってくれよ。害ないと分かるが、虫がどこまで大丈夫かなんて分からないからな」
魔虫である以上、危険がないとは言えない。
「放す植物園は、常に蜘蛛がいるから逃げ出す隙間なんてないし、植物園も魔虫限定にカウント魔法設置して貰ってるよ。出入り口も三重ドアに変更して、常に各ドア付近も蜘蛛付き」
蜘蛛専用通路まである、かなり凝った作りになってしまった。
植物園内の魔虫小屋に入れる蜘蛛は、日替わりで職人の子グモが交代でしているけど、蜘蛛小屋も一緒に繋がっているから、絶対に蜘蛛が植物園の中に居ない状態にはしていない。
蜘蛛には、魔虫の生き餌は意外にも人気だった。
「こっちはそれを分かっているんだが、虫嫌いな連中の突き上げがなぁ」
「あんまり酷いなら、バッサリ辞めるし、そこまで言ってくる人居るならこっちに直接言ってくるよう告げといて」
「分かった。まぁお前さんも、こんなこと思い付いたよな」
テイムした蜘蛛の餌問題から来ているだけなのだが、本当に嫌なら周りに言わず直接言いに来れば良いのだ。
「この子たちの為だよ」
肩に乗る子グモを撫でる。
蜘蛛に嫌悪感ある者もいるだろうが、慣れればかなり蜘蛛も、頭が良いし個性があって面白い。
門番と必要なやり取りをどうにか終えると、次の採取会はまた後日、各工房に通達することで解散となった。
「工房に採取品の提出したら、私は植物園に行くよ。エミリーは?」
「私は提出後は、夜ご飯当番だから食事の支度かな。この子預けるから、箱部屋にお願いしてもいいかな?」
箱部屋とは、植物園に設置されているテイムした蜘蛛用の小屋で、蜘蛛糸が必要ない時に、蜘蛛が休めるように設置されている。
テイムした子グモは、一緒にしていても共食いはないし、今まで問題なかったせいもあり、どこの工房でも、似たような管理をしている。
「分かった」
子グモを先に受け取る。
職人街にある工房は、表通りは工房として、裏庭には大体小さいながらも植物園になっているのは、この町で決められたことだ。
蜘蛛を使うなら、なるべく蜘蛛が過ごしやすい環境にしろと役所から通達されている。
工房の窓口に、採取品を提出するとそのまま植物園の方に向かう。
染色に使える植物の教材用にあるのと、足りない時に使えるようにらしい。
この町の各工房の植物園の凄いところは、見た目が人一人しか入れないような小さなガラスの小屋にしか見えないのに、中は空間拡張がされていて、本来の大きさから考えられないほど広い。
どれくらいと言われると比較する対象が思い浮かばないが、中に入って1時間歩いても植物園の端っこに着かないと言えば分かるだろうか?
擬似的に、森の環境に近くなるように設定して領主様指導の元、Dランクの魔物の魔石3個で一月空間拡張を維持出来るらしい。
これは役所が毎月確認しているせいか、壊れたと言うトラブルは起きていない。
「今日もお疲れ様。餌箱でも生き餌でも、好きなの食べて良いからね」
蜘蛛小屋は、壁面が升目の空いた棚が沢山あるだけで、蜘蛛が好きなように巣を作れるようにしている。
今の工房の蜘蛛数は15匹。
人の居住区に蜘蛛は入れない。仕事部屋には入れるが、仕事の時だけだ。
床に落ちた食い散らかしの跡をほうきで掃除してしまうと、餌箱にアイテムポーチから虫を取り出し追加しておく。
どの蜘蛛がどれだけ食べるか分からないが、餌は適度に減っているから食べていると思う。
「小屋に異常はなしっと」
生き餌用小屋と、蜘蛛小屋の天井辺りに筒を設置して蜘蛛が移動しやすいようにしているが、問題なく移動出来ているようだ。
確保した生き餌の跳虫を、咥えて戻って来た蜘蛛が見えた。
「生き餌のカウント確認チェックと、逃げたの居ないかの確認に、中に居る蜘蛛の確認と、やることかなりあるかな」
生き餌の跳虫は128匹、前日より21匹減っている。死骸が床にないことから、多分箱部屋で蜘蛛が食べたんだろう。
減っている魔力を含んだ魔水が跳虫の餌がわりだった。魔力を餌にできるのが分かってから毎日水を追加している。
これを絶やさなければ、かなりの期間元気に生きているのだ。
鑑定した跳虫の状態は健康だし、採取した跳虫も、袋から出し体に巻き付けた蜘蛛糸を切ってから放してやる。
トンと肩に何か落ちてくる。
見れば天井に張り付いていた蜘蛛が、捕まえてきたばかりの跳虫が欲しいらしい。
まだ袋から出してなかった跳虫を渡すと、片足上げて、蜘蛛なりの礼をしているようだ。
「次は、生き餌が欲しい依頼があるな」
他の工房でも、生き餌が欲しい時の売りもするようにしたら、日に1回は売ってくれと言われるようになった。
自分が居ない時に、依頼が来ても分かるように小屋の外に掲示板設置してそこに貼ってもらっている。
料金の方は、商業ギルド振込にして1匹銅貨5枚と森に行けばお金かからないが、生き餌しか受け付けない蜘蛛持ちで、工房が忙しく連れて行く暇がない職人とか、蜘蛛の健康維持に熱心な職人から、口コミでお客さんが何故か増えていた。
蟲師になればと、言った相手は嫌味のつもりだったろうが、今の状態だとそう言われても仕方ないかとも思う。
10匹の跳虫を虫籠に入れると、見えないように布で包む。
植物園から出ると、工房に声を掛け五軒隣の同業工房へ向かう。
「こんにちは〜注文品のお届けにきました」
「そのまま植物園に、運んでくれる?今来てる方がちょっとね」
レアが持って来た物を、見られたく相手のようだ。
「俺が案内するっす」
どうもかなり苦手な相手らしい。
「お願い。呼ぶまで奥で自由にしててね」
ラウワンと言う職人に案内され、この工房の蜘蛛小屋に向かう。
「ここ、生き餌しか食べない子居たっけ?」
「糸出しの調子悪そうで、死んだのより生き餌を試したいって言ってたっす」
無理をさせるより、新鮮な生き餌を試して様子見したいようだった。
蜘蛛が出す糸は、ある程度テイムした者の要望通りに糸を出してくれるが、蜘蛛の体調次第で糸の状態は変わってしまうのだ。
「そうなんだ。うちの工房だと、3匹の蜘蛛が生き餌しか受け付けないから始めたんだ」
布をとり、虫籠を取り出す。
「逃げない用に、頼んでいた箱用意してある?」
生き餌注文には、先に1mほどの高さの囲いか木箱と、被せる網を用意してもらうようにしている。
「蜘蛛小屋の隣に、用意済っす」
案内され、まず魔水入り小皿を置き、虫籠から跳虫を取り出す。
「魔水絶やさなければ、放っておいても死なないよ。一部の人が、危険って騒ぐのも分かるんだけど、私が持ってきたこれ鑑定済だよ」
アイテムポーチから、取り出した個人作成した作りかけの虫の描かれた絵を見せてから渡す。
持って来た跳虫がどんな種類で餌や害になることの説明書として初めての利用者に必ず渡している物だった。
「これ何っす?」
「雲の森に採取行くようになって、どんな虫が蜘蛛の餌になるか確認用に描いてるんだよ」
一括りに跳虫、羽虫と言うだけだと分かりにくいからこうして絵に残し、鑑定内容もメモして見つけた中で、一番害がない跳虫だけ生き餌用に飼育してみたと話す。
「凄いっす」
「地味な作業かな。跳虫もかなり種類いてね。もし、森で見かけても、採取しない方がいいのもいるよ」
これは捕まえない方が良いと、見せたのはカマドウマの絵だった。
「捕まえようとすると、噛み付いてくるから面倒なのと、鑑定して分かったんだけど、これ稀に毒持ちなんだよね」
カマドウマの生態に、腐肉も食べるとあり食べた腐肉の種類に寄ってカマドウマの体内に、毒が出来ることあるようだと話す。
「こんな感じで調べたら餌に向くのと、向かない虫が居るのも気づけたから良かったんだけど、最近生き餌の飼育を止めろって、騒ぐ人増えたらしくて、自分の工房だけでやる程度に縮小しようかと考えてるんだ」
生き餌しか受け付けない蜘蛛がいる以上、細々とするけど、他に販売するのは商業ギルドに話を通して止めようかと決める。
「たまたま蜘蛛の為にやってみただけだし、本職にしたいのは、職人だから蟲師はちょっと違うんだよね」
なので、次回頼まれても出来ないかもしれないと話しておく。
「君は、それで構わないのかい?少ないとは言えお金入ってくると聞いたが?」
植物園に入って来たのは優しそうな風貌の青年だった。
自分が所属する工房のオーナーと、同年代に見えるから貴族関係者だろうか?
この町だと職人で工房持ちの場合、オーナーが貴族の場合と、年配の親方と呼ばれる普通の平民の者に分かれる。
何故貴族がオーナーかは、王都の社交界が関係している。スレバの町のスパイダーシルク製ドレスは貴族に人気だ。
それだけではなく、日々色んな布や服飾パーツも販売されている。
目新しい物に敏感な貴族が顧客となると、対応する者も貴族でなければ不敬に思われたりする。
お客さんが帰ったのか、ここのオーナーらしい人が聞いてくる。
「お金は、たまたまかな。1匹銅貨5枚だけど、生き餌しか食べてくれない蜘蛛を育てるのって、かなり大変で職人さんによっては仕事忙しすぎて、森に蜘蛛連れて行けない人が、私の工房にも居るし、森に還す時までテイムした責任持たないと、蜘蛛の糸で生活してる私たちが出来ることしてるだけかな」
「聞いていた話と、かなり違う。お嬢さんその絵を見せてくれるかい?」
ヘタクソだけど、見たいのならどうぞと渡す。
「跳虫だが、ここまで説明してくれるんだね」
「採取会で行ける場所で、採取出来た虫です。羽虫だと飼育難しいかと思って、跳虫だけに絞って捕まえていたら鑑定スキル手に入れたから、鑑定しまくった結果もメモしました」
何匹捕まえたか覚えていないが、鑑定様様でかなり助かる。
「個別名も、鑑定結果かい?」
「そうです。個別名と生態に使える用法も、私の鑑定で分かります。そのおかげで、虫によって染料になるのも分かって、商業ギルドに確認して貰ってます」
「染料に、使える虫ってのは?」
「アカネミサキの幼虫です」
試した染料で染めたハンカチをアイテムポーチから取り出す。
緋色に染まり、虫から取れた染料と思えないほど綺麗な色だ。
「これは…ワイド、商業ギルドに確認して来てくれ。場合に寄っては」
何やら難しい話になっている。部下らしき人に指示を出して商業ギルドに向かわせている。
「お嬢さんこのハンカチを、借りても良いかな?」
「まだあるので、良ければ差し上げます。他にも染料に出来る虫見つけたので、うまく染められたら、商業ギルドに行こうかと思ってます」
よく分からないけど、森のイモ虫系でかなり染料向きの虫が居ると分かった収穫は大きい。
「君の工房のオーナーは、君が鑑定スキル持ちと知っているのかい?」
「オーナーには話してあります。蜘蛛に鑑定使うと、ある程度好みが分かるようになったので、与える餌探しに困らなくなったかな」
飼育を跳虫にしたのは、蜘蛛の好き嫌いなく一般的に食べてくれるのが跳虫だったからだ。
「ならこの蜘蛛を、鑑定してくれないか?」
手のひらに乗せられたその蜘蛛は、糸蜘蛛にしては、色が白かった。
「珍しいですね。この子、糸蜘蛛と花蜘蛛の亜種かな。あっ、この子は跳虫食べないですよ。う〜ん。食べれなくはないのかな?」
生き餌に持ってきた跳虫を捕まえ差し出してみたが、嫌々としたそぶりをみせる。
「羽虫ならたべるかな?」
アイテムポーチから、蝶タイプの羽虫を取り出す。
「ガッついてますね。やっぱり羽虫が好みの種みたいかな」
鑑定で、珍しく亜種と出たせいもあり、通常の糸蜘蛛より食の好みが違うようだ。
「凄いな。君、普通は鑑定でそこまで分からないぞ」
「そうなんですか?とりあえず、この子はこの羽虫を中心に与えるようにすれば大丈夫だと思います」
まだまだ食べそうだと、数匹アイテムポーチから取り出し蜘蛛に渡す。
「君の話は、一部で噂になっているのは知っていたかい?」
「跳虫の飼育で、止めろって話なら私も知ってます。商売にしたくてやっていたわけじゃないんですけど、生き餌しか食べない蜘蛛持ちの方中心に知られるようになったくらいかな?」
「虫1匹に、銀貨1枚と聞いているんだが?」
「はぁ?それなんの話ですか?1匹銅貨5枚ですよ。捕まえた手間賃ていどに、貰っておけとウチのオーナーも一緒に決めたはずなので、確認して下さい。あと商業ギルドの私の口座の振込確認書が確かあったわ」
アイテムポーチから取り出して、見せる。始めた頃から、捨てずきっちり保存しておいたものだ。口座からお金を全く引き出していないから、貯まる一方である。
「大体、10匹単位で購入してくれるので銅貨50枚ごとの振込って分かりますよね?」
「確かに、手間賃程度だな。これが商売とは言えん」
一体何なんだろうと思うが、とりあえずこの白い蜘蛛は食べないが、他の蜘蛛は食べるだろうと、跳虫はそのまま置いて行くことになった。
「帰ったら、君の工房のオーナーに声かけてこっちに来て欲しいと私が頼んだと知らせて欲しい。これを渡してくれれば、意味が分かるはずだ」
手紙を受け取り御使い駄賃を渡されそうになったが、駄賃を受け取るほどの距離でもないから断った。
「分かりました。じゃあ私は戻りますね」
何だったんだろうと、言われるまま自分の工房に戻り、作業を終わらせていたオーナーに頼まれていた手紙を渡す。
「なんだこれは?」
「オーナーに渡してくれって、頼まれただけなので知りません〜。仕事終わったなら蜘蛛は、小屋に入れときますね」
オーナーの蜘蛛を受け取ると、ズッシリと重い。ここまで成長させるのに、何年かかるんだろうと思い植物園の蜘蛛小屋に入れる。
鑑定してみれば、腹減ったと言う感情が見えて餌場の側に置いた。
「後は、勝手に食べるよね」
夕飯までまだ時間もあるし、スケッチ途中の絵を完成させねばと、虫小屋横に置いている作業机に向かう。
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