第2話 雲の森 1

雲の森入り口まで馬車で来ると、注意事項と帰りの集合時間までグループ行動を必ずするように言われ、護衛の冒険者が巡回するのと各採取で分からないことがあれば呼ぶように言われ散会した。


「今日も変わらず、雲の森は、虫多い」


本来これと言った名称はなく、虫系モンスターが多く、蟲の森と呼ばれていたのだが、余りにも率直すぎて品がないと、領主夫人が雲の森と名前を決めたのが、雲の森の由来だった。


貴族様の考えることはよく分からないが、この森で取れる素材は、服飾に必要な採取品の種類が多い。そして、服飾の糸に使える糸を出す蜘蛛の種類も多い。

蜘蛛が多いから、雲の森とでもしたんだろうかと思ってしまった。


「凄いね〜。子グモの餌に困らないね」


「でも奥行くほど、強いモンスターいるって言われてるから、私たちみたいな駆け出しだと、森のこの辺くらいしか入れないよ」


森の浅い場所で取れる採取品は、薬草や染めに必要な植物に、蜘蛛の糸で、今日は見習いの子たちや教えてくれる先輩グループに、冒険者の護衛グループと、まさに初心者たちの引率をする大人のグループまで合わせて33人の大人数が、今ここに居る。


定期的に、こうやって採取品が何で、どう使うと言った説明を受けられるのも、この森の素材が町でかなり必要になる為、冒険者と薬師に職人グループで集まり協力するようにと、領主から通達がされている。


それだけこの森で取れる服飾素材が、必要とされるほど服飾の町スレバは服飾に力を入れている。

ついで薬師も、薬草採取や冒険者と知り合っておけば、お互いに何が必要か知ることが出来る。

若手の冒険者は、採取よりもモンスター討伐を好む傾向が大きいようで、一定数の採取クエストをこなさなければならいルールにしているみたい。


ただ森の中である以上、どんな危険があるか分からない為、最近では薬師に職人見習いにも冒険者登録をさせ、浅い場所を中心にこうして活動している。


ついでに、少しでも冒険者レベルが上げられるようにと言った意味もあるらしい。

レベルを上げておくと、身体強化されるみたいで、森の中に居る時に不測の事態が起きても生存率を上げることになるんだって。


「おっ、この木加工すれば、ボタン作れるね」


子供の腕ほどの太さの落ちていた木を見つけ、ラッキーと貸し出しされてるアイテムポーチに突っ込む。


重い荷物を持たず移動出来るアイテムポーチは、学期的に便利なポーチだ。

嬉しいことに、これは貸し出しの物だけど、10個から50個まで入れられるアイテムポーチなら、平民にはちょっと高いけど手に入れることが出来るほど、町でかなりの数が流通している。


町で売ってるアイテムポーチは、三代前の領主夫人から始まって、この国の名産になるほど他国とも取引されている。

領主夫人は、転生者だったらしくこの世界の者が知らない知識で色んな発見や開発にアイテムポーチのような発明品を作り出した凄い方だったんだって。

私なんかと違って凄い人だったんだね。


レアも、領主夫人と同じ世界かは分からないが、転生者だ。

誰にも話していないが、転生者特典はあった。


「ノルマの染色露草見っけ」


アイテムポーチに、どんどん見つけた露草を入れて行く。根っこを残して採取すれば、次の日にまたすぐに生えてくるから、またここに来れば

採取が出来る。


採取に精出す薬師・職人見習い冒険者と、常に護衛をする冒険者グループと、各々に自分が何をするか決まっているからか、無駄な動きをする者は居ないが、不満そうな顔をする者はいた。


「ラルフ、ブスッとするだけ損だよ」


生意気そうな目の前の男の子は、冒険者見習いだ。


「だってよ。冒険者ってのは、こうモンスターをズバッと切ったり、ダンジョンに潜ってお宝手に入れたりするもんだろう?」


この年頃の、男の子らしい言葉だった。


「バカだバカだと思っていたけど、アンタ本当に何も考えてないよね?」


確かに、ダンジョンに挑む冒険者や、モンスターを討伐する上位の冒険者はいる。

だけど、冒険者見習いになってそんなに経ってない子どもが、モンスターを倒しまくったり、ダンジョンに潜れる訳がないのだ。


「なんだよ男のロマンだろう?」


夢見がちな乙女じゃないが、思わず吹き出してしまった。


「うん。夢持つことは誰でもあるね。たださ上位の冒険者に、なりたいならやる事沢山あるよ?」


依頼書をスムーズに読めるようになったり、報酬のお金の使い方、自分が居る場所の採取品が何が取れて、出現するモンスター分布に、武器の手入れ、剣なら使い方や師匠を決めたり、怪我した時の対処法と、考えたらキリなくなるほど際限なく思い浮かぶのだが、戦ってモンスターに勝つと言った男の子にありがちなことに比重を占めているのだろう。


「みんな居るし、こうして集まるのムダだろう?」


「うん。本当にアンタは考えなしね。さっさと冒険者辞めた方が長生きできるよ」


厳しいと思うが、ただの脳筋では冒険者の長続きはしないだろう。


「わたしが教えたら、自分で気付ける機会奪うから考えなさい。どうしても分からないなら師匠とか、ギルドのお兄さんやお姉さんに恥を忍んで教わった方が良いよ」


厳しいとおもうが、状況に応じた対応ができなければ、上位の冒険者になれないと思う。


「だいたい、レアお前っていつも反対なこと言うよな。俺なりに、頑張ってるんだぜ」


「アンタのは、頑張るじゃなくて無謀なだけでしょ!早死にしたきゃそのまま進めば良いと思うよ」


なんで会うたび、こうも言い合いになるんだろうと、イライラしてくるが、何が出て来るか分からない森の中だし、ノルマの露草の採取してしまうと、個人的な採取をすることにした。


「あ、羽虫めっけ」


直ぐそばの草に止まる羽虫を捕まえる。

残酷かもしれないが、頭をひねって首ちょんぱして小袋にしまう。こうして袋に入れてからアイテムポーチに入れるようにしている。

アイテムポーチには生き物を入れること出来ないし、必要なことだから残酷なんて思っていたらこの世界だと、生活出来なくなってしまう。


なんでこんな残酷と、思えることしてるかと言うと肩にいる子グモの餌の確保の為だった。


だいたい手のひらくらいの大きさのこの子グモは、服飾職人なら必ず持つ糸蜘蛛だ。

テイムすることで、この子グモから取れる糸が、縫い糸としてすっごく便利だし、覚えさせれば、出す糸の色が数種類変えられる。

凄い職人になると、10匹くらいテイムしていたとか、昔の本に書かれていたりするけど、本当かは分からない。


テイム出来れば、餌の代わりに魔力与え糸を出してくれる。

けど、森の虫を食べていたんだから、ある程度の虫を餌としてあげておかないと、個人的に糸の弾力と言うか強度が違うような気がするのだ。


それに、今捕まえた羽虫を与えても、必ず頭は食べず残してしまう。始めた頃は、かなり嫌な気持ちになったが、羽虫程度とは言え魔虫には違いなく、嬉しいことに時間はかかるがレベルが地味に上がっている。


「とりあえず羽虫でも、跳虫でも、虫確保は多いに越したことないよね?」


隣で露草を採取しているエミリーに、声かける。

「そうね。私の子は、虫より魔力が好きみたいで、アナタの子より虫食べないのよね。でも親方が言ってたけど、蜘蛛である以上虫を食べさせていないと、魔力しか食べない子より長生きするみたいよ」


テイムした蜘蛛は、大体100年だけテイムされる。なんで100年かと言うと、子グモの内は他のモンスターに捕食されやすく、人種にテイムされることで生存率を上げているのだ。

それにこの世界の人の寿命は、そんなに長くない。親子二代や場合によって、三代続いて同じ子グモをテイムしている人もいる。

ただ長命な森の人と呼ばれるエルフは、その限りでないみたい。


「そうだね。そうなると、餌多い方が困らないし、見つけたら確保するかな」


貸し出しのこのアイテムポーチは、所属する工房の物だが、子グモをテイムしている者全員工房から離籍しない限り、ずっと持っていて良いことになっている。

なんて太っ腹なオーナーだろうと思う。

なんせ子グモの餌を誰にも見られず、持ち歩ける利点が大きい。


羽虫、跳虫、イモ虫っと尺取り虫みたいな虫発見!

イモ虫系は、あまり好みじゃないんだよね。ウネウネと動くし、軟らかいから中身出そうだ。まぁ私の場合だと、イモ虫を風の魔法で窒息させるから中身が見える心配ないけど。


布袋に入れて、だいたい20匹超えたかなと思う。今はまとめて同じ布袋にいれているが、後で虫の種類分けする。

この辺だと、跳虫が多いかな。


「素材は集まってるかい?」

今回の引率の、先輩職人のアーンス先輩が声をかけてくる。


「工房のノルマ分はもう終わって、個人的な採取と、餌確保してました」


アーンス先輩の肩には、私の子グモより二倍ほど大きな子グモが乗っている。


ショリショリと、跳虫を食べていて食べない部位の虫の足や羽が、マントにかなり引っかかっている。

先輩、無頓着だからマントに引っかかっていても気にしない残念イケメンだ。

性格は悪くないし、顔も良いのだけど、子グモ優先なせいか異性からモテない。

蟲が好きな女性なんて、同じ職人くらいだから一般女性とのお付き合いは絶望的だろう。


「この辺は露草多いからね。多めに確保しておくといいよ」


他も確認してくると、別グループの方に行ってしまった。


「先輩、顔は良いのにね」


そうだね。とエミリーに同意しておく。

子グモは服飾職人になるなら必須なモンスターで、テイム出来なければかなり苦労することになる。なぜって縫い糸が自前で確保出来る方が、余計なお金かからない。


「ウチの工房、見習い全員子グモ確保出来てるからギスギスしてないし良かったよ」


どこの工房かわからないけど、同じような服飾職人の工房で、子グモをテイム出来ない人がいて昔事件があったらしいとだけ先輩に聞いたことあった。

先輩も、どんな事件だったかは知らないみたいで、ただ子グモがテイム出来ない者が居ても、その子がテイム出来る時期ではないだけで、いつかテイム出来るはずと言っていた。


これは子グモが100年で、森に帰ることも関係しているみたいで、私みたいな人族だと寿命の関係で、長くても三代までしか一緒に居られない。


子グモは、100年人種と居て大きくなれる為の準備をして、森に帰って森で生活して成長する。

森の中で元テイムされていた大きな蜘蛛は、人を襲わないから、見かけても蜘蛛側から何か求めてこない限り無視しろと言われている。


その後また何年何百年?か分からないけど、大蜘蛛になってまたテイムされる蜘蛛もいて、大体10才児の背丈くらいの、大きさになっているらしい。

らしいとしか言えないのは、町にある有名布織工房で、スパイダーシルクとして高級品を織ってくれると話で聞いただけだから、駆け出し見習いの自分では確認出来ないのだ。


この森の蜘蛛たちは、人種とはかなり友好関係なのだが、他の場所に出現する蜘蛛と比べると、ありえないことらしい。


外から来た冒険者が言うには、蜘蛛のモンスターは生き物を見かけると、まず糸を使い獲物を閉じ込め餌として確保する。

捕まった者は、保存食よろしく巣で確保されてしまう。

糸によって身動き出来ない状態になるだけなので、早めに救助されることがあれば、大抵は無事らしい。

だが、そう簡単に救助出来る訳もなく、見つけた時にはすでに餓死していたと言う話も多いらしい。


「跳虫みっけ。これは生きたまま確保っと」


窒息させてアイテムポーチに保存したいところだが、稀に生き餌しか食べない糸蜘蛛がいる。

自分が所属する工房でも3匹もいて、餌確保が大変だった。


工房のオーナーに許可貰って、採取した跳虫をオーナーの持つ植物園の隅っこで生き餌として確保出来るか去年から実験中だ。


分かったことは、町の中では跳虫は子孫を残せないが、町に入れる生きたままの虫は、ちゃんと種類を選ぶ必要があること。


カマドウマは、指に喰いついてくるから即却下。雑食で大変危険。バッタ系は植えている植物を、食い散らかし却下。薬草系に著しい損害を出す恐れがあるのと、逃げた時に他の植物園や、薬草園、畑に損害が出たら困る。

色々虫を変え、一番害がなさそうなコオロギに落ち着いた。


森の魔力が関係していると思うが、虫とは言え魔虫だし、当初はかなり難癖つけられた。


でも、ある有名工房の糸蜘蛛が病気で餌を食べてくれないことがあり、ダメ元で生きたままの跳虫を与えて見れば食いつきが良く、元気になったこともあり、売ってくれと言われることが増えた。


ただ最近は、職人じゃなく蟲師にでもなればとイヤミ言われたりするが、気にしないことにしている。



「はいレアこれも、確保する跳虫で大丈夫だよね?」


エミリーから渡された跳虫を受け取る。

肩に乗る糸蜘蛛が、素早く糸でグルグル巻きして逃げないようにしてくれた。

「ありがとう。跳虫でも、このタイプじゃないと植物ダメにされちゃうしね」


跳虫も捕まえてわかったが、かなり種類が多い。一般に飛び跳ねる虫を一括りに跳虫と言っているが、去年から捕まえ始めた跳虫だけで32種類も見つけた。

どれほどの種類が森に居るのかと、スケッチしていたからわかった。


そのお陰か分からないが、本来なら商人に派生しやすい鑑定のスキルを、何故か得てしまっていた。

これはここに居る者には話していないが、オーナーや商業ギルドの上の人は知っている。


多分だが、転生者特典のスキルが派生しやすくなるのが原因で早々に鑑定スキルを手に入れてしまった理由だと考えている。


そのおかげもあって、跳虫、羽虫の個別名と生態、使える効用が分かり虫の種類によって染料にもなることを知った。


それも忘れないように、絵に残し説明文も書いて、自分だけのイラスト付き辞典を作成中だ。


「お礼に、露草あげるね」


「レアありがとう。私の方もノルマ達成したよ」


そうして話していると、クイクイとマントを引っ張って来たのは見習い薬師のメイだった。


手に蟲から生えたキノコを見せてくる。


「蟲茸だね。珍しい跳虫から生えてる」


こっちの世界だと、冬虫夏草は蟲茸と呼ばれていて、鑑定で分かる範囲だと強壮剤の材料のようだ。


「今日は、蟲茸かなり見つけるかな」


覗きこんでくるカイは、自分も獲れたと見せてくれた。

イモ虫と甲虫から茸が生えていた。


「これ珍しいの?」

うわっとエミリーが驚いている。


「珍しいかな?魔力が多い森で良く見つかるって教えられたから、この森の魔力が多いせいかもな」


カイは採取会で、たまにこうして見つけるようだ。


「よし、ならこれ少しだけ貸して欲しいかな。急いでスケッチするよ。お礼も、スケッチ返しでいいかな?こんな風に描くんだけど?」


採取会でスケッチし出す訳にもいかないので、カイとメイにこんな感じと、自分が作成中のスケッチの束をアイテムポーチから取り出して見せる。


「レアのスケッチ、密かに人気よ。手に入るなら手に入れた方がお得?」


写真なんてない世界だ。記録を残すならこうして絵にして残すしかない。


今の工房に入る前に、レアは路上で似顔絵描きをしてお金を貯めていた。

ハガキサイズの紙に、鉛筆描きの似顔絵屋をしていたのだ。

紙は、自分のスキルで魔力を消費して紙を作り出すスキルで、最初は小さな付箋くらいの紙しか作り出せなかった。

ハガキサイズの紙を出せるようになって、小遣い稼ぎで似顔絵屋をしたのだが、それがきっかけに今の工房で職人見習いになると思わなかった。


「んっ、知ってる描いて欲しい」


メイはレアを知っていたらしい。

ただ恥ずかしがり屋だった為、声を掛けずらかったようだ。


「出来上がりは、薬師ギルドに預ければよいの?」


頷く2人に、なら3つの蟲茸をこんな感じに並べてスケッチすると大体の説明をして蟲茸を預かったのだ。



後は帰るまで、各自自由に出来る。

臨時のパーティメンバー駆け出し冒険者のラルフとエイルに、見習い薬師のメイとカイ、職人見習いのエミリーと私(レア)は、必要な採取品の教え合いと交換を済ませて今日のグループ採取会を終わらせた。

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