十. 魔導の時代

    古代魔法の発掘と、研究の深耕化。魔導王国ラミシス。



[アズニール王朝の長期安定]


 アズニール王朝がイクリーク王朝の後継となり、暦法の名が変更された。アズニール遷都の年を「アズニール暦元年」としたのだ。

 アズニール王朝の王都は、西方大陸エヴェルクのイルザーニ地方、ラティムへと正式に移った。ここは“統一王国の時代”に至るまでの間、前アズニール王国の本拠地であったのだ。

 また、かつてのイクリークの王都ガレン・デュイルは、さきの“黒き災厄の時代”に、魔族レヒン・ザムによる大殺戮によって、見るも無惨な廃墟と化してしまっていた。それ以来、歴代のイクリーク王はガレン・デュイル郊外の古城ハウェイジェンにて国政を執っていたのだが、この城をアズニールの王都にするには不適当とされた。華やかさがなかった上、老朽化が進みすぎていたためである。それ以上に、ザビュール支配の面影を払拭するという理由が大きかった。


 遷都が行われてからも、ザビュール配下の魔物や妖魔の残党などがしばしば国内を荒らすなど、アリューザ・ガルドはまだ混乱のさなかにあった。また、恐怖に覆われた人々の心を癒すには、多大な時間を費やす必要があった。

 アズニール初代王オーウィナクは、諸種族やディトゥア神族との交流を深め、国内情勢の安定化に尽力した。歴史の表舞台から姿を消したイナッシュもひそかに国王に助力していたと伝えられている。その甲斐あり、五十年余を経てアリューザ・ガルドはようやく本来の平和を取り戻した。

 オーウィナクはそれから程なくして崩御するが、死に臨むその顔は安らぎに満ちていたと言われている。


 以来、アズニール王朝は長期に渡りアリューザ・ガルドの大部分を統治していくことになる。

 “黒き災厄の時代”末期までに全世界に広まっていた言語は、アズニール語と呼ばれるようになり、ここにはじめて汎世界共通語が誕生した。アズニール語の伝播により、各種族ごとの言語は次第に使われなくなっていく。


 かつての統一王国全盛期を彷彿とさせるような潤いを取り戻した世界は、とりたてて大きな事件もなく、二百年の月日を数えていった。




[古代魔術の発掘、魔法学のはじまり]


 アズニール暦も200年代に入ったころ、ひとりの古代史研究家が、以降のアリューザ・ガルドの歴史に多大な影響を及ぼすことになる。彼の名はノスクウェン・ルビス。“忘却の時代”の謎を追ううちに、彼は不死についての文献を見いだす。かつてのイクリーク王、タイディア・アントスは自身の不死を欲し、結果として破滅をもたらしたわけであるが、ルビスはあくまで研究対象として、この不死の文献を読んでいった。

 けっきょく不死についての研究は頓挫してしまうのだが、ルビスは大きな功績を後の世に残した。不死についての文献をさらに求めるべく、ルビスはアル・フェイロス遺跡群を探索するのだが、この時二冊の本を見つけた。一冊目は、ラズ・デンやハフトといった、今となっては失われた言語についての本であった。そして二冊目は、アル・フェイロスの魔法貴族によって記された魔法書であったのだ。

 ルビスは、親友の術使いクェルターグ・ラミシスと共に魔法書の判読に没頭していき、失われた魔法の体系を復活させた。ここに魔法学が誕生し、魔法そのものの研究に加えて、世界の事象、とりわけ“原初の色”との因果関係を含め、大規模な研究が進められる。


 術の素養を持つ者達がルビスらのもとを訪れるようになり、ルビスの住むヘイルワッドの町は、やがて魔法研究の中枢として大いに発展していくことになるのだ。


 アル・フェイロスの魔法体系は、クェルターグの息子ミュレギアの代にほぼ復元され、完成の域に到達した。さらにはミュレギアの息子ジェネーア・ラミシスによって、“原初の色”を交えての魔法研究が深耕化されていくが、ジェネーアはその過程で錯乱状態に陥り、自ら発動した魔術によっていずこかに行方をくらました。

 学長ラミシス失踪により、魔法都市ヘイルワッドはしばしの間混乱に陥るが、新学長としてレクティル・ファトゥゼールが就くと、やがてその混乱も収まっていき、ラミシスの名は忘れ去られようとしていた。しかしながらこの時、ルビスの遺していた、不死についての文献が消え失せていたことに気付く者はいなかった。




[魔導王国ラミシス]


 アズニール暦300年代の初頭、ラミシスの名は突如、歴史の表舞台に現れる。


 ジェネーア・ラミシスは失踪後、魔法の禁断の領域である不死を追求しはじめた。ジェネーアのもとに集った魔法使いのうち、最も才覚を現した者こそがスガルトであった。不死の研究の過程において、ジェネーアは自らの体を滅ぼし、魂をスガルトに宿らせたという。

 スガルトは“漆黒の導師”を名乗り、東方大陸ユードフェンリル南部の島に、ラミシス王国を興した。彼のもとには有能な魔法使いが招集され、国を挙げての魔法の研究をはじめたのだ。

 その伸びはめざましく、数年を経ずして魔法研究においてヘイルワッドに比肩するまでに至ったが、この魔導王国の目的は不死性を求めること。魔法という大いなる力を究極まで肥大化させることによって神々の領域に近づくことをその目的としていたのだ。

 かつての歴史において、不死を追い求めた結果ザビュールを降臨させてしまった。そのためにアズニール王朝は、不死を研究するラミシスの存在を危険であると見なした。

 事実、ザビュールの気配を濃厚に残すと伝えられる“黒き大地”において、闇の力が増したとも言われており、ザビュール崇拝者達はラミシスを訪れるようになっていき、関係を密にしていくこととなる。


 ついにラミシス打倒の勢力が決起した。その筆頭は魔導師シング・ディール。彼はスガルトの血族であるが、漆黒の魔導師の狂気から逃れるために離縁していた。ディールはアズニール諸卿より助力を受け、軍勢を引き連れてラミシスに攻め入る。

 しかし、大陸とラミシスを隔てるスフフォイル海を渡る際、強力な魔力障壁に阻まれて戦力は壊滅、ディールは敗走することになる。




[ヒュールリットの攻防]


 ディールを助けたのは龍のヒュールリットだった。この龍つまり“朱色のヒュールリット”は、もともとドゥロームであったのだが、龍化の資格を得たために龍となったのだ。ヒュールリットは、“黒き災厄の時代”以来、未だ目を覚まさない龍達を呼び起こした。

 龍達はディールと共に行動を起こした。ディールとその軍勢は龍に乗り、ラミシスの魔法障壁を打破してついに魔導王国へと至った。

 ラミシス上陸にあたり、ラミシスの魔導師達と龍達の戦いが繰り広げられるが、この熾烈な戦いは“ヒュールリットの攻防”として歴史上名高い。

 戦いをくぐり抜けたディールはヒュールリットと共に、王城オーヴ・ディンデの玉座の間に降り立った。魔法を極めた王スガルトも、龍と魔導師の力には敵わず、ディールの鍛えた剣、漆黒の雄飛“レヒン・ティルル”によって葬り去られた。

 王を失ったラミシスは浮き足立ち、アズニール軍と龍達によってあっけなく滅びた。


 こののち魔法学は、ラミシスから持ち帰った資料を加えて、さらなる発展を遂げていくことになる。最も高みに位置する魔法――いわゆる“魔導”の研究が始まっていくのだ。




      魔導師達の時代。魔導の暴走。レオズスの支配。



[原始の色と魔導]


 忌々しい儀式に塗り固められていたとはいえ、ジェネーア・ラミシス、そして漆黒の導師スガルトが遺した魔導の資料は膨大であり、また魔法の研究を大きく前進させるものであった。

 シング・ディールらヘイルワッドの魔法使い達は、世界を彩る“原初の色”と、魔法との相関関係を明らかにした。すなわち、魔法とは世界に存在する“原初の色”を抽出してはじめて行使が可能であるということである。その考えに基づき、とうとう魔法体系の頂点である“魔導”が確立した。

 それまでの魔法は、あくまで術者本人の魔力(つまり術者に宿る“原初の色”)のみを魔法の触媒としていたのだが、魔導は世界に存在する“原初の色”《ルビを入力…》からも魔力を抽出し、発動させるのだ。しかしその高度な発動原理ゆえ、世界のことわりを把握していないものには行使すら不能である。

 シング・ディールは魔導師を名乗っていたが、この称号はやがて魔法を行使する者にとっての最高の誉れとなり、その位を手に入れるために魔法使い達は競って魔導の研究を始めた。


 300年代も終わりに近づく頃になると、魔導の向かうべき究極の姿が明らかにされる。


 このアリューザ・ガルドに存在するすべての色を交わらせた究極の色、“光”を生み出すことこそが魔法の究極なのだ。


 より強力な魔導を求める魔導師達は、術を行使する色の力場に複雑な紋様を織り込むことで魔導が強化されるのを発見した。これを呪紋じゅもんといい、呪紋を含んだ魔導を使いこなす者を特に“呪紋使い”と呼んだ。

 また、原初の色を増強するために世界の四カ所に魔導塔が建造された。四つの魔導塔が交差する線上にある地域こそ、かつてのアル・フェイロス王国の王都であり今は遺跡と化したティン・フィレイカであった。


 アズニール暦400年代は、魔導の研究の最盛期である。この時代には多くの有能な魔導師達が世に出たが、その中にユクツェルノイレとウェインディルの名がある。

 ラクーマットびとのユクツェルノイレ・セーマ・デイムヴィンは若くして魔導を極めた者として有名である。彼は魔導を学びはじめた当初から頭角を現し、僅か六年目、年齢にして十九歳の時に魔導師となったのだ。彼の二つ名は“まったき聖数を刻む導師”である。

 魔導師の位に就くのは、体内に宿る原始の力を最大限に活用できるバイラルのみであると思われていたが、ウェインディル・ハシュオンは例外であった。エシアルルの彼は、水の事象界へと連なる原初の色を差し引いてもなお膨大な魔力を有していたのだ。彼はユクツェルノイレに師事した。ウェインディルは多くの魔導師の中でも群を抜いた魔力と知識を持っており、“いしずえ操者そうじゃ”や“最も聡き呪紋使い”の二つ名で知られるようになる。

 この二名の魔導師は、後述するレオズス支配を阻んだものとして広く知られるようになるのだ。




[“魔導の暴走”]


 “光”という究極を追い求める魔導師達は、いつしか魔導の本質を見失ってしまっていた。結果として、人の手に余る力はついに氾濫してしまったのだ。


 アズニール暦425年。四つの魔導塔からは極限まで高められた魔力が放出され、魔導師達にすらくい止めることが叶わなかった。

 この悲劇こそが“魔導の暴走”である。かたち無き力は世界中に波及し、各地に壊滅的打撃をもたらしてしまった。

 ユクツェルノイレやウェインディルを筆頭とした魔導師達が対策を講じるも、解決策は見いだせなかった。根本的な解決法は、魔導塔に凝縮された“原初の色”を、アリューザ・ガルド外の世界に封じ込めることと、魔導そのものを行使不能なように封印することであった。後者はともかくとして、前者は人の力ではどうにも出来ないのだ。


 しかし428年、魔導の暴走は突如収まった。自然消滅したものと当初は思われていたが、実際には、事態を重くみたディトゥア神族のレオズスが四つの魔導塔に入り、“原初の色”を消し去っていたのだ。

 だが人間達の喜びもつかの間であった。

 あろうことかレオズスは“混沌の欠片”をアリューザ・ガルドに呼び寄せていたのだ。さしもの彼をもってしても自身のみでは魔導の強大な力をくい止めることは出来なかったため、彼は苦肉の策として、“混沌”の力を借りることで暴走を抑えたのだ。

 しかしながらレオズスは“混沌”に魅入られてしまい、この太古の力の手先となってしまった。そして宵闇の公子は、アズニール王朝ひいては人間に対して隷従を強いたのである。




[“混沌”に魅入られたレオズス]


 宵闇の公子は、北方エルディンレキ島の魔導塔を自らの居城とした。人間にとって、かつての冥王君臨にも似た暗黒の時代が訪れることとなるのだが、レオズスは冥王とは異なり、配下をいっさい持たなかった。その代わりに彼には禁忌の力、“混沌”があったのだ。

 レオズスに刃向かう者に対しては“混沌”の力をけしかけ、存在そのものを抹消してしまった。また、レオズスはエルディンレキ島周辺に“混沌”による結界を作りあげ、例えディトゥア神族であってもこれを越えることは叶わなかった。


 しかし、このレオズスの君臨を阻んだのは三人の人間であった。

 431年、ウェインディルは預幻師クシュンラーナ・クイル・アムオレイ、剣士デルネアとともにレオズスの封印を、この世ならざる剣“名も無き剣”をもって打破した。そして居城に乗り込み、壮絶な戦いの果てに宵闇の公子をうち破ったのである。

 深く傷ついたレオズスは、イシールキアをはじめとしたディトゥア神族によって裁かれた。レオズスは神族より追放され、以来その姿を見ることはなくなった。


 事の発端となった魔導の知識は封印されることになり、魔導の行使は不可能となった。また、魔導の塔に残存していた魔力の源は、魔導師達によって厳重に封じ込まれた後、アリューザ・ガルドから離れた次元へと持ち去られたという。




[アズニール王朝の崩壊と失われた大地]


 魔導の暴走が消え去り、レオズスの支配から脱却したとはいえ、アズニール王朝の体制はレオズスに対する隷従のために弱体化しており、かつての栄華を取り戻すことなくアズニール王朝は崩壊してしまった。

 それまでも独立の動きを見せていた諸侯は一斉に挙兵し、アズニールの広大な領土は割かれた。乱立する小国同士は互いに争い、アリューザ・ガルドは戦乱の時代を迎えることになってしまった。


 災禍が過ぎ去ったというのに訪れることのない平和。レオズスを打倒した三人の英雄は、その状勢を憂えた。

 当時彼らはイルザーニ地方にて手厚い待遇を受けていたのだが、433年にひそかにその地を離れ、カダックザード地方へと移った。

 以来彼らの消息は絶たれるが、437年のカダックザード西部消失事件そのものに関わっていた事がその後明らかになる。

 この消失事件とは、カダックザード地方の西部がある日、光に包まれて忽然と無くなってしまったことをいう。

 後に残ったのは、まるで地面を根こそぎえぐり取ったような大断崖。その南方に存在していたであろう大地はいつしか、“失われた大地”と呼ばれるようになった。

 “失われた大地”がどこに消え去ったのか知る者はなく、やがて事件そのものも忘れ去られていった。

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