第5話 捜索終了

明来る日、銀二は甚之助に競馬の結果を報告すべく、いつも通り正午の手前で49番台の前にどっしりと腰を下ろした。

「銀二さん、今日はご機嫌ですね。何か良い事あったんですか」

と、ムーヴの店員が問うた。

「まぁな」

「にやにやして気持ち悪いですよ」

「うるせぇな。あっち行け。しっし」

掌を店員に見せて前後した。


やはり機嫌がいいと連動するのか、1000円で当たりを引いた。銀玉が台の下からじゃらじゃらと出て来る。そうしている内に正午になった。

「お前さん」

甚之助の面影が台のガラスにぼんやり浮かんだ。

「おお、甚之助さん。今日は良い話がある」

「何だい、やけに嬉しそうじゃないか」

「おりんさんの生き写しを見つけたぜ」

「本当か?どんな人だい?」

「綺麗で、背の高い女性だ」

「ほう、それは良かったが、どうしてわかったんだい?」

「甚之助さんの話だと、お前さん方は旅籠勤めでおりんさんは勘が鋭いって話だったよな?」

「ああ、そうだ」

「その女性は、背丈が有って、祖父が旅籠を経営して居る。更に勘が鋭い事を確認出来た。だから九分九厘間違い無い。好みの色は聞きそびれっちまったがな」

「そうかい、其の人の名前は何だい?」

「鈴江さんだ」

「おお、其れは間違いねぇな。名前の条件も合ってる。お前さん大したもんだ」

「ありがとうよ。其れで、甚之助さんの方は変わり無いかい?」

「実はな、昨日、小せえ娘っ子が家を訪ねて来てな」

「ほう」

「歳は十くらいか。おりんを訪ねて来たって言うんだ」

「ふむ」

「そんで、おりんの経緯を話したさ。そしたら、自分はおりんの子だって

 言うもんだ」

「ふーん、其れでどうしたんだい?」

「十に成ったら訪ねておいで、っておりんに言われたって言うんだ。そりゃ、びっくりしたさ。おりんは、おいらと出会って普通に夫婦に成ったと思ってたが、娘が居るなんて一言も聞いて無かったぜ」

「ほう、不思議なもんだな。何だかおりんさんと入れ違いになった様だな」

「まぁ、独り身になって寂しいからな。家で一緒に暮らし始めたって言うこった」

「良かったじゃないか。うまくいってるんだろ?」

「未だ数日だからな。面影が似てない事もねえがな」

「そうか。俺の捜した女性に会ってみるかい?」

「うーむ、会いたいのは山々だが、会っても良いもんだろうか」

「何故だい?」

「何て言うか、会って何を話したらいいか皆目見当がつかねぇ」

「別に良いじゃないか。会えば話す事なんて考えて無くても自然と出て来る

 もんだぜ」

「そんなもんかなぁ。時代も違うしなぁ」

「俺も一緒に居るから問題ないだろう」

「そうだな。じゃあ会ってみるか」

甚之助は少し戸惑っていた。

「大丈夫、問題ないぜ」

甚之助は首を縦に振った。


甚之助との相談の後、銀二は『マハラジャ新宿』に歩を進めている。

「はて、鈴江は快諾するだろうか」

無精髭の顎を摩りながら店内に入った。

「おにいさん、毎度どうもです。指名は鈴さんでしょ」

「おう、分かってるねぇ」

「来店する感覚が短いので、覚えちゃいましたよ」

「いや、参ったな」

「さ、どうぞ奥へどうぞ」

「一名様、御来店です」

とボーイが言うと、スタッフ全員が歓迎の挨拶をする。

初めて行った時の、奥の白いソファに通されると鈴江が立っていた。

「いらっしゃいませ」

一応、客とホステスの間柄なので、其処は一線置いた対応に為らざるを得ない。

「どうも、競馬場はどうだった?色々あったけど」

「すごく新鮮で、楽しかったわ」

「そりゃ光栄だね」

「また今度行きましようよ。検証なしで」

「参ったな、そうだな」

「ところで、私のご先祖様の方は如何ですか?」

鈴江は、ウイスキーの入ったグラスをマドラーでからからと円をなぞるように撹拌しながら銀二に問う。

「うむ、その件なんだが」

銀二は暫く間を置いて、

「実はその人は甚之助という江戸時代の男なんだが、自分の連れ合いの生き写しである君と会って貰いたいんだ」

「あら」

「意外とリアクションが薄いな」

「この件は多少伺っていましたし、別段驚きもしないわ。私もご先祖様にお会いたいもの」

「お、そうか。会ってくれるか」

「ええ、いいわ」

「じゃぁ、乾杯だな」

銀二は、ピンクのドンペリニヨンを注文する。

「ドンペリ頂きました」

の声が店内にこだまする。

銀二は少々恐縮して、

「鈴江さん、とことん飲むぞ」

「あら、手持ちは御座いますの?」

「この前の収益が多少有るから大丈夫と思うがね」

「うちのドンペリ、高いわよ」

「したら、また競馬場に行けばいいさ」

「あははは」

二人の笑い声が店内に響き渡った。


週末日曜の午前十時過ぎ、銀二は東京線の笹塚駅で鈴江を待っていた。生憎、少し冷たい雨がぽつりと降る空模様だった。

「この季節としては少し寒いな」

傘を持つ右手を左手で摩る。暫くすると、藍色を基調とした和服の女性が

目を引いた。

女性は銀二の方へ近づく。

「お待たせしました」

銀二は虚を突かれた様子で、

「どうしたんだ、また。和服で」

「ご先祖様は御着物でしょ。じゃぁ私もって事で」

「あ、そうか」

銀二は、目を細めて改めて鈴江の着物姿に見取れて居る。暫しの沈黙の後、

「どうかしました?行きましようよ」

鈴江は歩を進めるのを促す。

「いや何でも。そうだな、行こう」

二人は並んで「ムーヴ」へ向かう。

―参ったな、まさかパチンコ屋に行くって言って無かったからな。どうするか―

「まだ時間が有るから、コーヒーでも飲もうか」

「あら、私は構いませんよ」

行きしなの喫茶店「こぐま珈琲店」に立ち寄る事にした。

店内には客がぽつぽつと有った。只でも和服は目立つ。店内の視線が集まる。

―どうするかな、只でも目立つのにパチンコ屋じゃあなぁ。常連連中に何言われるか分かったもんじゃない―

「先祖が着物だからって、和服で無くてもいいじゃないのか」

「あんまり着ないし、たまにはと思いまして」

「着物自体は悪く無いんだが・・・」

「無いんだが、何です?」

「正直に言う。実は、其の甚之助さんと連絡できるのはパチンコ屋なんだ」

「え、どういう事?」

さっぱり見当が付いていない鈴江は目を見張っている。

「色々話すと長いから後で話すが、まぁ、そういうことだ」

「何なの、そう言う事って」

鈴江は語気を強める。

「んー、じゃぁ少し話すが、パチンコ台に映る甚之助さんと連絡を取っている」

「全く分からないわ。全部話してよ」

銀二は、鈴江に甚之助との連絡方法の詳細を話した。

「成る程ね。そんな事って有るのね。で、何故和服ではいけないの?」

「君は今までパチンコ屋に入ったこと無いのか?」

「ええ。でも、どんな物かは多少知ってるわよ」

「喫茶店でこんなんだから、気を悪くしないかと思って」

「別に気にしないわ。目的が違うもの」

「そうは言うけど、キツイぜ」

「慣れてるわ。こう言う世界で働いているから」

「そうか、そう言って貰うと助かる。俺が事前に伝えて居れば」

「いいえ、どの道目立つんでしょ?一緒みたいなものよ」

「悪い、この通り」

銀二は机に頭を付けて何度かゴンゴンぶつけている。再度、店内の客の視線が集まった。

「やめてよ。その方が恥ずかしいわ」

鈴江は銀二の肩を上げようとしている。銀二は頑なに机に頭を付けている。


喫茶店を後にした二人は再び歩を進める。

何時の間にか雨は上がり、少し晴れ間が出て来た。

 「天気、良くなったわね」

 「そ、そうだな」

 銀二は未だ今回の不手際を引きずって居る様子だ。少し歩くと、目的地の「ムーヴ」が見えて来た。

 「あそこだ」

 と銀二が指をさす。

 「ドキドキするわね」

 入口の自動ドアの前に立ち、二人の耳にけたたましい音が耳を劈く。


 「こんな風になってるのね。でも音が凄いわ」

 「慣れれば何てこと無い」

 銀二はホームグラウンドで動揺しているのを隠すように虚勢を張って受け答えする。客は自分の台に集中している事もあって特に変わった所はない。

 目ざとい店員が銀二の耳元で、

 「別嬪さんですね。また和服で」

 「うるせぇんだよ、ちゃんと仕事しろ」

 と店員の頭をぽんと叩いた。

 「いってぇ、大当りしたら大々的にアナウンスしますからね!」

 「余計なことはいいんだよ」

 今度は尻をつねった。

 銀二はいつもの49番台に腰を下ろした。

 「この島、あ、いや、この辺りはいつも客が少ないから座ってても平気だ」

 隣の空き台の椅子を鈴江に勧める。勧めに応じて鈴江は銀二の右隣りにちょこんと腰を掛ける。時は正午前だ。銀二は何時もは千円ずつサンドに入れるが、今日は一万円を投入した。スルスルとサンドが札を飲み込む。

 「あら、お札が無くなったわ」

 「いや、これで一万円分球を貸してくれるんだ」

 そう言いながら、玉貸ボタンを押す。じゃらじゃらと500円分の銀玉が皿の上を流れる。

 「こうなるのね、へぇ~」

 感心している鈴江を見て、銀二は少し鼻が高くなっている。

 「なんでぇ、でれでれして」

 常連客が、物陰に身を隠してぼそっと愚痴る。銀二は台を見ながら左手の甲を前後して追い払う。

 「此れが大当たりすると連絡が出来る仕組みなんだが」

 ハンドルを少し右に廻しながら鈴江に解説する。

 「直ぐに当たるものなの?」

 「そう簡単じゃ無いよ」

 数回デジタルが廻るものの、一向に当たりが来ない。

 「うーん、苦しいな」

 皿に表示されている残額は2500円を表示している。一応、正午ごろ連絡できる様に打ち始めた積もりだったが、宛てが外れている。銀二は便意を催した。

 「すまんが、代わりにやってくれないか。

トイレに行ってくる」

 「え、分からないわよ。どうすればいいのよ」

 ちょっとキレ気味に銀二に訴える。

 「そのドアノブみたいのを握ってれば良いんだ」 

 「知らないわよ、どうなっても」

 「良いさ、当たりそうに無いし」

 と言って銀二は席を立ち、49番台に鈴江が座った。鈴江が代打ちをすると直ぐ、リーチが掛かった。

 「あら、さっきより派手な音が鳴るのね」

 無知な鈴江はリーチも何も知らない。台はキュインキュイン鳴っている。

 「この娘、胸大きいわね」

 何とリーチがまだ続いている、と思ったら大当たりした。

 「きゃっ、何よこれ!すごい音!」

 すると、さっきの店員が高らかに、

 「49番台、ダイナマイトバディ。和服の美人さん、やりましたね!ラッキースタートォ!じゃんじゃん、バリバリお出しくださいませ!」

 「なにぃ、49番台だと!俺の台じゃないか!当たったら右打ちしないとなのに!パンクする!」

 ズボンの上げ具合が半端なままトイレを抜け出す。ダッシュで自分の台に戻る。鈴江は何も知らないので、ずーっと通常打ちのままで居る。

 「ハンドルを右に思いっきり廻せ!」

 「えっ、どういう事?分からないわ」

 「だから、ドアを開ける要領だって!」

 右の入賞チューリップは、空しくパカパカ開いたり閉じたりしている。当たりから10秒位経過して居た。

 「わかったわ」

 鈴江はドアを開ける要領でハンドルを思いっきり右に廻す。弾かれた銀玉はみるみる入賞チューリップに吸い込まれる。上皿に銀玉が押し寄せる。

 「きゃぁ、一杯球が出て来た!」

 銀二は取り敢えず安堵してゆっくり鈴江の元に戻った。

 「あぁー、間に合った」

 両膝に手を突いてぜえぜえして居る。

 「代わってくれるか」

 或る程度台の頃合いを見て、席を入れ替えた。

 「そんな事より、開いてるわよ」

 「何が」

 「チャック」

 慌ててジッパーを上げる。すると、台から何やら声がする。

 「誰?」

 「甚之助さんだよ」

 「こうなるの?びっくりね」

 「俺も最初は面喰らったよ」

 

 「旦那、毎度」

 「おお、甚之助さん。今日は例の女性連れて来たぜ」

 「おう、そうかい。面倒掛けたね」

 「どうも初めまして、鈴江と言います」

 鈴江は顔を盤面に覗かせた。どうやら鈴江も此の状況を飲み込んだ様子だ。

 「どうも、おいら甚之助って言うもんだ。旦那に無理言って、あんたを捜す様に 頼んだんだ」

 「そうですか。大変だって銀二さんから聞いております」

 「おう、まあな。でも大丈夫だ。あんたみたいな別嬪さんが末裔に居るって事が 分かっただけでも儲けもんだぜ。旦那のお陰だ」

 「そうですか、何よりです。私はこっちでは其方で言う所の芸者さんみたいなお 仕事をして居ます」

 「おお、芸娘さんか。そりゃいいね。どうだい、うまくやってるかい?」

 急に鈴江の眼から大粒の涙が頬を伝った。

 「おい、何か悪い事言ったか、おいら」

 「そんな事有りません。ご先祖様とお話出来て嬉しいんです。御免なさい」

 「いや、おいらが悪かったな。旦那に頼んだばっかりに」

 銀二は首を横に振る。

 「私もお仕事頑張るので、甚之助さんもお達者で居て下さい」

 鈴江の言葉の端々が小さくなっている。

 「おうよ、合点だ。あんたも達者でな。旦那、おいらは幸せもんだな」

 「そうかもな。俺も良い経験が出来たよ。今日はこの辺にしとこうか」

 「そうだな、また逢えるよな?」

 二人は同時に首を縦に振った。甚之助はすぅーっと盤面から消えた。

銀玉は皿一杯になって溢れ出ていた。銀二の眼は熱いものを湛えていた。


一週間後、銀二は何時もの様に49番台と対峙していた。今日もしょっぱい結果になっていた。

「最近憑いてねえや」

とぼやいていると、スーパーリーチで大当たりを引いた。

「よしよし」

と、顎を摩った。

「おい、旦那」

あれ、甚之助さん?

「おお、久しぶり。どうしたんだい?今昼時じゃねえぞ」

「だから、井戸をずーっと覗いてった所だったぜ」

「何かあったかい?」

「大変なんだよ!」

「どうした?」

「実はな、昨日富くじを買ったんだ」

「ふん、それで?」

「娘が買ってみろと言うんで買ったんだがな」

「うん」

「一等が当たっちまったんだ」

「そりゃ、良かったじゃないか。え、一等かい?」

「おうよ。で、其の金子をどうしようかって考えたんだがな」

「どうするんだい」

「娘に相談したら、旅籠を建てたらどうかって言うんだ」

「いいんじゃねぇのか。娘さんの言う事だし」

「そりゃ、良いんだが、何処に建てたもんかと思案しててな。良い所がねぇかって 言う相談なんだが」

「難しい相談だな。まぁ俺の住んでる頃で言うと、そうだな、江戸に近い「熱   海」って所が繁盛してるぜ」

「へぇ、熱海か。其の熱海ってぇのは何処の国だい?」

「駿河になるのか」

「駿河か。江戸からそう遠くはねえな。何で繁盛してるんだい?」

「俺の言い分だと、温かくて海も近いからかも知れないな。良い所だぜ」

「ほう、そうか。少し思案してみるか」

「ま、二人でよく話し合った方が良さそうだがな」

「そうするぜ」

「良かったな。然し、其の娘が来てから運が向いて来たんじゃないのか?」

「そうさな。悪い事ばかりじゃ無いぜ」

「仲良く暮らせよ」

「合点。じゃ、またな。旦那」

「おう」

今日は話しながら出玉の処理に抜かり無い銀二であった。その後、甚之助は銀二の言う通り、娘と二人で熱海で旅籠を営む報告が有った。


甚之助からの報告があった夜、歌舞伎町のキャバクラ『マハラジャ新宿』を訪れ、鈴を指名した。


「お久しぶり。この前は有難う御座いました。感動的だったわ」

「驚いたろ」

鈴は口に右の掌を当てて、小さくくすくす笑っている。

「まぁそうですね。ところで其の後、私のご先祖様の件はどう成りました?」

「うん、その件なんだが、熱海で旅籠、今で言うところの旅館だな、自分で建ててやって行くそうだ」

「まぁ、そう。良かったわね。私も貴方にお知らせが有って」

「何だい?」

「お祖父ちゃんの旅館を再建する事にしたわ」

「えー、マジで?」

「そうよ。その甚之助さんだっけ?と同じ道を行く様ね。やっぱり符合するわ。不思議ね」

「そうか、其れも良いだろう。自分の人生だ」

「折角、貴方と仲良く成れたのに。残念だわ」

「心にも無い事言うなよ」

「そんな事無いわ。本当よ」

「心の奥に仕舞って置くよ」

「ちゃんと営業できる様に成ったら連絡するわ」

「期待しないで待ってるよ」

「期待してよ!」

鈴は銀二の右腿を思いっきり叩いた。


暫くして、銀二の携帯に鈴江から連絡が有った。御祖父さんと旅館を切り盛りする準備が出来たので来てくれ、とのお誘いだった。

「ミッションコンプリート、と」

銀二はいつもの49番台と対峙していた。

その日は、一日中銀玉が出っぱなしだった。

大当たりしても甚之助の姿は現れなかった。

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右打ち銀二 ―おりんの行方を探る案件― 最近は痛風気味 @Kdsird1730

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