第3話 「鈴」との出会い
銀二は甚之助の情報から、勘の鋭い『予知能力』の有る女性で、長身細身の女性と言う事を手掛かりを得ている。細見という事項を割り引いて、『予知能力』を活かせる職業から推すことにした。
―予知能力を活かした職業か。何だろう。
うーん、わからん!活かすというか有利になる職業だろうか―
ぶつぶつ言いながら、銀二は腕組みをして夜の新宿歌舞伎町界隈を徘徊している。
「おにいさん、一杯どう?綺麗な娘揃って居ますよ」
黒服がお決まりの文句で誘ってきた。
「いま忙しいんだ。申し訳ない」
右腕を横に振って丁重に断ると、黒服も粘る。
「おにいさん、丁度最近入ってきたばかりのフレッシュな美女が入って来た所なんっすよ」
無言で再度右手を左右に振った時、
「ちなみに名前は?」
と銀二がだるい口調で問うと、
「すずちゃんです」
―すず、すず、鈴、んっ、音読みで「りん」
おっ、もしや、いやそんな事はないだろ。源氏名じゃないか―
「その娘の出身は東京の何処か?」
「どうですかね。分りませんが、確か東京の何処かだった気がするっす」
―何、ビンゴか?まさかな。だが、女性の事は同性に聞いた方が良いと言う事も有るし。騙された積りで乗っかってみるか―
「OK。その娘を指名できるか?一時間幾らだ?」
「諸々込みで最初の一時間は8000円で用意できますよ。延長は30分5000円プラス女の子の飲み物別です」
「おい、高くないか?もう少し勉強してくれよ」
「おにいさん、この位相場すっよ。すずちゃん、人気ですからねぇ。早めにキープしないと他の娘にチェンジしちゃいますよ」
暫し考えて、
「分かった。手を打とう」
「一名様、入店です。すずちゃんをご指名です」
黒服がピンマイクで袂で隠しながら伝達する。
銀二は頭をボリボリ掻きながら、渋々来店することにした。
黒服の誘導で少し奥まった仄暗い路地を暫く歩くと、
『マハラジャ新宿』という、少し小さめで薄ピンクの看板が目に入った。如何にも胡散臭い店名だ。
―マハラジャは六本木だろ―
と、小声で囁く銀二。
「何か言いました?」
黒服が少し睨みを利かせて銀二に問うと、銀二はびくっとして
「い、いや。何でもない」
―参ったな、どハマりのパターンか―
「一名様、ご来店です」
黒服は店内に大きな声で呼び掛けるが、其れを掻き消さんばかりの音量で、ダンスミュージックが店内に響き渡っている。
「いらっしゃいませ、すずさん御指名の御客様ですね?ご案内致します」
体の低い態度で、店内のボーイが銀二を座席までエスコートする。
―ほぅ、思ったより良さそうな店じゃないか―
下顎の無精髭を摩りながら、ボーイの後を着いて行くと、4人掛けくらいの白いソファの席に通された。其処に背の高いモデルにも匹敵する程のスレンダーな女性が頭を垂れて出迎えている。
「いらっしゃいませ、お客様」
顔を上げると精悍な顔立ちの美女が銀二を出迎えた。深紅のドレスが白いソファと相まって更にその美女を引き立てている。
「すずさんです。ごゆっくりどうぞ」
ボーイはそう言って、その場から離れた。
「初めまして、鈴です」
そう言って、微笑を讃えながら銀二に名刺を差し出す。
「どうも」
銀二はそっと両手で名刺を受け取る。其処には『マハラジャ新宿 鈴』と書いて有る。裏面をチェックするが、残念ながら何も書いて居ない。
「座りましょうか」
鈴に促され座席に座る。ソファは思ったより座り心地が良い。
「お飲み物、どうされますか?」
「そうだな、ウイスキーの水割りを貰おうか」
銀二がそう言うと、鈴は徐に胸の谷間からシルバーの細長いライターを取り出しボーイの方に向かってカチリと火を灯した。ボーイは合図に気付いてこくりと頷いた。銀二たちの席にゆっくりとした歩調で近づきそっと片足を膝まずくと、
「アイスお願いします」
鈴は気取るわけでもない口調でボーイにそう伝えると、
「畏まりました」
とボーイが注文を承る。
「お客様、何方から?」
煙草を咥えて火を付けようとする銀二にそっと種火を差し出した。
「お、ありがとう。俺は笹塚から」
若干、むにゃむにゃしながら煙草を唇で左右に転がして答える。
「鈴さん、出身は?」
「私は静岡です」
―あれ、黒服の話と違うぞ。やっぱりはずれかぁ。まんまとしてやられた!まぁ過度に期待してもな―
ボーイが注文のアイスをさっと差し出す。
鈴は銀二のウイスキーを作り始めた。
「あっ、そう。静岡ね。そういえば大学の同期で、あれ、何処だっけなぁ、藤枝だっけなぁ?そんな都市有ったよね。其処出身の奴が居たなぁ。静岡のどの辺?」
少し取り繕い気味に、取っ掛かりのトークから始まった。
「熱海です」
作ったウイスキーの水割りをそっと銀二の手元に差し出しながら応える。
「そう、熱海って温泉の、だよね?」
「ええ、実家が旅館なんです。小さいですけどね。祖父が細々と営んでます」
口元を左手で少隠すような仕草で、微笑を浮かべながら銀二の問いかけに応える。
「へぇ、そうなんだ」
と応えた後で銀二はハッとした。
―なぬ?実家が旅館?確か甚之助さんとおりんさんは旅籠に勤めていて出会ったって言ってたよな?もしや関連が有るのか、又は只の偶然か―
「実家はずっと熱海に有るのかい?」
「いえ、確かご先祖様が熱海に越して来て其れ迄は東京に居たとか居ないとか、だったかしら」
「東京の何処かって聞いた事は無い?」
「ええっと、どうだったかしら、詳しくは分からないわ。御免なさいね」
銀次はがっくりと肩を落とした。
―うーむ、そう上手くは行かないわな―
「そう」
「わたし、何か悪いこと言ったかしら」
「いや、何でも無いんだ。こっちの話だから」
鈴は丸底で、浅めのウイスキーグラスの丸氷をカラカラと撹拌している。
暫し沈黙が続いた。
「御客様、ご職業は?」
グラスを銀次にそっと差し出しながら問い掛ける。
「うーん、一応私立探偵ってところか。仕事がさっぱりなもんだから、毎日パチンコしてるよ」
「まぁ、それはお気の毒。わたしは、そういうギャンブルには無縁だわ。でも、競馬だけは興味が有るの。競馬って、海外だと高貴なスポーツって捉えて居るでしょ?だから時間が有る時はTV中継を見たりしてるわ」
「意外だね。ギャンブルは大抵手を出したけど、競馬だけはどうも駄目でね。日頃の行いが悪いから、機械位しか相手にできないんだろう」
「あはは、それはご愁傷さま。そうそう、今度重賞の『国王賞』が有るわよね。私、前から気になってる馬が居るの」
「へぇー、何て馬?」
「キングダムグルーヴだったかな。見た感じ雰囲気を感じるのよね。見て居て何と無く分かるものが有るのよ。多分今度来るわ」
「其れはTVでの話でしょ?」
「そうよ。下馬評ではあまり人気無いけどピンと来たのよね。私の場合、馬券を買わないからかもだけど、この馬だけは何かを感じるわ」
「へぇ、そう。じゃあ、其の馬から買ってみようかな?」
「一押しよ。当たったらまた来てくださいね」
掌で口元を隠しながら、微笑を浮かべて銀二が飲み干した、二杯目のグラスをマドラーでくるくると廻して居る。
「其処迄言うのなら、競馬場に一緒に行こうよ。一見で何だけど。深い意味は全く無いから」
「うまいですわ、お客様。その手には乗らないですよ。もし競馬場に行くなら、常連さんになって頂かないと駄目ですわ」
と、鈴はくすくす笑って答えた。
「いや、だから変な意味は全く無いんだって。いやねぇ、正直言うと、或る人から人探しの依頼があって、貴女、鈴さんが探している条件に今一番近いんだよ」
「競馬と何か関係が御有りなの?」
「まあ、此処で話すと長いから、其の時に詳しく話すよ」
「嫌ですわ。理由も分からず初対面の方と二人で行動するなんて」
「わかった、わかった。端的に話すよ。さっき話した、依頼人の奥方の生き写しを現在探しているんだが、特徴として「長身細身」で『勘の鋭い』女性という事が手掛かりなんだよ」
「そんな特徴の女性なんて、山ほど居ますわよ。其れなのに何故私なんですか?」
「まあ、決定的では無いけど鈴さんの勘の鋭さを競馬で実証したいんだ。ところで、貴女の源氏名は「鈴」だろ?其れは本名とどう関係が有る?」
「私の本名は、『鈴江』なんです。だからその一文字を取ってそうしました」
「名前の由来は?聞いた事有る?」
「うーん、うちの家系は代々、女の子の名前に「音」に関する名前を付ける様にして居るってお祖父ちゃんが言ってた様な、いない様な」
「そう、お母さんの下の名前は?母方のお祖父ちゃんだよね?」
「ええ、母は『琴美』です」
―うーん、よし、此の娘に掛ける!後は甚之助さんに名前の件を聞いて裏を取れば良い―
「お母さんは健在なの?」
「いえ、私が十七の時に両親は交通事故で亡くなりました。其の翌年から此の世界に入って現在に至ります」
目を伏せがちに鈴は答える。
「ごめん、余計な事聞いて」
「気にしないで下さい。面接とかで結構言い慣れて居ますので」
「そう、こんなんだからダメなんだよな、女性関係が」
ぼそっと銀二が口に出すと、
「ご結婚は?」
「いいや、まだ」
「すみません、余計な事聞いて」
「此れでお相子だね」
「そうですわね」
お互い見合わせると、大きな笑い声が微かにダンスフロアの隙間を縫って消えた。
銀二は、鈴の連絡先と翌週の『国王賞』を観る約束を取り付けた。
三日後の火曜日、銀二は例の如く正午十分前に49番台の〈ダイナマイトバディ〉を打ち始めたものの、肝心の大当たりが全く来ない。
―なんだよ、今日は全然じゃないか!重要な件を話さないと行けないのに―
銀二は苛立ちと焦りを感じていた。正午も半ばを過ぎても当たる気配がない。時間と金が無くなって来ている。
―今日は此れ迄か―
がっくりしたところで、チャッカーに銀玉が2個入った。
―頼む―
祈って台に齧り付く。一つはデジタルが無情にも揃わない。皿の上に残っている玉はもう殆どない。微かな望みの大当たりの為に備えるべく、慌てて右手のハンドルを放す。財布の中にも金は残っていない。
其の内の1個の銀玉でデジタルが7・7で揃い役物に入った。
―おっしゃぁ―
セクシーゾーンに入ると、水着のお姉さんの画像が現れた。銀二は画面を敢えて見ないようにした。お姉さんが近づくが、急に画面がホワイトアウトした。
―なんだ、これ―
銀二は慌てて液晶画面に食い入る様に目を見張り念ずる。すると、水着のお姉さんが大勢でキスをせがんでいる。けたたましい音が鳴り響くと、右の入賞口のチューリップが開いた。銀二は慌てて放していたハンドルを握り潰すかの如く、ガッと持ち直し右に思いっ切り廻す。
―おっし―
皿にある十発程度の銀玉が弾き出される。一発の球がそのチューリップに入ると、じゃらと皿に補給された。銀二は取り敢えず落ち着いた、という所で安堵した。
暫く項垂れていると、台から甚之助の声がする。
「おい、お前さん、どうかしたのか?」
「いいや、こっちの都合だ。何とか連絡が取れたようだな」
「おうよ、何か分かったかい?」
「うーん、まずまずの報告は出来そうだ」
「そうかい、それでどんなだい?」
「おりんさんの生き写しらしい女性に目星は付いた」
「本当かい?」
甚之助が声を弾ませて聞き直す。
「ああ、だけど一つ確認しなきゃいけない事がある」
「何だい?」
「甚之助さん、おりんさんの名前の由来を聞いた事あるかい?」
「いや、聞いたことねえなぁ。でも口癖の様に『わたしの(りん)は風鈴のりん』て口癖が有ったかなぁ」
「そうか、其れは何故か聞いた事有ったかい?」
「気分が良い時に良く言ってたから、『其れは何かの呪いか?』とふざけて聞くと、『お母さんが音が鳴るのが好きで、私が夏に産まれたから名前を(りん)と名付けたんだよって言ってたっけなぁ』
「本当か?」
「ああ、間違いねぇ」
「そうか、よし」
強い口調で銀二は呟いた。
「ところで、おりんの生き写しの話はどうだい?」
「其の生き写しらしい女性は『鈴江』さんと言う女性だ」
「其れとさっきの名前の事と、何か繋がりが有るのかい?」
「よく考えてみろよ。おりんさんは、「風鈴の(りん)で、生き写しらしき女性 は『鈴江』さんだろ?共通点が有るじゃないか」
「そうか、『鈴』だな?」
「その通り。しかも、お祖父さんが旅籠をやってる」
「そうか、生業も一致するだろ。大方間違い無い」
「かなり期待できそうじゃねえか。其れなら其の娘さんに間違いねぇんじゃねぇ か?」
「もう一つ、おりんさんが持ち合わせていた『予見能力』を確かめなきゃならな い」
「うーん、それはどうやって確かめるんだい?」
「博打が当たるかどうか、今度確かめて来る。博打って言っても、切った張った じゃないぜ。馬競争の順番当てだ」
「なんだ、それは」
「俺の時代の博打だ。まぁ要は駿馬当てだな」
「へぇ、そんなのがあるのかぁ」
「其れは今度五日後に有るんだが、駿馬が当たれば『予見能力』有りだな。生き 写し確定だ」
「ほう、其れはちぃと楽しみだな」
何時の間にか銀二のドル箱は一杯に成って居た。
「まぁ、報告はざっとそんなもんだが、何か聞いて欲しい事は有るかい?」
「そうさなぁ、おりんは「藍色」が好きでな。藍色の手拭や、それこそ風鈴なん かも集めてたんだが、其の生き写しさんは何色が好きか聞いてみてくれんか?も し合っていればもうこっちのもんだ」
「分かった。訊いてみるよ」
「わざわざ悪ぃな」
「一度乗りかかった舟だ。到着するまで漕ぐさ」
はははは、と笑いながら、
「ありがとうよ」
と言う甚之助の瞳には、薄っすら涙が溜まっている様に見えた。
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